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5 婚約破棄の理由

 シアナが目を覚まして8日後、ぼくは彼女を王宮の応接室に呼び出した。


 普段は呼び出したりなんかしない。

 ぼくが彼女の居場所きいて、すぐにすっとんでいってしまうから、その必要が無いのだ。

 ぼくの会いたいという都合なのだから、ぼくが会いに行くべきなんだって言い訳をして、そうしていた。



 でも、今日は違う。

 彼女に招待状を送って、呼び出した。

 初めてぼくが彼女と出会ったこの部屋に。



 黒に金糸をあしらわれた自分の正装が妙に重く感じる。


 正装だから使われる布量が多いってのもあるけど、黒というのはこの国で強さの象徴だからだ。いつも、父上が身にまとっている色だ。


 ぼくに、ふさわしくない色だって知ってる。


 肌の色とは近い色だが、ぼくの鱗や毛皮の色は真っ白でそのコントラストがぼくの生まれついての不完全さを示しているようだった。



 この国で尾有りで生まれたことも、

 この国で王子として生まれたことも、

 それは逃れられない運命だ。


 なのにぼくはその運命から、心だけでも逃れようとした。

 強くなれという周囲の声から逃げて、シアナに甘え続けた。



 ――でも、それも今日でやめる。

 ぼくは、弱い子供のままではいられない。

 この正装に似合うような、強い王子にならなければいけない。


 ぎゅっと握りしめた右手には、

 シアナが誕生日にくれた、あの白に銀糸の刺繍が施されたスカーフがある。


 大切なものだから手放さずに持っていたけど、今日これを持っているところを彼女に見られると都合が悪い。


 だから、ぼくはそれを綺麗にたたんで腰布とズボンの間に見えないように挟む。



 シアナの殺人未遂があってから、

 ぼくは昔から自分の中で巣食っていた疑問から逃げないで、真剣に向き合わないといけないと分かった。



 その疑問とは、

『ぼくはシアナが婚約者で、この国に来てくれて、とっても幸せだけど、彼女にとってどうだろうか?』


 答えはとうの昔から出ていた。


 そんなの否だ。




 部屋の扉がノックされる。


「は、入って」


 声が震える。

 緊張で自分の真っ白い毛に覆われた耳と尻尾がピンと立つのが分かる。


 白い鱗に甲を覆われた手の位置をどうすればいいのか分からなくて、大きな袖で隠れるのを良いことにお腹あたりでもぞもぞさせてしまう。


 ぼくと相対する彼女は、普段通り冷静に空と同じ色の瞳でぼくを見つめていた。


 いつもは簡単に見つめ返すことの出来るその瞳から今日ばかりは目を背けたくなる。


 でも、今日のような日こそ、しっかり目を合わせて言葉を紡がなければならない。


 ぼくの黒い肌とは正反対の白い肌は、今日は健康的に一部色づいている。


 そのことに安堵しながら、涙が出るのを堪えてそれを口にする。



「シアナ、ぼくとの婚約を破棄してくれませんか?」



 ぼくは、もう真実の愛に気づいてしまったから。その選択を取るしかない。


 そうでないと、彼女が可哀想だ。



 彼女もきっと、ぼくと出会う前からそれを望んでいただろう。



 ぼくの言葉に、シアナの空色の瞳がこれでもかというくらい見開かれる。



 当然の反応だ。だって、ぼくが彼女と出会ってからずっと気づけなかった、彼女の願望に気づき、それに応えたのだから。



 ねぇ、初めて君がぼくに会ったときに君が婚約に意義を唱えたのは、賢い君はこの婚約がどれだけ自分自身に不利益を齎すか知っていたからだろう。


 彼女は、きっと本当はぼくとの婚約を望んでなかった。嫌がってた。

 でも完全に拒否することはしなかった。



 だって、彼女は優しいから。


 年下のぼくに、頼りがいのない弱いぼくを、強くて優しい彼女は置いていくことが出来なかったんだ。


 彼女は、ぼくがこの国で息苦しさを感じているのを見て、楽に息が出来るようにしてくれたのだ。



 そんな彼女の行いはとっても高潔で、ぼくにとっては幸せそのものだった。


 幸せだったよ。

 幸せにして貰ってたんだよ。


 ぼくにとって何より幸せなことは、大好きなシアナと一緒にいることだ。

 大好きだから一緒にいたい、そういった感情をぼくをぼくの愛だと認識していた。




 でも昔から、愛ってなんだろうって思ってた。



 父上はシアナの母上を愛してる。

 だから結婚したかったけどその願いは叶わなかった。

 ずうっと、傍にいて欲しいと、また会いたいと願い続けてる。

 あの人はシアナの母上のことを忘れられない。だから、ぼくとシアナは婚約者になった。



 それは、周囲から見ると、とても(いびつ)らしい。



 尾有りの革命をおこした王が、隣国の尾無しの女を誰よりも愛したから、

 王からの婚姻の申し入れを跳ねのけ隣国内で別の男とくっついた女に今でも執着してるから、

 自分の息子と初恋の女の娘に婚姻関係を結ばせようとしているから、

 利害関係で婚姻を結んだとはいえ王妃であるぼくの母上にそれを隠すこともなく、母上もそれを特になんとも思うことなく許容しているから。

 

 それでもぼくは父上から、シアナの母上やぼくとシアナの婚約の話を聞くのが好きだったんだ。

 父上の愛をそんなに悪いことだって思わなかった。



 だって、その感情に、誰かの存在を消したいとか、殺したいとか、否定したいってものが無かったから。

 ぼくが苦手な、国に蔓延してる憎しみという感情の逆のように思えたから。

 母上が父上から愛されたいとか思ってた訳じゃなく、ただただ尾有りの為に王妃になったと良く知っていたから。


 でもね、シアナが父上を見るときの目を見ると、その考えも揺らいだんだ。

 ぼくには絶対向けない、なんならぼくには気づかれないようにしているそんな目をする理由を、知りたくて、でも知りたくなかった。



 だけど今ならぼくも、父上のことを少し(いびつ)に感じるよ。



 今日の彼女は真っ白な正装をしている。あの事件の日に似たその衣服を見て、その白が真っ赤に染まったときの恐ろしさを思い出す。


 青白くなっていく肌を、冷たくなっていく手を、浅い呼吸音を、

 人の瞳で、蛇の舌で、狐の耳で、感じ取ったあの儚さを忘れない。

 あの恐怖を忘れない。


 ただただ彼女に守られ続けた己の弱さや愚かさを知った。

 自分の幸せを享受し続けた結果、何が起こるのか分かった。



 この国は、尾無しにとっては生きづらい国だ。

 尾無しじゃなくたって、憎しみや恐怖という毒に満ちたこの国で生きるのは苦しい。


 それなのに

 ぼくが息しやすいから、安心するから、寂しいから、暖かいから、傍にいて欲しい。

 そんなぼくの自分勝手な感情は、シアナをこの国とぼくに縛り付けて、命を奪いかけた。


 ぼくがよく事を考えずに満たされるためだけの為に行動した結果、彼女は世界から牙を剥かれた。



 自分の心の隙間を埋める為に、

 毒でしかないって分かっている国に

 大好きな人を縛り付けるなんて正気じゃない。

 正気じゃないね。


 正気じゃないけど、ぼくは無自覚にそれをして楽に息をしていた。

 



 でもぼくにとって何より不幸なことは………………シアナがぼくのせいで不幸になることだ。

 傷つくことだ。

 苦しむことだ。

 死ぬことだ。





 ぼくが息のしやすい代わりに彼女の息が止まる可能性が生まれるのなら、

 ぼくは息苦しくたっていい。

 息が出来なくたっていい。


 寂しくて寂しくて仕方がなくたっていい。

 この国の歯車でいい。

 だって、それがぼくの生まれた意味なのだからいい。



 一生、寂しくても、独りぼっちでも、


 ぼくは君を愛しているから、君には幸せになってほしい。

 君には明るい世界で生きていて欲しい!



 シアナはぼくがいなくたって、

 いやむしろ……ぼくといない方が幸せになれるもの。



 これからぼくがすることは彼女に少し困難を齎すかもしれない。

 でもそんなのはぼくに一生縛られることに比べればずっとマシだ。

 それに彼女はあっさり乗り越えて行くだろう。



 だって彼女は――ぼくと違って強いから。




 感情が溢れて涙が出そうになるのを必死に堪える。



 泣くなっ、

 泣いたら、

 シアナがこの国に残らなければいけないと思ってしまう。


 ぼくの感情の揺らぎを感じ取って、

 シアナが驚きの表情から少し険しい顔になる。



 そんな強くて、どこまでも優しい彼女だからこそ、

 ………………弱くて醜い、ぼくとこの国から、解放してあげるべきなのだ。


 シアナには自由が似合うのだからっ!



 笑え、笑うんだ!


 シアナが幸せになるんだ。

 その為なんだ。

 それなら、上手に笑えるでしょう。

 それほど、喜ばしいことは他にないでしょう!?



「それがきっとお互いの為なんだ!」


 そう満面の笑顔で嘘を吐く。



 伝えられない全ての感情の熱量を全てその嘘に捧げる。



 ぼくは、

 シアナ、君が笑顔で生きられる世界が好きなんだ。

 君がぼくやこの国から解放されて、自由に幸せに生きることを願うんだ。


 ぼくは君から今まで与えてもらっていたことを糧に、

 心の底から君に胸を張れるような立派な王様になってみせるから、安心してよ。



 きっとこれが真実の愛なんだ。



 彼女を失う前にそんな愛に気づけたことは、

 とっても寂しいけど、

 とっても素晴らしいことだから。



 シアナ、シアナ、

 ぼくと出会ってくれてありがとう。

 シアナ、シアナ、

 ずぅっとずっと大好きだよ。


 愛してるよ。

 誰よりも君を、

 何よりも君を。



 だからね、婚約破棄(さよなら)するの。


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