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4 ぼくの宣言


 犯人の家族の処刑はシアナの嘆願によって、取り下げられた。

 

 そして肝心の犯人の処遇の決定権はぼくに委ねられた。

 この国の古くからの法で、権力者の婚約者に関係する処罰はその権力者が決めることになってるらしい。


 シアナが被害者なので、一応意見は聞いたが彼女は「あまり興味がないし、無罪放免とかじゃなければなんでもいいよ」と心底どうでもよさそうに答えた。


 そしてそのあと、「ファリ痩せてない? ご飯食べてないんじゃない?」と自分の方が病み上がりにあの立ち回りをして体がボロボロにも関わらず心配してくれるのだ。


 ぼくがシアナの方が大丈夫なのって聞けば、「たった一度死にかけたくらいだから心配しないでよ」と返してきたものだから、珍しく彼女に対して憤慨した。

 でも珍しく彼女も「だって私はまだたった一度だもの」と引かなかった。


 その様子にぼくはますます自分のやるべきことをはっきりと認識するのだ。



 

 ……あの処刑から5日後、ぼくは暗い地下に来ていた。


 暗くてひんやりとしているもの、乾いたこの国では湿気が無い。

 からっとした薄暗いこの牢屋は、わが国特有のものだろう。床も土が表出していて、雑にあるけば砂埃がたつ。まあ、あくまで看守側の話だが。


 罪人相手に地面が土だなんて逃亡機会を作ったりしない。



 だからその男は、鉄格子と鉄の天井と床で出来た檻に閉じ込められていた。


 鋭い大きな爪と牙、

 荒々しい毛皮、

 ぼくと少し形が似ているが、ぼくより少し小さなイヌ科の耳。


 シアナを殺そうとした、狼の尾有りだ。


 名はセルセラというらしい。鎖という意味だ。

 その名前は尾無しの豪商の家で虐げられていた時代につけられたらしいが、彼が19歳のころ革命がおこった後もその屈辱的な名前を変えなかったらしい。

 決して忘れることのないようにと周囲にはよく話していたそうだ。自分の名前が大嫌いだが、変える気もないと。

 左の親指はない。獣と人の混じったその部分を面白半分で切り取られたらしい。


 名や見た目だけでも、彼が革命以前に多くを奪われ失ってきたことが分かる。

 でも、彼が一番革命以前に奪われ傷ついたのは、己自身のことではないのだろう。


 彼は、セルセラは、きっとぼくが来ていたことに気づいていた。

 イヌ科の尾有りだもの耳は良いはずだ。


 だけど、気づいてないように、いやぼくを無視するように通路側から目を背けて檻越しの土の壁を見つめていた。


 まあ、分かっていたよね。

 だって、彼は捕まった当初から己のしたことに後悔などする気はなかったもの。

 なんなら今更また拷問されようが構わない。シアナを尾無しを貶められればいいってさ。



 だからこそ、ぼくは彼の前で宣言をしにきたんだ。

 ぼくの思いを、本気を、この国でどう生きるかを、この国をどうしていきたいかを。



「ねえ、ぼくさ、シアナが毒でやられて倒れた時、頭真っ白になったよ」


 無視されていることを分かった上でぼくは口を開き始める。

 抱えた感情を隠すことなく、ただただ真っすぐに言葉に乗せる。


「お前が捕まった時、ぶっ殺せって、ぼくが殺してやるって思ったよ」


 忘れられない。忘れられない、あの激情を決して忘れる筈がない。


「父上が一族郎党、女子供構わず殺せって言ったのもシアナが止めるまで受け入れちゃったよ」


 薄暗いひんやりとした地下に、それ以上に暗くて冷たいぼくの感情を晒していく。


 シアナのように、セルセラの家族のことを関係ないからと言えなかった。

 殺すななんて思えなかった。


 だって、許せなかったから。

 シアナを害するこの国が許せなくて、国の定義にそこで生きる尾有り全てを無意識で入れてたから。


 本当は関係ないのに、

 シアナを殺そうとしたのは目の前のこいつで、

 シアナのことを尾無しだからと軽視したのも別の誰かなのに、セルセラの関係者で尾有りってだけで、彼ら彼女らのことを定義して禄に見ようともせずに処理しようとした。


 その生を終わらせる選択を簡単に見送った。



『王様、今貴方がしようとしていることは、尾無しだからと今回の主犯が私の命を狙ったのと同じですよ』



 シアナの父上を責める言葉から、自分の醜さと軽率さを思い知った。


 

「それほど、ぼくにとってはシアナが大切だから。失ったら耐えられないから。彼女を奪おうとしたことを許せなかったよ」


 でも、その醜さと軽率さはそんなに簡単に消せるものでもないと思い知ってるんだ。

 だって、それが恨みというものだから。人を憎いと思う心だから。この国を蝕む毒だから。




「でも、それはきっと貴方も経験したことだよね」


 セルセラの一部欠けた耳がピクリと動く。




「貴方も同じだよね。貴方は昔の革命でもその前にもたくさん失ったんだってね」


 彼が振り向く。その灰色の瞳は完全に獲物を狙う獣と同じだ。

 怒っているのだろう、ぼくに対して。

 ぼくはそれを分かったうえで話しているんだ。


 恐れはしない。

 昔のぼくだったら尻尾まいて逃げてたかもしれないけど、もう、恐れない。



 だって、もっと怖いことを知ってしまったから。



「制御するのが難しいね、この感情」


 シアナが死にかけてからようやく、その感情を実感した。ようやくこの国に問題の本質を思い知った。


 よく知らないで、怖いよ嫌だよって、逃げられることはもうない。


 知ってしまった。

 でも、知るべきだった。

 だけど、知る際にシアナを巻き込むべきではなかった。


「でもさ、終わらせたいんだ。こんな感情をこれ以上誰かに抱いてほしくない、広めたく無い」


 この感情は連鎖、連鎖していく。

 その感情の原初は、大切な誰かがいたことだけど、だからこそ反動がでかいのだ。消えないのだ。


 でも、このままじゃ今回のシアナのように、セルセラの家族のように、関係ない誰かまでを渦に巻き込んで広がっていく。それは駄目だ。


「だから貴方を処刑しない。貴方はぼくの戒めだから」


 ぼくの宣告に、セルセラの毛がぶわっと逆立つ。

 そして吠えた。


「なんだ王子様! 

 オレを許しててめぇは善人面でもしたいのか! だったらふざけるな! 

 違う、お前のそれとオレのそれは違う!

 だって、お前は失いかけただけで失ってないだろう! 

 失って次は失わないと決めたのにまた奪われたことはないだろう! 

 あの時代に生まれていないお前に何が分かる!!」


 分かるよ。

 そう安易に言えばいいのかもしれない。でも言えないよ。


 だって違うもの。


 彼の言う通り、生きている時代が違う、失ってきたものの多さが違う。

 シアナの命が軽いわけでもない。むしろ、ぼくにとっては世界の何よりも重みがあるものだ。


 でもさ、それはぼくの中での話だし、セルセラにだってぼくにとってのシアナのような人がいたかもしれないし、そんな人がいても彼の生きた過去じゃ助からず多分死んでいる可能性だって高い。

 それ以外にも彼は兄弟や両親を失ってきている。残っているものの方が少ないだろう。


 ぼくは、まだ失ってない。失わずに済んだ。

 でもね、多少学びはしたんだ。味わいもしたんだ。


「貴方のことは分からないし、許しもしないよ。

 シアナは貴方を恨まないかもしれないけど、ぼくは恨むよ。恨み続けるよ」


 許しもしないよ。恨まないことは出来ないよ。

 でもだからこそ、セルセラ、貴方に許すなとも恨むなとも言う気はない。


「だって許したら、起こった理不尽や恐怖、悲しみを全部なかったことにしそうで嫌だもの。感情論だけど嫌だもの。

 この感情は消えないもの! 

 起こった出来事は、過去は消えないもの!

 全てを許すのが理想的だろうがっ、その理想で理不尽だった奴らが得するのは納得がいかないものっ」


 狼の尾有りの灰色の瞳が見開かれる。

 


 貴方の感情は分からないよ。

 だってぼくとは違う人生を歩んできた人だもの。


 貴方と同じじゃないよ。

 だって、生まれた時代も立場も違い過ぎるよ。


 でも、知ったから。似た激情を抱えたから、恨みを否定出来ないよ!



 恨みを否定できないよ! 

 恨みを否定しないよ!

 でもさだからこそ、ぼくは貴方と違うよって宣言しに来たんだ!


 同じにならないと、貴方の前で第一に宣言しに来たんだ!

 今の時代に生まれたからこそ出来る選択があると宣言しに来たんだ!

 

 牢屋の檻をぼくはガシリと両手で掴んで、セルセラを睨みつける。

 何故か、涙が止まらないがそんなのどうでもいい。


「だからっ、

 貴方を処刑せず生かして、

 貴方だけを恨み続けて、

 この感情を他には持っていかないよっ」

 

 最初からシアナを殺そうとしたセルセラと話合う気なんてない、理解しようだなんて思ってないのだ。


 ただぼくは、彼に宣言することで、己の中に楔を打ち込みに来たのだ。


「貴方以外、貴方のしたことには関係が無いから……この感情は貴方とぼく以外に関係ないよ」



 憎くて憎くて仕方がない。嫌いで嫌いで仕方がない。殺してしまえばきっとすっきりするだろう。


 でも、ぼくの場合はすっきりしちゃ駄目なんだ。


 だって、ぼくとセルセラはきっと大して差は無いから。


「だって貴方以外に向けたら、ぼくもまた新しい理不尽に、恨みの元になるだけだもの!」


 今回はすんでのところでシアナが止めてくれたけど、止めてくれてなかったらぼくは確実にぼくが嫌う理不尽になっていたよ。

 そのことを忘れた瞬間終わる気がするんだ。


 でも表面上だけ許して善人面するのも、この国の問題の本質を見て見ぬふりしているようで嫌だもの。

 胸に抱えたこの感情は、この国のほとんどの尾有りが持っているものに似てるから。


「ぼくは、シアナを殺そうとしたセルセラ、

 貴方個人を恨み続ける! 

 貴方個人を憎悪し続けるよ!」


 今まで出したことのない大きな声でぼくはそう宣言する。

 自分の出した声が地下で反響して耳がびりびりする。


 忘れない。

 感情を向ける対象を間違えない。

 その為に、セルセラを生かして恨み続ける。


 これはぼくのための宣言なんだ、ぼく自身への宣言なんだ。

 ぼくがこの国で生きていくための、この国を少しでもマシにできるようにするための宣言なんだ。




 セルセラは何も言わない。

 ただただその瞳を開いたまま、ぼくを見ていた。瞬きもせずに。


 何を考えているのかは分からない……彼自身もその感情を整理出来ていないかもしれない。



 でも、それでいい。

 ぼくのこれはあくまで、ぼくの為の宣言なんだ。

 この男の考えがどうであろうと、この宣言は変わらない。

 ぼくの気持ちは、覚悟は変わらない。



 ここから、ぼくのすべきことは変わらない。



 やるべきことは終わったので、ぼくはセルセラのいる檻から背を向けて歩きだす。


「若造が、すぐに挫折するさ……」

 やっと喋ったと思ったら、嘲笑いと諦念が混ざった声でそう彼はそう言う。


 

 昔のぼくなら振り返っていただろう。歩みを止めていただろう。


 でも、ぼくは振り向かずに歩み続ける。



「ああそう? でも今の貴方の言葉で反骨精神がわきそうだ。ぼくは実現する」



 だって、ぼくは実現しなければいけないのだから。




 恨みで歪んだこの国を少しでもマシにする為に、

 恨みの連鎖を回避する為に、

 王族として立派にこの国を()()で生きていかないといけないのだから。





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