3 気づかされたのは
処刑が決まった。
誰のって、今回のシアナ暗殺未遂の犯人の狼の尾有りの家族の。
なんだ、犯人の処刑の方が先じゃないんだって思ったけどさ。
犯人については、ぼくも捕まえられた瞬間にこいつはこの世からさっさといなくなるべきだって思った。
なんならシアナに使用した毒以上に苦痛を与えられる毒を使用して殺してやろうかって思った。
ぼくね、昔から自分にも毒慣らしたり、盛られたりしてるから、詳しいんだ。
色んな苦痛の毒を効果的に与えて、だんだん殺すのだって出来るんだ。
内蔵が少しずつ機能停止するものだって、焼けつくような痛みに全身するものだって、普通に生きてちゃ感じることのない不快感にするものだって知ってる。その致死量もギリギリ死なない量だって知ってる。
苦しませるだけ苦しませて殺してやれるの。苦しませるだけ苦しませて殺してやりたいの。
犯人の家族については父上が言ったんだ。
「犯人の前で、一族郎党、女子供構わず殺せ」って
この国の歴史や差別とは無関係なシアナを巻き込んで、殺そうとしたんだから、相応な罰を与えるべきだってね。
父上の言うことは絶対だもの。
犯人の狼の尾有りが、苦しめば苦しむほどいいもの。
でも大臣たちはそれだと『尾有り』の内部で分裂が起きますって声が上がってた。
だけど、ぼく聞いちゃったんだその家族の処刑を反対した尾有りの使用人が
「あの犯人は王子が尾無しに誑かされていると思っての行動だったのに。その家族を殺すなんて尾有りへの侮辱だ。英雄の子孫を目の前で殺すなんて」なんて言ってたのを。
許せなかった。
なぁに、なぁに、それ!
ずっと思ってたけどさ、この国の誰もがシアナに牙を剝くんだね。
シアナは何も悪いことをしていないのに、この国に政治関係で来させられて、
それでもぼくにも周りにも優しく振る舞っている彼女への評価が、仕打ちがこれなのっ。
シアナに対してこの国が理不尽ならっ、
逆にシアナの関係でこの国で理不尽なことが起こったっていいよねっ。
岩壁に囲まれた処刑上では風が強く吹いていた。また喧騒がやまなかった。
罪人は黒い檻に入れられていた。罪人の家族は後ろ手に拘束されていて、牙の生えたその口にも拘束具がされていた。時たま逃れようとしているのか、ガチャガチャと金属音がなるが、無駄な足掻きが耳障りで仕方ない。
誰かが言った「以前の尾有りの待遇だ」と、それに対して罪人やその周囲が泣きわめく。
誰かが言った「王はたかが異国の尾無し小娘のために仲間を殺す」と、周囲は何も言わないが目には強い怒りを宿していた。
ぼくはただそれを見ていた。
処刑執行人が罪人の家族に向けて、弓を構え始めると、急に静けさがやってくる。
ぎりぎりまでその弓を引く、犬の尾有りの顔面は蒼白だ。
まあ狼の尾有りと犬の尾有りだったら、尾有り内でも割と近しいか。
そんな処刑人を選んだ父上のことを何故か今はただただ悪趣味だと思った。
いつもはなんかしらの考えがあってのことだろうと、裏の思考回路を読み取ろうとするけど、どうにも頭が働かない。
ただただ目の前の光景を眺めていた。悪趣味だな、醜悪だな、とめる気もないけどと眺めていた。
王である父上はついに口にする「矢を放て」と、
しかし、犬の尾有りは放てない。
父上はそんな執行人に対して「ほう、王命に逆らうか」と静かに笑う。
犬の尾有りは矢をつがえるのをやめ、父上に向き合って跪く。
「彼女らは妻や子供の友人でもあるんです。どうか、もう一度お考え直しを。尾有り同士で争いあうなど馬鹿らしいではありませんか」
その嘆願に処刑の見物人は騒めく。彼の言う通りだなんて声もちらほら聞こえる。
ああこれはきっと尾有りには感動ものな光景なんだろうな。
尾有りを守るための行動、尾有りを第一に考えた行動だから。
でもさ、ぼくは感動出来ないんだ。
――シアナが死にかけたあの時の尾有り達の反応が頭にしみついているからさ。
何の冗談だろうって思う。
皆が感動している姿に、無性に腹が立って仕方ないんだ。
どうして、その理不尽に思う心が彼女に向けられなかったのか、悲しくって仕方がないんだ。
茶番にしか今の光景が見えないんだ。
父上はそんな犬の尾有り睥睨すると「その発言、お前も罪人の協力者ともとれるな。ではお前は矢をつがえる側ではなく、彼女らの横に並ぶか」と淡々と口にした。
横にいた母上が慌てて、父上の顔を見る。
母上の真っ白な大きな耳と尻尾だけでもその動揺は分かる。
しかし父上はそんな母上にも冷え切った言葉を紡ぐ。
「同盟国の令嬢の暗殺未遂が起こっておきながら、それに対しての対応が甘ければ我が国の信用問題に関わるだろう。
なあ王妃よ、あの大国の後ろ盾をなくして我が国を維持できる段階じゃないだろう。ましてや敵に回せるか?」
父上の言葉は正しい。
正しいから、犬の尾有りは「失礼致しました」と矢を再びつがえる。
それでもやっぱり受け入れられない尾有りはたくさんいるようで、会場には動揺と不信感が漂っていた。母上は真っ青な顔で俯いていた。
「裏切者が!!」
檻に入れられた罪人は犬の尾有りと父上に向かってそう叫ぶ。
何に対しての裏切りかな。
尾有りに対しての裏切りだっていうなら、
尾無しってだけでこの国の過去と無関係なシアナを巻き込んだ尾有りなんて裏切られて当然だろう。
裏切らない方が、正当性に欠けてるだろう。
それでも同族に裏切りもの扱いされたことは怖いのか、犬の尾有りは弓を引く手が震えている。
そうして父は再度命じる。
「放て」
矢が放たれる。
身を寄せ合う狼の尾有りの子供と女の顔が絶望に染まるのが目に入った。
そんな時だった――、
「やめなさいっ!」
とんでもない突風と、大きな影とともに彼女は現れ、その親子に矢が届く前に剣で叩き落した。
シアナだ。
シアナが
父親が乗ってきた空飛ぶ爬虫類にのってやってきて処刑会場に乱入してきたのだ。
病み上がりで高いところから飛び降りたせいかふらついているが、それでもその声は凛としていた。
淀みの無い空色の瞳は、茶色の髪は、いつも通りだ。
彼女が目覚めてまた動いていることに安堵で涙が出そうになるが、すぐに引っ込む。
顔色はまだ青白い。
突然のことに会場がどよめく。
そのどよめきを気にせず、彼女は処刑されそうになっている親子を庇うように立って剣を再度構える。
「この人たちはっ、関係ないでしょう!」
彼女の言葉に、
犯人の家族である狼の尾有りの女子供を守るように立ちふさがるその姿に、
皆言葉を失う。
彼女は自身の暗殺未遂犯人の家族が処刑されるのを止めに来たのだ。
犬の尾有りがほっとしたように弓矢を構えるのをやめ、腰が抜けたのか座り込む。
「シアナ嬢、目覚めたのか良かった……君の母君を悲しませないで済みそうだ」
父上はこんな中でも冷静にそうシアナに向かって微笑みかけてみせる。
しかし、そんな父上に対してシアナは険しい顔をしたままだ。
「さぁ、それはどうでしょう。母はこんな王としての浅慮な処刑騒動を聞きつけたら怒るでしょう」
「ああ、悪い。殺し損ねたな。じゃあシアナ嬢そこをどいてくれないかい」
柔和な笑みと共に人の生き死について決定する父上の金色の瞳は冷たかった。
「どきませんよ。こんな馬鹿げたことをやめない限り」
馬鹿げたこと、そう彼女は言った。そう言ったのだ。
「私は私を殺そうとした奴への法にのっとった刑罰は止めやしない。
けど、知らなかったのに、そいつの一族だっていう理由で殺される人が出てくるのは許せない」
ああ、そうだ。
罪人の家族は事件が起こるまで本当に何も知らなかったという。
本当に何も知らずに、
唐突に王宮捜査隊が来て、連行されて、
家の長が王子の婚約者の暗殺をもくろんだと知り、処刑されるってなったのだ。
それは理不尽だ。
……いや、一族連座での処刑は結構歴史上あることではあるが、
シアナの価値観を考えれば到底許せないものだろう。
「みんな騙されるな! そいつは王子をたぶらかしたろくでもない女だ!」
懲りずに犯人の狼の尾有りが叫ぶ。
ああ……お前だけはやっぱ殺すべきだね。
しかし、そんな彼の檻を思い切り蹴った人物がいた。
異国の服装をした彼はよく目立つ。
「黙れ。貴様は己の軽率さを学習しないな。
おい、こいつこそ口に拘束具をつけるべきだったろ」
シアナと同じ色の瞳をした男性、シアナの父親だ。
おそらくこの場にシアナを連れてきたのも彼なのだろう。
だってあの空飛ぶ爬虫類、確かリサだったか、あの子はシアナの父親のいうことしか聞かない。
リサは尾有りでも人でもないが、ぼくも同じ爬虫類の要素を持っているから、多少やり取りできる。
でもあの子は全く自分とは違うシアナの父親を気に入り、その娘も目にかけている。だから今、そのリサはシアナを守るように空中で浮いている。
罵倒されたシアナはいうと、狼の尾有りを一瞥した。
「別にあんたには温情をかける気はないから安心してよ。私は私を殺そうとした奴を許せるほど優しくないし、お父様が言うようにあんたは軽率すぎて反吐がでる」
ぼくと話すときには聞いたことのないくらい軽蔑の滲んだ声をシアナは出していた。
でも、ぼくはそれに少し安堵する。
だけど、その次のシアナの言葉にぼくは自分の惨めさに泣きそうになった。
「けど……今回の件に加担も関与もしてないのにっ、
一族だからって理由だけで、殺される人が出てくるのは許せないっ」
ああ、やっぱそうだよね。そうだったよね。
彼女の性格を考えればよく分かることだ。
なのにぼくは、何もしなかった。
「王様、今貴方がしようとしていることは……尾無しだからと今回の主犯が私の命を狙ったのと同じですよ」
彼女は、自分自身の境遇と犯人の家族の境遇を重ねたのだ。
重ねられたのだ。
体調はまだ当然万全じゃないだろう。
足はふらついているし、ときおり呼吸が浅くなるのか反動のように大きく息を吸っている。
それでも彼女は止めに来た。命が奪われるのを許さなかった。
「私は私を殺そうとした者を否定するためにも、この処刑を許さない」
鋼鉄のように強固な
その魂が、
その意思が、
彼女をそうさせるのだ。
その生き方が美しいほど、
ぼくは己の醜さを、未熟さを、自覚するのだ。
あんなにぼくはシアナに対しての理不尽を怒っていたのに、シアナに起こった理不尽への怒りで理性を失って、他の理不尽を看過した。
正当化した。
「ここで、尾有りの一族を尾無しの私の為に殺して反感買わないとでも?
一時の感情や見栄で内部分裂起こすような行動を軽率に取るべきではないです」
刺さる。彼女の父上に向けられた言葉は全部、ぼくには刺さる。反論の余地もない。
「憎しみを拡大し続けて、繰り返し続けてどうするんですか。それが上に立つ人間がやることですか」
その言葉の一つ一つがぼくの目を覚ますのだ。
ぼくの思考回路を整理するのだ。
真っすぐな彼女の言葉故に、それに対してこの国が、
この国で生きるぼくらの歪みがどれだけ酷いものなのか思い知るのだ。
……今なら分かる。
初めて彼女と出会ったときにかけられた言葉の真意を。
『私とファリード殿下の婚約は、親世代の勝手な感情と、国と国の思惑が混ざり合った複雑なものです。殿下の意思も感情も視野に入れられてません。だからこそ、殿下がこの婚約についてどうお考えなのか教えていただけませんか?』
『でも……もし殿下が望むなら私はこの婚約についてどうしたって良いと思っています。その時には力を貸します。それだけは覚えていてくれませんか』
彼女は分かっていたのだ。最初から。
この国が――どれだけ自分にとって毒なのかを。
分かっていたけれど……彼女は年下の無能な王子に同情して傍にいてくれたのだ。
優しさだけで、この国とぼくのために生きてくれていたのだ。
「もっとやるべきことがあるでしょう」
広い処刑会場の中で、シアナの存在が圧倒的に心に焼き付く。
それはきっとぼくだけじゃない。
シアナという圧倒的な光に、誰もが目を奪われた。
それに対してぼくは、
とってもちっぽけで、蚊帳の外だった。
当事者にならないといけないのに、
とっても小さな存在だった。
だからこそぼくは、誰にも気づかれていない、注目されていないだろう中で、拳を強く握る。
鋭い爪が手の内側を突き刺すが構わない。
痛みも、尾無しより鋭さのある爪も、それが尾有りのぼくである証拠だから。
全てを言い終わったのかシアナはあたりを見回し、ぼくを見つけると笑う。
その笑顔を見て、ぼくは自分の中の覚悟を決めた。
目、覚めたよ。気づいたよ。
ぼくのするべきことが分かったよ。
ありがとう。本当にありがとう。




