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2 ぼくの最悪な選択

 


 その日は、ぼくの13の誕生日だった。



 ぼくは、朝にシアナから貰った白いスカーフを首に巻いていた。


 刺繍はあまり得意で無いと口にしていた彼女が、白いスカーフに銀糸を使って狐とお月様を刺繍してくれた。


 それが嬉しくて「誕生会でする正装にそんなの合わないよ」とシアナが言うのに、「ぼくの誕生日だから、ぼくの好きなようにしたっていいでしょう」と笑った。

 彼女は困ったような顔をしてから「そうだね、ファリの誕生日だからファリが好きなようにしていいよ」とぼくの狐耳ごと頭を撫でた。


 二人でお揃いの真っ白な布地に金の刺繍が入ったひらひらした正装を着た。

 その姿を見た父上には「二人が結婚する時は金じゃなくて、銀の刺繍や宝石がつくね」と目を細めた。


 ぼくはそれが嬉しくて尻尾をピンと伸ばしていたけど、隣にいた彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。でも、ぼくが見ているのに気付くとすぐに笑顔に戻ったっけ。


 誕生会は晴天の下で行われた。空の色がシアナの瞳そっくりで、「お誕生日日和だね」という彼女の言葉に一瞬も迷いなく首を縦に振った。


 誕生会は昔から好きだった。美味しいものをたくさん食べられるし、盛り上がる音楽が演奏されるし、色んなところにいる人達が集まってわちゃわちゃ騒いで楽しめるから。

 まあたまに毒物盛られるけど、最近は自分で判断して避けられるようになったしね。


 父上は自身の誕生日の時に、みんなが挨拶に来るのが面倒くさいと口にしていたけれど、ぼくはそれも好きだった。

 お祝いの言葉は勿論嬉しいし、子供が生まれたとか、成人した娘や息子が凄い優秀だとか、自分の領地では何が美味しいとか、どの技術が優れてるとか、武術で凄い賞を取ったとか、隣のシアナと一緒にみんなの話を聞くのが好きだった。


 一昨年からは、誕生日の翌日にシアナと一緒に書き出して話の内容を纏めたりもしている。ぼくはこれでみんなの話してたこと思い出しやすくなって楽しくなるねーって最初は呑気にしてたけど、シアナが話の内容から調べ物をして人員の配置や事業などを考え始めてたから見習わなきゃってなって一緒に議論もしてる。


 今日もそんな挨拶が沢山あって、犬の尾有りの有力者の次に、狼の尾有りの有力者がシアナと握手した瞬間だった。

 それまでニコニコしてたシアナの目がキッと釣り上がった。張り詰めた空気を本能が察して、全身の毛が逆立つ。


「どうしたの?」と聞くことも出来ない空気に戸惑っていると、シアナは目の前の狼の尾有りの手を更に握りしめた後、睨みつけた。


「ふざけんな……ファリ! 私から離れなさい!」


 唸るように怒りを露わにした後、シアナはぼくに向かってそう叫んだ。


 公然の場ではシアナはぼくのことをファリと呼ばない。殿下やファリード様と呼ぶ。言葉遣いもとっても丁寧だ。そうでないと周囲に反感を買うからと。


 でも、今は彼女はそんなこと気にしていなかった。不敬だと周囲の視線が集まるのにも関わらず、叫んだ。

 更に彼女は自分に良くない視線を向ける群衆を睨みつけるように伺ったあと、また口を開く。


「今すぐにっ、王妃様の元へ行って下さい!」

「……シアナどうしたの?」

「お願いだから! 行きなさい!」


 シアナから発せられる気迫にぼくは一瞬身を縮めた後、立ち上がって言われた通り母上のところへ走り出す。


 少し離れれば、異変を察知した母上の侍女兼護衛のクマの尾有りに抱えられて母上の元に連れてかれる。


 その間にもシアナは狼の尾有りに膝蹴りを食らわせ、地に引き倒し、そのまま押さえつける。


 そんな行動に相変わらず訳が分からず群衆も混乱する中、彼女は衛兵の方に顔を向ける。


「毒物だ! こいつと確認者を拘束しっ……ゲホッ」

「シアナ⁉︎」


 咳した瞬間に彼女の口から真っ赤な血が流れる。反射的にぼくは悲鳴混じりの声を上げるが、シアナはそんな状況でも自分を省みない。

 体に、しかも内臓系にすぐ反応する毒物なのだから強力な筈だ。いくつかの毒物が頭によぎるがどれもろくなもんじゃない。



「早く! 衛兵どもは耳ついてんのか‼︎」

 吐血しているというのに檄を飛ばすシアナにやっと衛兵達が反応し出す。しかし、それを阻害するものがいた。


「尾無しの言うことなんぞきくな‼︎」


 シアナに拘束されている狼の尾有りだ。


 どう見たって狼の尾有りの方が危険人物だし、間違ってるのに何故か衛兵達の動きが止まる。


 なんで? なんで止まるの? だってそいつは悪いやつで毒をシアナにやったんだよ。シアナは怪我したのにぼくを守ってくれたのに、なんでシアナの指示を無視してそいつの言葉で止まるの?


 ぼくが状況を受け止められずに戸惑っていても、シアナは常に抗い続ける。


「『尾有り、尾無しの話を私はしてない! こいつとその協力者を捕まえてファリの安全確保しろって言ってんの!』」


 ガラガラの声でそう母国語で叫ぶ。普段は母国語で全然喋らないのに、それほど必死だったんだ。でもその内容には一切彼女自身の安全については語られていない。


「っ! 王子を誑かす尾無しめ!」


 何が気に障ったのか分からないが狼の尾有りが激昂し牙を剥く。


 彼女の白い腕から赤い飛沫が飛ぶのが妙に鮮明にうつった。


「シアナ! シアナ! お願い離して! シアナのとこに行けないよ!」


 半狂乱になって彼女のもとへ駆け寄ろうとするが、母上の侍女に腕を掴まれいけない。


 手荒かもしれないが振り払おうとするが、びくともしない。

 おっとりした性格をしている侍女だけど、母上が子供の頃からその強さに太鼓判を押しているだけあって、ボクごときじゃ大したことは出来ない。熊の要素を持つ彼女に、叶わない。せいぜい「そのご命令はきけません」と眉を下げさせるだけだ。


「誰か! ぼくじゃなくてシアナを助けてよ!」


 そう叫んで辺りを見回すが、誰も目を合わせようとしない。

 ぼくが視線を向けた途端に顔を逸らす。誰かが「尾無しの小娘なんて……」という言葉を零すが、誰も咎めようとしない。

 犯人の狼の尾有りと一部の尾有りが嗤ったような気がした。そんな空間に絶望する。


『尾無し』だから、

 誰もシアナを助けてくれない。


 ぼくを守ってくれているシアナを『尾無し』だから助けず、加害者の『尾有り』の戯言に耳を貸して一瞬止まる。


 なんで? おかしいよ……。


 シアナのぼくとお揃いの真っ白の服が、真っ赤に染まっていく。


 彼女に守られたぼくは、おそろいの白い服ももらった素敵なスカーフも真っ白なまんまなのに。

 ぼくは熊の尾有りに押さえつけられ、同じ白だったものがどんどん赤に沈んでいくのを見るしかできない。


 シアナがこんな目に遭うのは、おかしいよ。

 彼女が何をしたっていうのさ。


 何でこんなことみんなするのさっ!!


 


 ***




 結局あの後は父上の命令によって、シアナは助けられた。

 狼の尾有りの有力者とその協力者、並びにその一族も投獄された。

 当然だ。


 当然なんだよ。そんなことは。


 でも父上の命令が無ければ、それさえもなかったかもしれないんだ。


 王子であろうが、無力なぼくにはあの場で意見は通じなかった。

 隣国から来た無垢な貴族の少女が被害者であろうと、『尾無し』という要素で倫理も論理も消えうせた反応をこの国は見せた。



 不幸中の幸いで、シアナは毒で刺された方の腕を噛まれた為、血と共にかなりの毒も体外へ流れ出たそうだ。毒の種類もぼくが把握しているものだったので、対処法がすぐに分かった。



 けど、まだ目を覚さない。握っている手は握り返されず冷たい。


 ぼくがあの狼の尾有りに狙われれば良かったのに。そうすれば、彼女はこんな目に遭わなかった。こんな状態になってない。


 ぼくが襲われたら、悔しいけど衛兵ももう少し早く対処した。

 そもそもぼくは毒蛇の要素も少しもった尾有りだし、幼少期から毒慣らしをされているから、苦しむかもしれないけど今回の毒では意識を失うまではいかない。

 でも彼女は人間以外の要素を持たない、尾無しだ。


 シアナだって、ぼくが毒にある程度耐性あるのを知っていた筈なのにっ、なんで彼女はぼくなんかを庇ったんだ。守ったんだ!


 そりゃ耐性あるだけで苦しまない訳ではないし、毒は嫌いだよ。

 でもそれ以上にシアナが傷つくのは嫌だよ。シアナが苦しむのは嫌だよ。シアナを失うのは嫌だよ。



 誰かと誰かがお互い憎みあっていたりいがみ合っている空気が苦手だ。

 誰かを恨むことを嫌うことを強要されたくない。

 自分という存在が誰かに損害をもたらす道具として使われることが悲しくって仕方がない。

 分断と憎しみに満ちたこの国の現実を受け止めたくない。

 だから、それらから逃がしてくれるシアナに縋った。


 その結果がどうだ? なぁ、どうなんだよ。ファリード。


 なんで尾無しも尾有りも関係ない国から来たシアナが、その恨みの渦に取り込まれて死にかけてるんだ。おかしいでしょう。


 おかしいけど、それがこの国の現状なんでしょう。分かっていた筈だ。分かっていたから恐れていたんだ。逃げたかったんだ。逃げた結果が、この現状なんだ。


 ああでも……逃げた結果がこうなるとはぼくはシアナみたいに賢くないから予測出来なかったや。


 ぼくが予測していた最悪なパターンは、ぼくが死ぬことや国の分断が進んで内乱が起こることだったから。


 でもぼくが死ぬんだったら、その時は辛いし痛いし悲しいけどただ単にぼくの生が終わって、あとはよく分かんないやで済む。

 国の分断もたくさん悲しいことや苦しいことは起こるけれど、まだいい。


 だけどっ、シアナがこの国の闇の犠牲になるのはっ、シアナが死んでしまうのは許せないっ。



 一晩中、自分の持つ熱が彼女に移ってくれないかと願った。

 逆に、彼女の体内の毒が自分に移って、いつものぼくの解毒過程の手の甲の鱗が変色してくれないかと願った。


 彼女が握り返してくれないかと願った。でも、その晩彼女は眼を覚ますことはなかった。かろうじて聞こえる呼吸音がなければ、ぼくの気は狂っていただろう。



 翌日、シアナの父上がでっかい翼のある爬虫類にのって隣国から駆けつけた。


 夜明けに、ぼくの白い毛に覆われた耳が大きな羽音を捉えた。


 本当は目を覚ますまで彼女の側を離れたくなかったが、彼女のお父上に当事者でもあるぼくの口から今回の事件を語らない訳にもいかない。


 青白い顔で呼吸する彼女に「すぐ戻るからね」と声をかける。


 聞きなじみのある大きな羽音に引き寄せられるように、ぼくは窓から飛び出して屋根達の上を駆け、中庭へと向かった。


 中庭の中央で、その人は異国の軍服を着て立っていた。うちの国と比べて暑くない国の為、体の線に割と沿ったもので、布質も硬さがある。

 何度か会ったことがあるその人の雰囲気は、いつも硬質なものだが、今日はそれに鋭利さも加わっている。いつも通り、自分を乗せてくれた大きな翼のある爬虫類に感謝するように撫でる手もどこか硬さを感じた。


「? ファリード様お久しぶりです。色々突っ込みどころしかないですが、まず今お一人ですか?」


 突然、現れたぼくに目を見張るその人の瞳はシアナと同じ色だ。

 髪の色は彼女より明るくてこの国の砂漠のような色だけど、瞳の色や目つきが彼女そっくりで、それで目を覚まさない彼女を思い出して、涙が出る。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ぼくがもっとしっかりしないといけなかったのに」


 本当ならもっと報告すべきことがあるのに、駆け付けたこの人を娘のシアナの場所に連れていくべきなのに、涙と謝罪しか出てこない。自分の首元の白いスカーフに涙が落ちるのが分かる。


「答えになっていないが、子供の上動揺しているのなら妥当か。……それに問題はこの子ではないな」


 独り言のつもりだろうけど、ぼくは狐の要素も持つ尾有りだから、それも捉えてしまう。

 自分の娘がぼくの未熟さゆえに傷つけられたのに、この人はとても冷静だったし、何故かぼくに優しい。


 それが、また辛くて、目が熱くて、涙が止まらない。


「貴様っ、ファリード様から離れろっ!」

「っ」


 突然の大声にぼくはびくんと肩を震わせる。反対にその対象者であるシアナの父親は「随分なご挨拶だな」と冷静に口にする。

 その声に静かな憤りが含まれているのも分かる。


 それもそうだ。なんで、衛兵はシアナの父親に槍先を向けているのだろう。おかしいでしょ。なんでっ……。


 不可解な光景に混乱して事態を変えることも出来ないぼくを背に、彼はぼくと衛兵達との間に立ちふさがった。


「そしてなっていないな。

 まず大前提、私は隣国からの使者で今回の負傷者の親でもあるのに随分と無礼な態度だ。

 刃を私と娘に向ける意味をまともに考えたらどうだ。

 お前たちだけじゃ済まない問題にもなりえるんだぞ」

「尾無し風情がっ」


 衛兵の誰かがそう吐き捨てるものだから、耳を疑う。

 今、シアナの父上が仰っていた意味が分からないの。わざわざ説明までしてくれて謝罪のチャンスまで与えてくれたのに。


 ここは僕が一国の王子としてきちんと衛兵を叱って、謝罪するべきだろうか、そう思考を巡らせる。でも彼はそれを制するかのように空色の瞳と目でこちらを捉えて、首を僅かに横に振る。


 芯の強い、でも優しい光を宿したその瞳は本当にシアナそっくりなんだ。


「うちの国が関係ない差別の話を持ち出されてもな。

 そもそも今のこの国の体制はうちの国が協力した故のものだぞ。

 それが分かっているから現王も、そして妃もうちの国と同盟関係を結んだんだ。貴様らは自分らの力だけで勝利を勝ち取ったと勘違いしているようだが」


 でも、でもこれは相当な国際問題に発展する可能性がある。シアナの父上はぼくには怒ってないけれど、優しいけれど、やっぱり怒ってんだ。


 怒らない方がおかしいもの。だって、娘が殺されかけて、意識不明の状態で駆け付けたら、娘を守らなかった衛兵たちに剣先を向けられているのだから。怒らない方がおかしいよ。衛兵たちの行動がおかしいよ。


 今だって「尾無し風情が」なんて誰かが小声でいって舌打ちをしているんだ。


 彼が説明したように、うちの国は本当に隣国の大国の支援によって革命が成功して、国としての体を保っているのに。

 経済面もうちの国からの産出されている鉱物を隣国が大量に買ってくれてるお金で、隣国の食料や穀物を買っているんだ。隣国なしではうちの国は成り立たないんだ。


 軍事力も大国である隣国に敵うわけがない。

 砂漠地帯が多いうちの国は、食料も水も補給しづらく地の利も圧倒的に不利なんだ。敵うわけがないんだ。だからシアナの母国と友好関係を築くことは大事なんだ。


 だからこれは間違ってる。間違ってるけど……ぼくがそれを正すべきだ。

 正すべきなのだろうけど、嫌だな。嫌だな。


 ぼく、もうこの国の為に頑張りたくないや、この国のみんなの為に頑張りたくないや。ぼく自身の未来の為にも頑張りたくないや。



「あと何故事件が起こった後に殿下に単独で行動させている。怠惰にも程がある」


 ぼくがこの国の為の存在であることはいいんだ。

 だって、ぼくはその為に生み出されたような存在だ。

 いいんだよ。ぼくの価値はそうであるから、その価値の分はぼくは頑張ろうと思ってたの。


 でもさ、それでシアナが傷つくなら話は別だ。この国がシアナを傷つけるような国なら、ぼくはもう頑張りたくないよ。例え、それが自身の価値の全否定に繋がろうが、いらないよ。


 シアナの父上もいいよ。怒って、この国と仲違いしたっていいよ。同盟破棄して攻め込んだっていいよ。


 もういいよ、こんな国。だってこの国は過去の恨みをなんも関係ないシアナに向けた。

 ぼくも呑気に構えてこの国の毒から彼女を守れなかった。


 だから、もういいよ。切り捨てて、シアナをぼくらから守って。



「お前らはまともに殿下をお守りする気があるのか? 私を挑発して殿下に何かあったらどうする気だ」



 ねぇ、なのになんでシアナの父上もぼくを気遣ってくれるの。なんでそんなところも似ているの。

 こんなタイミングでそんなこと言ったら、悪役になっちゃうのに。今も眠っているシアナの安全のこと考えたら、そんなの指摘しないでいいのに。


 首元の白いスカーフを顔を隠すように引き上げてから、俯くしかできない。


「まだ子供の王子をこのタイミングで独りにするような貴様らが、私に刃を向ける正当な理由を持っているのか」


 なんで、貴方もぼくのことを守ろうとするの。

 貴方にとって、ぼくの存在は大したメリットは無いのに。

 どうして、どうしてこの国の人間じゃない、隣国出身の貴方やシアナの方がぼくを守ろうとしてくれるの。


 ぼくにそんな価値は無いのに。


 王子って言ったって、

 強くも賢くない。

 何かを変える力もない。


 ぼくは、婚約者の女の子、ただ一人も守れないどころか、守られたんだ。


 個人としての価値すらも無いでしょう? 

 少なくともぼくは自分にはもう価値を感じない。



 その後、母上が通りかかって、母上の護衛の熊の尾無しが衛兵達を全員叩きのめして指導してたけど、詳しくは覚えてないや。だってもう、その時は全てどうでも良かったから。




 シアナの容態だけが心配だった。

 それ以外は全部どうでもよかったんだよ、シアナがまた元気でいられること以外はどうでもよかったんだよ。



 王子の癖して、はじめて国の行く末が悪くなろうがどうでもいいと思った。

 それどころか、シアナを苦しめたこんな国は滅んでしまえって思った。

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