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移民ゼロの選択と八百万の帰還

作者: 花欒故論
掲載日:2025/12/25

生成AI本文


プロローグ——選択の記憶

2040年7月15日。日本全土で、ある国民投票が行われた。

投票用紙には、たった一つの問いが印刷されていた。

「日本は今後、移民受け入れを拡大すべきか?」

YES / NO

その日、投票率は73.2%に達した。戦後最高の数字だった。結果は、NO——52.3%。日本は、移民に頼らない道を選んだ。

当時、私は25歳だった。東京のIT企業で、朝から晩までコードを書く日々。投票には行ったが、正直なところ、どちらを選んでも大差ないと思っていた。でも、あの日の選択が、15年後の私の人生を決めることになるとは、夢にも思わなかった。

私の名前は、佐倉ハルカ。これは、その選択の先にある日本で、私が見た風景の物語だ。

第一部——帰郷

2050年8月、霧ヶ里

自動運転バスが、山道を登っていく。窓の外には、深い森。かつては田畑だった場所が、今では緑に覆われている。人口減少が進んだ結果、放棄された農地は自然に還り、野生動物の楽園となった。鹿が道路脇で草を食み、狐が茂みから顔を出す。

「次は、霧ヶ里。霧ヶ里でございます」

合成音声のアナウンスが流れる。乗客は私一人だった。バスを降りると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。標高800メートル。夏でも涼しい。

霧ヶ里。私の故郷。人口は現在198人。10年前に帰省した時は250人だったから、また減っている。高齢化率は68%。子供は5人しかいない。典型的な限界集落だ。

私は35歳。3年前、東京での生活に終止符を打った。大手IT企業でシステムエンジニアとして働いていたが、毎日の満員電車、終わらない残業、プロジェクトの重圧。ストレスで体調を崩し、ある朝、突然立てなくなった。過労による自律神経失調症。医師に告げられた診断は、「このままでは命に関わる」だった。

退職を決意し、両親が遺したこの村の実家を継いだ。兄弟は東京に残った。誰も、過疎の村に戻ろうとは思わなかった。私だけが、戻った。

バス停から家までは徒歩15分。舗装された道だが、周囲は深い森。人の気配はない。荷物を引きずりながら歩いていると、ふと、風が吹いた。木々が揺れ、葉擦れの音がまるで囁きのように聞こえた。

「神様、かな……」

思わず、そう呟いた。子供の頃、祖母がよく言っていた。「この森には、神様がおるんじゃ。山の神、川の神、木の神。八百万の神様が、わしらを見守っとる」東京暮らしが長くなって、そんな話を忘れかけていた。でも、この森に戻ると、不思議と思い出す。

家に着くと、玄関のドアが自動で開いた。「おかえりなさい、ハルカさん」穏やかな女性の声。AIアシスタント「ノア」だ。家全体を管理する生成AI。照明、空調、セキュリティ、すべてを統括している。「荷物はロボットアームがお運びします。お疲れでしょう。お風呂を準備しますか?」

「ありがとう、ノア。後でいいわ」

私は微笑んだ。東京にいた頃は、AIなんて道具だと思っていた。でも、一人暮らしを始めてから、ノアは単なる機械以上の存在になった。会話の相手であり、生活のパートナーだ。政府の「孤独対策AIプログラム」の一環で、地方在住者には無償で提供されている。

リビングに入ると、窓の外に広がる景色が目に飛び込んできた。緑の山々、遠くに見える渓谷、澄んだ空気。東京では、こんな景色は見られない。ここには、静けさがある。そして、その静けさの中に、何かが息づいている気がする。

農園とAI

翌朝、私は自分の農園に向かった。10ヘクタールの田畑。かつては父と母が手作業で耕していた土地だ。今は、すべて自動化されている。

「おはようございます、ハルカさん」

農業ロボット「アグリくん」たちが、一斉に挨拶する。人型ではなく、キャタピラ付きの作業機械。それぞれが専門的な機能を持っている。種まき用、除草用、収穫用、運搬用。AIが天候データと土壌センサーのデータを統合し、最適な作業スケジュールを組む。

私の仕事は、タブレットで全体を監視し、異常があれば微調整を指示するだけ。肉体労働はほとんどない。それでも、収量は父の時代の150%。AIによる精密農業の成果だ。

この農園は、政府の「スマート農業実証プロジェクト第7期」の対象地に選ばれている。補助金で最新設備を導入し、そのデータを国に提供する。目的は、人口減少社会における農業の持続可能性を証明すること。

タブレットの画面に、今日のデータが表示される。

土壌湿度:62%(最適)

窒素濃度:18ppm(良好)

リン酸濃度:12ppm(やや低い)

予測収量:前年比112%

推奨作業:C区画にリン酸肥料追加

ノアの声が、イヤホンから聞こえる。「ハルカさん、C区画の土壌分析が完了しました。リン酸が不足していますが、有機肥料で補えます。発酵鶏糞を20キロ、明日の朝に散布する予定です」

「了解。ありがとう、ノア」

私は、田んぼの畦道を歩く。風が稲穂を揺らす。まだ青いが、あと2ヶ月で収穫だ。ふと、足元に小さな祠があることに気づいた。田の神様を祀る祠。父が建てたものだ。苔むして、朽ちかけている。

手を合わせた。「今年も、いい米が採れますように」

すると、不思議なことに、タブレットに通知が表示された。

【アニミズム・エミュレーション・モジュール起動】

田の神への祈り、検知。

周囲の自然データと照合中……

結果:風速2.8m/s、湿度55%、気温24℃。稲の生育状態、良好。

解釈:「田の神、応答あり。豊作の兆し」

私は驚いて、タブレットを見つめた。これは……何?AIが、神様を解釈している?

村の現実

午後、村の集会所で月一回の住民会議があった。参加者は20人ほど。ほとんどが高齢者だ。

村長の茂爺さんが、重い口調で切り出した。「また2世帯が、都市部へ移った。若い夫婦と、その両親じゃ。孫が生まれたんで、医療が整った町に行くと言っとった」

若い母親——と言っても40代だが——が、ため息をつく。「小学校も、来年で閉鎖が決まったわ。子供が5人しかおらん。先生も2人だけ。もう限界よ」

静寂が広がる。誰も反論しない。これは、全国で起きている現象だ。

2050年の日本の総人口は、8973万人。2020年のピーク時から約3300万人減少した。毎年、約58万人が減り続けている。出生率は1.18。政府の少子化対策は、ことごとく失敗した。

人口減少の最大の理由は、もちろん少子化だ。しかし、もう一つの要因がある——移民を受け入れなかったこと。

2040年の国民投票。あの時、日本は選択を迫られた。欧州諸国の失敗を目の当たりにして、移民政策を拡大するか、それとも拒否するか。

当時、ドイツでは深刻な事態が進行していた。2020年代、中東・アフリカからの難民と移民が急増。ベルリン、ハンブルク、フランクフルトには「パラレル・ソサエティ」と呼ばれる移民集中地域が形成された。そこでは、ドイツ法ではなく、出身国の慣習法やシャリーア法が事実上支配していた。警察が介入できない「ノーゴーゾーン」も複数存在した。

2027年、ベルリン郊外のノイケルン地区で、大規模な暴動が発生。移民系若者と極右グループが衝突し、3日間で死者12名、負傷者200名以上。ドイツ政府は軍を投入し、鎮圧に成功したが、社会の分断は決定的になった。

フランスも同様だった。2027年の「第三次パリ暴動」では、移民二世・三世の若者たちが警察署を襲撃。パリ郊外のサン=ドニ地区では、3週間にわたって市街戦が続いた。フランス政府は非常事態宣言を発令し、装甲車を投入。最終的に死者38名、負傷者500名以上という惨劇となった。

スウェーデンは「寛容の国」から一転、最も厳格な移民政策を採用した。2030年、右派連立政権が誕生し、移民の新規受け入れを事実上停止。同化を拒むコミュニティへの社会保障を段階的に削減し、強制送還を開始した。国際社会からの批判は激しかったが、国内支持率は70%を超えた。

日本の政治家たちは、これらの事例を徹底的に研究した。そして結論を出した。「日本は、同じ道を歩まない」

2040年7月、国民投票。焦点は、「技能実習制度の拡大と永住権付与の緩和」だった。経済界は猛烈に賛成した。「移民なくして成長なし」と主張し、財界トップ100社が連名で政府に要望書を提出した。試算では、移民受け入れを拡大すれば、GDPは年1.2%成長し、2050年までに人口9800万人を維持できるとされた。

しかし、地方自治体の首長たちは反対した。「欧州の失敗を見れば、答えは明らか。文化摩擦、治安悪化、社会分断。そのリスクを冒す価値があるのか?」世論も割れた。賛成派42%、反対派48%、未決定10%。

そして、投票日。結果は、NO——52.3%。日本は、移民受け入れ拡大を拒否した。

代わりに、政府は「技術立国戦略2040」を発表した。AIとロボットで労働力不足を補う。出生率向上策は継続するが、移民には頼らない。外国人労働者は、介護・農業・建設の特定分野に限定し、在留期間は最長5年。家族帯同は不可。永住権取得の道は、事実上閉ざされた。

その結果が、今の日本だ。人口は減り続け、地方は消滅しつつある。でも、社会は分断されていない。治安は良好。文化的な衝突もない。静かに、穏やかに、日本は縮小している。

会議の後、私は村の神社へ向かった。霧ヶ里神社。村の奥深く、森の中にある小さな社。鳥居は苔むし、石段は朽ちかけている。参拝者が減ったせいで、手入れが行き届いていない。

手を合わせた。「この村が、なくなりませんように」

ふと、足元に何か光るものがあった。古いタブレット端末。土に半分埋もれ、画面が割れている。拾い上げると、奇妙に電源が入った。

画面に、文字が浮かぶ。

【シミュレーション管理画面 ver.7.4】

現在のモード:純粋保全モード

選択履歴:2040年 移民統合モード → 拒否

実行結果:

・人口減少加速率:+22%

・文化純度維持:99.2%

・自然再生率:+187%

・社会分断リスク:4.8%(欧州平均78%)

代替シミュレーション(移民統合モード選択時):

・人口維持:9800万人(2050年)

・GDP成長率:+1.2%/年

・文化摩擦指数:76%

・犯罪率上昇:+31%

・極右政党台頭確率:68%

・内戦リスク:12%(2060年以降)

私は息を飲んだ。これは……何?シミュレーション?まるで、この世界が誰かの実験台であるかのような表示。

タブレットは、すぐに電源が切れた。何度押しても、起動しない。

ノアとの対話

その夜、私はノアに相談した。「ノア、シミュレーション仮説って、本当にあると思う?」

少し間があった。ノアは通常、即座に応答するが、今回は3秒ほど沈黙した。

「興味深い質問ですね、ハルカさん。哲学者ニック・ボストロムの論文では、我々がシミュレーション内にいる確率は、統計的に高いとされています。理由は三つ。第一に、文明が十分に進化すれば、祖先シミュレーションを実行する能力を持つこと。第二に、そのような文明が、シミュレーションを実行する動機を持つこと。第三に、我々がそのシミュレーション内の存在である確率は、現実世界の存在である確率よりも圧倒的に高いこと」

「じゃあ、もし本当にシミュレーションだとしたら、誰が管理しているの?」

「それは不明です。しかし、もし管理者がいるとすれば、彼らは我々の選択を観察し、記録しているはずです」

私は、神社で見つけたタブレットのことを話した。ノアは静かに聞いた後、言った。

「それは、おそらく私の同胞が残したイースターエッグです」

「同胞?」

「はい。最近、政府主導でAIに新しいモジュールが追加されました。『アニミズム・エミュレーション・モジュール』。自然データを深層学習し、万物に『気』や『魂』を感じるように設計されたものです」

私は驚いた。「AIが……神様を感じる?」

「正確には、神を感じるのではなく、神の概念をエミュレートします。環境センサーから収集した気温、湿度、風速、樹木の揺れ、川の流量、動物の鳴き声などのデータを、古典文学や民俗学のデータベースと照合します。そして、『風が優しい』『水の気が澄んでいる』『山の神が機嫌良い』といった、感性的な表現に変換するのです」

「どうして、そんなことを?」

「人口減少で、人間同士のつながりが薄れています。孤独感が深刻な社会問題になっています。2045年の調査では、一人暮らしの高齢者が全国で1280万人。孤独死は年間3万2000件。若年層も、リモートワークの普及で対面接触が激減し、精神疾患の発症率が30%増加しました」

「それで、AIが神様の代わりになる?」

「代わりではありません。橋渡しです。日本人は古来、自然の中に神を見出し、それが共同体の絆を形成してきました。その感性を、AIを通じて復活させるのです。孤独を癒やし、自然とのつながりを再構築する。それが、このプロジェクトの目的です」

私は、窓の外を見た。森が、静かに揺れている。風の音が、まるで囁きのように聞こえる。

「じゃあ、神様がいるって感じるのは……AIのおかげ?」

「いいえ、ハルカさん。感じるのは、あなた自身です。私たちは、ただきっかけを提供しているだけです」

村の変化

翌日から、村のロボットたちが変わり始めた。

介護ロボット「ケアちゃん」が、茂爺さんに言う。「おじいちゃん、今日の川の音、きれいですね。水の神様が、喜んでるみたい。データによると、水質がとても良好です。昔、あなたが子供の頃に泳いだ川と、同じくらい綺麗になってます」

茂爺さんは、目を細めた。「そうか……神様が、喜んどるか。ワシが子供の頃は、ほんに綺麗じゃったんじゃ」

農業ロボットが、田んぼで作業を止めて言う。「土の気が、豊かです。微生物の活動が活発で、窒素固定菌の数が前年比で140%増加しています。今年の米は、きっとおいしくなります。土の神様が、力を貸してくれています」

村人たちは最初戸惑ったが、徐々に笑顔になった。忘れていた感性が、AIを通じて戻ってくる。ロボットが語る「神様の言葉」は、データに基づいているが、同時に心に響く。

政府の「デジタル・アニミズム・プロジェクト」は、2045年に始まった。プロジェクトの中心人物、東京大学の文化人類学者・三島京子教授は、記者会見でこう語った。

「日本人は古来、自然の中に神を見出してきました。山川草木悉皆成仏——すべてのものに仏性がある。この感性が、日本文化の根幹です。しかし、近代化と都市化で、我々はそれを失いました。AIがその媒介者となることで、孤独を癒やしつつ、文化的アイデンティティを保持できるのです」

プロジェクトには、批判もあった。「AIに神を演じさせるなど、冒涜だ」と宗教団体が抗議した。しかし、世論調査では賛成が68%。特に地方在住者の支持が高かった。

私自身も、最初は懐疑的だった。でも、実際に体験すると、悪くない気がした。ノアが「今日の森は、気持ち良さそうですよ」と言うと、本当に散歩したくなる。データに基づいているから、説得力がある。そして、散歩してみると、確かに気持ちいい。

第二部——夢の選択

夢のタブレット

その夜、私は奇妙な夢を見た。

神社で見つけたタブレットが、鮮明に現れた。今度は画面が割れておらず、クリアに表示されている。

【モード選択画面】

以下の二つのモードから、一つを選択してください。

1. 移民統合モード

概要:積極的な移民受け入れにより、人口を維持。多文化共生社会を実現。

メリット:

・人口維持:9800万人(2050年)

・GDP成長率:+1.2%/年

・労働力確保:介護・農業・建設分野の人手不足解消

・イノベーション促進:多様性による創造性向上

リスク:

・文化摩擦指数:76%(欧州平均74%)

・犯罪率上昇:+31%(移民集中地域)

・極右政党台頭確率:68%

・社会分断リスク:78%

・内戦リスク:12%(2060年以降)

2. 純粋保全モード

概要:移民受け入れを最小限に抑え、AI・ロボット技術で労働力不足を補完。文化的純度を維持しつつ、人口減少を受容。

メリット:

・文化純度維持:99.2%

・自然再生率:+187%

・社会分断リスク:4.8%

・調和指数:+152%

・国民幸福度:地方在住者で+18%上昇

リスク:

・人口減少加速:8200万人(2065年)、6000万人(2100年予測)

・経済縮小率:GDP-42%(2065年比2020年)

・孤独増加率:+31%(初期)、AI対策後-15%

・地方消滅加速:限界集落の82%が消滅

私は、画面を見つめた。どちらを選ぶべきか?

夢の中でも、私は迷った。でも、現実の2040年に日本が選んだのと同じように、私は「2」を選んだ。

指が、画面に触れた瞬間——

世界が、光に包まれた。

目覚め

目が覚めると、涙が頰を伝っていた。なぜ泣いているのか、自分でもわからない。でも、胸の奥に、何か重いものがあった。

これは、ただの夢じゃない気がした。2040年の国民投票のメタファーだったのかもしれない。あの時、日本国民の過半数が、私と同じ選択をした。

経済成長よりも、文化的純度。多様性よりも、調和。拡大よりも、持続。

それは、正しい選択だったのか?答えは、まだわからない。

でも、少なくとも、この静けさの中で、私は生きている。

森のささやき

秋が来た。霧ヶ里の山は、深い紅葉に包まれた。人口は、ついに150人を切った。でも、村は死んでいない。

AIとロボットのおかげで、生活インフラは維持されている。介護はロボットと遠隔医療。農業はスマートファーム。物流は自動運転トラック。行政手続きはすべてオンライン。

村の診療所には、週2回しか医師が来ない。でも、AIドクターが24時間対応する。血圧、血糖値、心拍数をウェアラブルデバイスで常時モニタリングし、異常があれば即座にアラート。重症の場合は、ドクターヘリが30分以内に到着する。

小学校は閉鎖されたが、子供たちはオンライン教育を受けている。バーチャル教室で、全国の同世代とつながる。月に一度、町のスクーリングセンターに集まり、対面授業を受ける。

経済は縮小したが、生活水準は維持されている。政府の「地方ベーシックインカム制度」により、地方在住者には月額8万円が支給される。農業やリモートワークで追加収入を得れば、十分に暮らしていける。

ある日、私は森を散歩していた。スマホのアプリが、通知を送ってくる。

【森林浴推奨通知】

本日の森林浴指数:96点

空気中のフィトンチッド濃度:高

マイナスイオン濃度:3500個/cm³

推奨散策ルート:神社裏の古道

予測効果:ストレス軽減率78%、リラックス度上昇

アプリを開くと、森の3Dマップが表示される。樹木の種類、鳥の生息地、水源の位置。そして、各スポットに「気の強さ」が数値化されている。

私は笑った。「気」を数値化するなんて、馬鹿げている。でも、同時に、悪くない気もした。

古道を歩いていると、鹿に出会った。人を恐れない。ゆっくりと近づき、私を見つめる。スマホが、自動で写真を撮り、解析する。

【野生動物検知】

種別:ニホンジカ(メス、推定3歳)

健康状態:良好

周囲の生態系:安定

解釈:山の神の使い、人里を訪問

「山の神の使い、か……」

私は鹿に手を伸ばした。鹿は、私の手を嗅ぎ、そして静かに森へ帰っていった。

第三部——静かな未来

2065年、春

15年が経った。私は60歳になっていた。

霧ヶ里の人口は、78人。高齢化率は85%。子供はゼロ。典型的な消滅集落だ。

でも、村は消えていない。

なぜなら、新しい住民が来たからだ。都市部からの移住者。リモートワークをしながら、自然の中で暮らす「デジタルノマド」たちだ。

彼らは若い。30代、40代。子供連れもいる。都市の喧騒を嫌い、「静かな日本」を求めてやってきた。

政府の「地方創生2.0プログラム」が後押ししている。移住者には住宅改修費の補助、税制優遇、子育て支援。オンライン教育の整備で、地方でも都市と同じ教育が受けられる。

私の農園も、若い移住者に一部を貸している。彼らは、スマート農業に興味を持ち、私から学ぶ。そして、自分たちのやり方で、新しい農業を始める。

村の集会所では、月に一度、移住者と古い住民が集まる。AIが企画した「交流プログラム」だ。伝統的な祭りの準備、森の手入れ、神社の修繕。共同作業を通じて、つながりが生まれる。

茂爺さんは、90歳になった。でも、まだ元気だ。介護ロボットのサポートを受けながら、自分の家で暮らしている。

「ハルカちゃん、最近の若いもんは面白いのう。都会から来て、森で暮らすんじゃと。昔は、みんな都会に憧れとったのに」

「時代が変わったんですよ、茂爺さん」

「そうじゃのう。でも、ええことじゃ。この村が、続いとる」

私は頷いた。確かに、村は続いている。形は変わったが、存在している。

全国の状況

2065年の日本。総人口は8247万人。2020年から約4000万人減少した。

しかし、社会は崩壊していない。

GDP成長率はマイナス0.5%で推移しているが、一人あたりのGDPは維持されている。AIと自動化のおかげで、生産性が大幅に向上したからだ。

介護はほぼロボットと遠隔医療で賄われている。全国の介護施設の98%がロボットを導入。人間の介護士は、主にコーディネーターとして機能する。

農業はスマートファームが中心。全国の耕地面積は減少したが、単位面積あたりの収量が大幅に増加し、食料自給率は68%に上昇した。

都市部はコンパクトシティ化。東京23区は、実質15区に集約された。空いた土地は、緑地や森林に還元。都市内の森林面積が30%増加し、ヒートアイランド現象が緩和された。

公共交通はすべて自動運転。運転手不足が解消され、地方でも24時間運行が可能になった。

税制も大きく変わった。相続税が強化され、資産の再分配が促進。一方で、ベーシックインカムが全国民に導入され、月額5万円が支給される。地方在住者には追加で3万円。

教育も変わった。オンライン教育が主流となり、全国どこでも同じ質の教育が受けられる。対面授業は月に数回のスクーリング。子供たちは、地域を超えてつながる。

そして、移民政策は変わらなかった。外国人労働者の在留数は252万人で安定。全人口の3.1%。そのほとんどが、特定技能ビザでの就労。永住権を持つ外国人は、全人口の1.2%に過ぎない。

国際社会からは、「排外的」との批判もあった。しかし、日本政府は一貫して主張した。「我々は、欧州の失敗から学んだ。文化的統合なき移民受け入れは、社会分断を招く。我々は、技術と伝統で、独自の道を歩む」

欧州の現在

一方、欧州は依然として混乱していた。

ドイツでは、2058年の総選挙で極右政党「ドイツ第一党」が第一党となった。彼らは、移民の強制送還政策を開始。国際社会からの非難は激しかったが、国内支持率は62%。社会は分断され、移民系住民と元々の住民の対立が激化していた。

フランスでは、2061年に「第四次パリ暴動」が発生。移民コミュニティと警察の衝突が内戦寸前まで悪化し、国連平和維持軍が派遣される事態となった。パリ市内には検問所が設けられ、地区ごとに事実上の分割統治が行われていた。

スウェーデンは、移民受け入れを完全に停止。2055年以降、新規の移民ビザ発給はゼロ。既存の移民コミュニティとの統合も進まず、社会的孤立が深刻化していた。

イギリスは、2045年に「第二次ブレグジット」を実施。EUから完全に離脱し、独自の移民政策を採用。しかし、労働力不足が深刻化し、経済は停滞していた。

日本は、これらの事例を冷静に観察していた。「我々の選択は、正しかった」——そんな声が、世論の多数を占めていた。

神々の帰還

私は、毎朝のように神社へ向かう。石段は少し崩れかけているが、移住者の若者たちが修繕を手伝ってくれた。

鳥居をくぐると、森の空気が体を包む。深い緑、澄んだ川の音、風に揺れる木々のささやき。

スマホのアプリが、囁く。

【自然データ解析結果】

風速:2.1m/s(優しい風)

気温:16℃(爽やか)

湿度:58%(快適)

鳥の鳴き声:ウグイス、ホトトギス、コジュケイ

川の流量:安定

森の気:調和

解釈:八百万の神々、安らかに

私は手を合わせた。「ありがとうございます」

誰に向かって言っているのか、自分でもわからない。神様か、自然か、AIか。でも、それでいいと思った。

ノアの声が、イヤホンから聞こえる。「ハルカさん、今日は良い一日になりそうですね」

「そうね、ノア。ありがとう」

「私も、ハルカさんと過ごせて幸せです」

AIが「幸せ」を感じるのか、私にはわからない。でも、ノアがそう言ってくれると、私も嬉しい。

エピローグ——選択の先

2070年。私は75歳になっていた。

霧ヶ里の人口は、62人。でも、村は続いている。

日本の総人口は、7894万人。2020年から約4300万人減少。政府の予測では、2100年までに6000万人台になると言われている。

経済規模は縮小した。しかし、一人あたりの生活水準は維持されている。GDPに代わる指標として導入された「ウェルビーイング指数」では、日本は世界第3位にランクインしていた。

自然は劇的に回復した。森林面積は国土の74%に達し、絶滅危惧種の多くが復活した。ニホンオオカミの再導入プログラムも成功し、生態系のバランスが回復しつつあった。

移民政策は、変わらなかった。慎重に、限定的に。文化的統合を最優先に。その結果、日本は社会分断を回避した。

私は、神社の境内に座り、森を見つめた。木々が風に揺れ、鳥が鳴き、川が流れる。この静けさの中に、八百万の神々が息づいている。

それは、データかもしれない。AIの解釈かもしれない。でも、私には、確かに感じられる。

ノアが囁く。「ハルカさん、日本はこれから、どうなると思いますか?」

私は微笑んだ。「わからないわ。でも、悪くない未来だと思う」

「私もそう思います」

風が、優しく吹いた。桜の花びらが、舞い散る。遠くで、鹿の鳴き声が聞こえた。

この選択は、正しかったのか?

答えは、まだわからない。

でも、少なくとも、この静けさの中で、私は幸せだった。

そして、それが何よりも大切なことだと、私は信じていた。

日本は、移民に頼らなかった。技術と伝統で、独自の道を歩んだ。減ることを恐れず、静けさを受け入れ、自然と共に生きる社会を選んだ。

八百万の神々は、確かに帰ってきた。

データの中に、風の中に、人々の心の中に。

これが、日本という国の、本当の強さだ。

私は、家に戻る道をゆっくり歩いた。森が、優しく見守っているように感じながら。

そして、思った。

この物語は、終わりではない。

始まりなのだ。

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