第三章:新たな国
小屋で一夜を過ごした翌朝、桐原美沙――23歳――は、窓の外の雪景色をぼんやりと眺めていた。
昨夜、レオンハルトと騎士たちの自己紹介を済ませたことで、少し安心感を覚えていたが、まだ不安は残る。
「準備はできたか?」
黒髪で赤い瞳の青年――レオンハルト――が声をかける。
その姿は依然としてミサの心を強く引きつける。
外には馬が用意されていた。
ミサは馬に乗ったことがなく、少し戸惑う。
「私……馬に乗ったことがなくて……」
レオンハルトは優しく手を差し伸べる。
「なら、私の馬に乗れ。支えるから心配はいらない」
銀髪の騎士カイルが眉をひそめ、声を上げる。
「王子……この方を同じ馬に乗せるのは危険です。もしかしたら敵国の聖女かもしれません」
レオンハルトは首を振り、落ち着いた声で答える。
「心配はいらぬ。私は自分で判断する。支えながら進む」
ダリウスやセリオも少し緊張した表情で見守るが、レオンハルトの揺るがぬ決意に従うしかない。
ミサは少し胸を高鳴らせながら、そっと馬の背に座る。
背中に伝わる馬の温もりと、後ろから支えるレオンハルトの腕に、安心感が少しずつ広がる。
「大丈夫か?」
「はい……大丈夫です……」
心の中で小さく答え、馬の揺れに少しずつ慣れていく。
騎士たちは周囲を警戒しつつ、整列して雪に覆われた森の道を進む。
馬上から見る雪景色は美しく、凍える空気の中でも心が少し和む。
背後のレオンハルトの存在が、凍えた体だけでなく、心も温めてくれるようだった。
やがて森を抜け、ヴァルディア王国の城壁が雪に映えて輝くのが見えた。
宮殿の門をくぐると、従者に案内されて小さな客室に通される。
「ここで少し休め。長旅で疲れているだろう」
暖炉の火が柔らかく揺れ、雪でこわばった体を徐々にほぐしていく。
椅子に腰を下ろし、手元に差し出された温かい飲み物を受け取りながら、ミサは少しずつ心を落ち着ける。
騎士たちは周囲を警戒しつつ整列し、レオンハルトはそっと寄り添い微笑む。
「ここなら、安心して休める」
疲れが体を支配し、ミサは目を閉じる。
まだ聖女としての力は目覚めていない。
だが、追放されたあの日とは違い、周囲には守ってくれる人々がいる。
そして何より、黒髪と赤い瞳の青年――レオンハルト――の存在が、心を少しずつ和らげてくれた。