第二十七章 光の兆しと驚き
ヴァルディア王国の庭園は、春の気配がわずかに漂う緑に包まれていた。昼間の訓練や散策の疲れを、ミサはまだ完全には癒せず、思わずベンチに腰掛ける。
手元には水筒が置かれ、周囲には花壇や小さな噴水、整えられた小道が広がる。静かで、穏やかな時間――それでも、心は少しざわついていた。
掌をそっと花壇の上にかざす。ほんの少しの魔力――意識しなくても、指先から光が広がり、枯れかけていた小さな花々がふっくらと鮮やかな色を取り戻した。
「……きれい……」
思わず声に出すと、木陰からレオンハルトの姿が現れた。馬に乗って庭を一周していた帰りらしく、黒髪に赤い瞳、そしていつも通りの凛々しい立ち姿でミサの方を見下ろす。
「どうした、ミサ」
声は柔らかいが、自然と耳を集中させるような威厳がある。
「その……手をかざしただけで、花が……」
驚きと少しの戸惑いを含めて答えるミサ。
護衛たちも足を止め、目を丸くする。イザベルは少し微笑み、静かに頷いた。
「ミサ様、やはり……お力が現れ始めているのですね」
その一言に、ミサは少し顔を赤らめる。誰も否定しない安心感と、自分の力を見られたことの恥ずかしさが入り混じる。
レオンハルトはゆっくりと近づき、腕を組んだまま見つめる。
「……なるほど、だから君のそばにいると、自然と安心できたんだな」
思わず微笑むミサ。目の前の王子は、いつも穏やかに見守りながらも、必要なときには迷わず手を差し伸べてくれる存在だ。
「でも……どうして力が……」
自分でも理解できない不思議な感覚に、ミサは手元の光を見つめながら考える。過去の国では、どんなに努力しても力は発揮できなかった。あのときは見た目や気まぐれな王子のせいで、自分は認められなかった。だが、今ここで――愛され、信頼されていると感じる環境が、力を解放する鍵になっているようだった。
「無理はしなくていい。でも、できることから始めてみよう」
レオンハルトの静かな声に、ミサは頷いた。彼の眼差しは揺るがない信頼で満ちていた。
庭園の空気は柔らかく、光と風が優しくミサを包む。護衛たちも距離を保ちながら、その姿を見守る。イザベルは一歩後ろを歩き、万が一のときだけ身を呈して守る体勢をとる。
ミサは深呼吸を一つし、力の感覚を確認する。
「……私、やっと、少しずつでも……」
胸の中にあった不安や戸惑いは、少しずつ光に変わっていった。
そして、遠く離れたグランベル王国では、聖女を追放した代償が明らかになりつつあった。民は飢えと苦しみに喘ぎ、貴族たちは私腹を肥やすばかり。やがて国の力は衰え、かつての栄華は失われつつある――その一方で、ミサの力と、彼女を守る仲間たちの存在が、ヴァルディア王国に光をもたらそうとしていた。