第二十六章 芽生える想いと遠い国の嘆き
夕暮れの庭園は、オレンジ色の光に包まれ、花々の香りと冷たい風が静かに二人の距離を縮めていた。
ミサは手に残る光を確かめながら、少し戸惑った顔でレオンハルトを見上げる。
「……今日も、ずっと俺のそばにいてくれて、ありがとう」
レオンハルトは微笑みながら手を握る力を少し強めた。
「ミサ、俺はただ、君が安心できるなら、それだけでいいんだ」
ミサは胸の奥が温かくなるのを感じ、自然と笑みが零れる。
「レオンハルト様……わたし、あなたのそばにいると安心します」
風に揺れる黒髪の隙間から見える赤い瞳が、真剣にこちらを見つめる。
その視線に、ミサは思わず心を打たれ、恋心がゆっくりと膨らむのを感じた。
それは、守られているという安堵だけではなく、自分も彼を守りたいという想いに変わっていく瞬間でもあった。
「ミサ……俺は、君のすべてを守りたいと思っている。君の悲しみも、喜びも、俺に預けてほしい」
ミサは深く頷き、赤く染まる頬を彼に向ける。
「はい、レオンハルト様……わたしも、あなたのそばで、できることをしたいです」
庭園の片隅で、イザベルや護衛たちは静かに見守る。
「……この二人なら、きっと大丈夫」
イザベルの小さな呟きに、護衛たちも頷く。
心配ではなく、信頼と安堵がそこにはあった。
一方、遠く離れたグランベル王国では、かつての聖女を追放した代償が、徐々に国全体に重くのしかかっていた。
王族や貴族たちは財を貪るばかりで、民の暮らしに目を向けようとしない。
農民たちは旱魃や作物の不作で生計を立てられず、町は物価高騰に喘いでいる。
市場には悲鳴のような声が飛び交い、子どもを抱えた母親たちは日々の食事にも困っていた。
ミサの胸に、かつての国の光景が鮮明に浮かぶ。
「こんなにも民が苦しんでいるのに……聖女を大切にせず、王族や貴族は何をしていたの……!」
怒りと悲しみが胸の奥から湧き上がる。
追放された自分の存在を軽んじたために、この国はこんなにも崩れ、民は苦しんでいる――その現実が、怒りとなって言葉に乗る。
その時、庭園でミサと手をつなぐレオンハルトの瞳に、遠くの国の光景が思い浮かぶ。
「苦しむ民たちが、この国に来ることになっても……受け入れよう。俺たちが守れば、誰も悲しまない」
レオンハルトの声には、決意と優しさが溢れていた。
ミサはその言葉に胸を打たれ、涙がこぼれそうになる。
「レオンハルト様……わたしも、力になりたいです」
ミサの声には、これまでにない力強さと希望が宿る。
二人は手を握り直し、庭園の柔らかな光の中で、未来に向かって心を重ねた。
夕陽が沈み、夜の帳が庭園を包み込むころ、ミサの心は少しずつ確信に変わる。
「わたしの力で、この世界の人たちを守ろう……そして、わたし自身も、この人のそばで輝こう」
遠くのグランベル王国では、民の怒りがさらに広がる。だが、ここヴァルディア王国では、聖女と王子、そして護衛たちの存在が、希望の光となって新たな物語を紡ぎ始めていた。