第二十五章 微かな心の距離
いつもの庭園の散策を終え、戻ろうとする途中、柔らかな日差しが差し込む場所で、ミサは小さな花を手に取り、ふと空気を整えた。
すると、手のひらから淡い光がふわりと広がり
色とりどりの花が咲いていた――無意識に、聖女としての力が表れていたのだ。
「え……?」
驚きで目を見開くミサ。護衛たちは瞬時に反応し、周囲を警戒するが、危険の気配はない。
レオンハルトが彼女の横に駆け寄り、優しく手を握る。
「ミサ……これは――?」
ミサは自分の手を見つめ、ゆっくりと頷く。
「私……ちゃんと力を……使えた……」
街でも使えていた聖女としての力、もう心配は要らない
大切に思ってくれる人がたくさんいる
護衛たちの目に、微かな安堵と尊敬の色が浮かぶ。イザベルも少し前に出て、静かに微笑む。
「確かに……ミサ様。力をお持ちなのは間違いありません。これから、私たちも共に……守らせていただきます」
レオンハルトは優しく微笑み、ミサの肩に手を置いた。
それを聞いた瞬間、ミサの心はふわりと軽くなる。城での日々、散策、護衛たちとの絆――すべてが、自分を支え、守る存在として認めてくれていた。
そして自然に、周囲は彼女を「聖女」として認めたのだった。誰もがその光と優しさに気づき、言葉を交わす前に心の中で確信する。
「これで、私……皆のために力を使える」
ミサは小さく微笑み、力を恐れずに受け入れる覚悟を固めた。
レオンハルトは、そんな彼女の横顔を見つめながら、胸の奥でじんわりと温かい想いを感じていた。
「……ミサ、君は俺にとってずっと大切にしたい存在なんだ」
自然と口をついて出たその言葉に、ミサは驚きながらも
話聞いた
「……ミサ」
「はい、レオンハルト様」
ミサは少し戸惑いながらも、頷く。
レオンハルトは目を細め、真剣な表情で告げた。
「ミサ、俺は君を――聖女だからではなく、一人の人として、大切に思っている。守りたいと思っている」
思い返せば、雪の中で出会ったときから、彼は違った。
他の誰も気に留めなかった彼女を見つめ、静かに支えようとしてくれた。
夜、小屋で一晩を明かしたときも、馬に初めて乗せてもらったときも、食事のときも、いつも気遣いを忘れず、彼女の心を安心させてくれた。
それは単なる礼儀ではなく、自然と相手を思いやる優しさだった。
そして、レオンハルト自身も気付いていた。
初めて雪の中で彼女を見たとき、強く心を引かれたことを。
追放され、戸惑う姿に、守らずにはいられない衝動を覚えたことを。
彼女の内に秘めた優しさ、純粋さ、そして周囲の目に映らない努力と気高さ。
それらすべてが、知らず知らずのうちに彼の心を縛り、愛しさへと変わっていったのだ。
「……レオンハルト様、わたし……あなたに側にいていただきたいと、ずっと思っていました」
ミサの声は小さくても、瞳は揺らがなかった。
レオンハルトはゆっくり手を差し伸べ、彼女の手を取る。
「ならば、ミサ、これからも俺のそばにいて」
ミサは頬を赤くし、胸の高鳴りを感じながら、力強く頷いた。
「はい、レオンハルト様」
庭園には穏やかな風が吹き、花びらが舞う。二人の想いは静かに交わされ、互いを思いやる心が、ゆっくりと恋へと変わっていく。
呼吸を合わせるだけで、言葉はいらなかった。
ただ手を取り合い、互いの存在を確かめる。それだけで、二人の絆は静かに、しかし確実に結ばれていた。
その様子を、少し離れた木陰からイザベルや護衛たちがそっと見守る。
イザベルは柔らかく微笑み、思った。――この二人なら、どんな困難も乗り越えられる、と。
護衛たちも、それぞれに心の中で安堵し、任務以上の安心感を覚えた。
自分たちが守るべき人が、ようやく幸せな心の安らぎを見つけたのだと。
「……しっかり守ってやれ、もちろん俺たちも」
カイルが小声で言い、仲間たちも頷く。
誰もが静かに誓った――ミサとレオンハルトを、この先も共に守り抜くと。