第二十二章 街の交流と小さな奇跡
城での訓練を終えた後、ミサは今日も城下町を歩くことになった。朝の光が石畳に反射し、街は穏やかに目覚めていた。レオンハルトは少し前を歩き、赤い瞳で周囲を警戒しながらも、穏やかな表情を見せる。その背中に、ミサは自然に安心感を覚えた。
「今日は街の人たちと、もう少し触れ合ってみよう」
レオンハルトが軽く提案する。ミサは小さく頷き、少し緊張しながらも楽しみな気持ちを胸に抱いた。
護衛のイザベルとカイルは、ミサの一歩後ろを歩きつつ、周囲の安全を確認している。イザベルは金髪で切れ長の瞳を持つ女性騎士。普段は冷静だが、危険が迫ると素早く前に出る。カイルは短髪で精悍な青年で、状況判断に長けている。二人ともミサをまだ完全には信用していないが、今日は信頼してそっと見守るようだ。
広場に差し掛かると、子どもたちが石けりをして遊んでいた。蹴った石が通行人に当たりそうになり、ミサはとっさに手をかざす。柔らかな光が石を止め、子どもたちは目を丸くした。周囲の大人も驚きつつ、「何て力だ…」と小さな声で呟く。ミサは少し顔を赤らめながら、光を消した。
「大丈夫か?」
レオンハルトの低い声が耳に届く。振り向くと、赤い瞳が自分を見つめていて、胸が熱くなる。護衛たちも近くで安全を確認し、自然な形で街の混雑を整理してくれた。
その後も、小さな奇跡が続く。迷子の子どもを導いたり、屋台の荷物を支えたりと、街の人々の目には不思議な光景として映る。ミサ自身も、自分の力が自然に出て人を助けられることに少しずつ慣れてきた。
昼近く、レオンハルトが声をかける。
「少し休もう。昼食は外で食べよう」
広場のベンチに座り、エリナが用意してくれた簡単な食事を分け合う。ミサは温かいパンを口に運びながら、自然と笑顔になった。
「昨日よりも、少しずつ街にも慣れた気がします」
ミサがそう言うと、レオンハルトは赤い瞳を細めて微笑んだ。
「うむ。無理せず、少しずつだな」
握られた手の温もりに、ミサの胸は甘く高鳴った。
午後、街角で花壇の手入れをしている老婦人に出会った。倒れかけた花を光で支えると、老婦人は目を見開き、「あんた、なんて力を持ってるの」と驚きながらも微笑んだ。ミサも照れながら笑い、街の人々との距離が少し縮まったことを感じる。
その後も、人々と短い会話を交わす。誰もまだ聖女だとは知らないが、温かい視線や感謝の言葉に、ミサは心から嬉しくなる。
歩いているうちに、ミサの足元が石畳で少し滑りそうになった。瞬間、手を握られ、レオンハルトの赤い瞳が見つめる。
「気をつけろ」
「ありがとうございます…」
ミサは顔を赤くして小さく頷く。周囲を護衛たちが見守り、何も心配はいらないという安心感に包まれた。
散策を終え、夕暮れが迫るころ、二人は城の方向へ歩き始める。街の人々は興味深げに見つめるが、ミサが聖女だと気づく者はいない。しかし、街で起こした小さな奇跡の噂は、少しずつ人々の間で囁かれるようになる。
「今日も無事に戻れそうだな」
レオンハルトの囁きに、ミサは小さく微笑む。手を握り返すその瞬間、胸がじんわりと熱くなるのを感じた。護衛たちも自然に後ろで警戒しながら、無言の信頼を示してくれる。
街の人々との交流、小さな奇跡、そして守ってくれる仲間たち。ミサは改めて、自分がこの国で必要とされていることを実感するのだった。
心の奥で芽生えた小さな喜びと、レオンハルトへの淡い想いが、静かに膨らみ始めていた。