第十九章 城外散策と街の小さな出来事
朝の光が雪に反射して、城の周囲を柔らかく照らしていた。
ミサは厚手のマントを羽織り、護衛のイザベルと共に城門をくぐる。
今日はレオンハルトや他の護衛たちと、城の外の街を散策する日だ。
まだ外の生活には慣れないが、少しずつ世界を知ることが自分の力を理解する手がかりになる――そう思った。
「ミサ様、足元にお気をつけてください」
イザベルが後ろから静かに声をかける。彼女は冷静で、危険なとき以外は一歩後ろを歩く護衛だ。
「はい、ありがとうございます」
ミサは小さく微笑むと、雪道を慎重に進む。
城の門を出ると、街はまだ朝の準備で活気づき始めたばかりだった。木造の家々から煙が立ち上り、商人が荷車を引きながら店を開ける。子どもたちは雪の上で遊んでいる。
「見てください、イザベル。あの子たち…楽しそうですね」
ミサは自然に笑顔を向ける。
ふと、小さな騒ぎが起きた。荷車が傾き、中の野菜が道に散らばったのだ。
「おおっと!」と、子どもたちが慌てる。
ミサは自然に手を伸ばすと、散らばった野菜をそっと元に戻す。すると、かすかに光が指先から零れ、野菜は無傷で元通りになった。
「えっ…?!」
驚いた商人や子どもたちは、互いに顔を見合わせる。誰も聖女の存在など知らないのに、奇跡のような出来事に思わず目を見開く。
その瞬間、ミサの隣でレオンハルトが手を差し伸べ、軽く彼女の腕を支える。
「無理はするな。君の力は、必要なときに出せばいい」
ミサはその手の温かさに安心しながら、小さく頷いた。
護衛たちもすぐに駆け寄り、周囲を確認する。
「大丈夫です、危険はありません」
カイルの声が冷静に響く。
「ほんとうに…皆がいてくれるって、心強いですね」
ミサは胸の奥で感謝を噛み締める。守られるだけでなく、守ってもらえる安心感が、自分の力を自然に引き出したのだと気づく。
街を進むうちに、ミサは商人や行き交う人々と少しずつ会話を始める。
「お手伝いありがとうございます」
「ああ、いや、こちらこそ助けてもらった」
微笑み合う瞬間、ミサの心は軽くなる。力を出すときの緊張が、少しずつ解けていく。
一方で、遠く離れたグランベル王国の状況が、ふとした情報で街に伝わる。かつて栄えた都市は今、民の離散と経済の停滞で荒れ果て、王や王子たちは民の信頼を失っているという噂だ。
ミサは小さく息を呑む。自分を追放した国は、こうして確実に衰退していたのだ。
午後になると、護衛たちとレオンハルトは城近くの広場に腰を下ろし、昼食を広げる。
「今日は君も一緒に食べよう」
レオンハルトの言葉に、ミサは少し照れながら頷く。
外の空気と暖かな日差しの下、食事を楽しみながら、自然な会話が生まれる。護衛たちの笑い声、レオンハルトの軽い冗談、子どもたちの無邪気な声――そのすべてが、ミサの心に安堵を与える。
「街の人と触れ合うことで、力を出す感覚も掴めてきました」
ミサはそっと言う。
「そうか…君の力は、誰かを思いやる心から生まれるんだな」
レオンハルトは微笑み、少しだけミサの手を握る。手の温もりが、互いの信頼を静かに確かめる合図のように感じられた。
夕暮れが近づく頃、城へ戻る道すがら、ミサは遠くにかすかに雪煙を上げるグランベル王国の城壁を思い浮かべる。
「追放された私が…こんなにも安全に、力を使える場所があるなんて」
心の中で小さくつぶやく。かつての王国は、聖女を失い、民の信頼も失い、静かに衰退の道を歩んでいる――その様子が頭に浮かび、胸の奥に新たな決意が芽生える。
ミサは空を見上げ、深呼吸をひとつ。
──これからも、守られるだけでなく、守る力を持ちたい──
その思いを胸に、雪の中の散策は穏やかに幕を閉じた。