第十八章夜の庭園
夜になり、城内は深い静寂に包まれていた。
ミサは客室の窓の外を眺めながら、昼間の街での出来事を思い返していた。
人々の驚き、助けられた子どもたちの笑顔、そして自分の力が自然に出せた瞬間…。
胸の奥がざわつき、どうしても眠れない。
「少し、外の空気を吸ったほうがいいかもしれない」
そうつぶやき、そっと客室を出る。柔らかい雪明かりが庭園に降り注ぎ、銀色に輝く小径を照らしていた。
庭園の小径を歩きながら、雪の下でかすかに響く自分の足音に耳を傾ける。ふと前方に、黒髪と赤い瞳の影が近づいてきた。レオンハルトだった。護衛たちは少し離れた位置で、静かに見守っている。
「こんな時間に、外に出て大丈夫か?」
彼の声が夜の静けさに溶ける。ミサは振り返り、少し緊張しながらも小さく頷いた。
「…眠れなくて、少し歩きたくて…」
レオンハルトは静かに微笑むと、距離を少し詰めて並んで歩き始めた。
雪を踏む音だけが二人の間に響く。言葉は少ないが、互いに安心感を感じながら歩く。ミサの胸の奥には、昼間の出来事の余韻が残っていた。街で力を使ったとき、人々の驚きや喜び、そして自分の中で自然に湧き上がった安心感──それが今、心を温かくしている。
「今日、街で君の手から光が出たな。あれは…驚いた」
「はい…でも、どうして出せたのか、自分でもまだわかりません」
ミサは少し俯きながら答える。
「君が…守りたいと思った瞬間に、力が出たのだろう」
レオンハルトの声には柔らかさと、わずかな誇らしさが混ざっていた。
そのとき、ミサは小さくつまずきかける。咄嗟に手を差し伸べるのは自然にレオンハルトだった。
「大丈夫か?」
「はい…ありがとうございます…」
彼の手に触れた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
庭園の奥に差し掛かると、雪に覆われた小さな花壇や噴水が静かに月光を受けて輝いている。ミサは手を伸ばして雪を掬う。冷たくて澄んだ感触に、心が落ち着く。
ミサの心の中に、ふと感謝の念が広がる。昼間の街では、イザベルや他の護衛たちが必要な時だけ前に出て守り、普段は後ろで目を光らせていた。そのおかげで、安心して力を出せたのだと改めて気づく。
「ミサ、君は街で困っている人を助けるとき、自然に力が出ていた」
レオンハルトが静かに言う。
「はい…でも…どうして…今まで出せなかったのか、やっとわかった気がします」
「なるほど、君の力は、君の心と直結しているんだな」
レオンハルトの瞳が柔らかく光り、言葉には優しさが滲んでいた。
歩きながら二人は、昼間の出来事や、街で出会った人々の表情を思い返す。助けを必要とする人々を前にしたとき、力が自然に現れる自分に少し驚き、しかし安心感も覚える。
「レオンハルト様…私、やっと少しわかってきました。力を使うことが、怖くなくなってきた気がします」
「ふふ、それは良かった。君の力は、誰かを助けたいと思ったときに一番輝く。だから僕は、君が誰かのために動くのを見守りたい」
その言葉に、ミサの胸は小さく高鳴る。
庭園を抜け、城へ戻る小道を歩く頃には、二人の距離は昼間よりも自然に縮まっていた。雪明かりの中、握られた手の温もりが、ミサの心に確かな安心と淡いときめきを残していた。
客室に戻ると、ミサは静かに手を合わせる。
──今日も皆が無事で良かった。私の力も少しずつ、受け入れられる──
心の奥でそっと誓いながら、穏やかな眠りについた。