第十四章 城下町の散策
前回の夜の出来事から数日が経ち、城内は普段の静けさを取り戻していた。
しかし、ミサの表情にはまだ少し疲れが残り、歩く足取りも軽くはなかった。
「今日は城下町を散歩してみないか、ミサ」
レオンハルトは柔らかく微笑みながら提案した。その赤い瞳には、彼女を尊重しつつも自然に接したいという思いが込められている。
ミサは少し戸惑いながらも頷いた。
「……はい、少し散歩できたら嬉しいです」
イザベルは護衛としてミサの一歩後ろを歩く。危険がない今は距離を取り、必要以上に前に出ることはない。彼女は口元に微笑みを浮かべつつも、護衛としての緊張を解かない。
「ミサ様、こちらの道を通ってみましょうか」
カイルとダリウスもそれぞれの位置で周囲を見守り、適度な距離を保ちながら歩く。
城門を抜けると、朝の光に包まれた城下町が広がっていた。商人の呼び声、子どもたちの笑い声、馬車の鈴の音。
ミサは思わず息を呑む。
──久しぶりに見る景色……生き生きしている街。
「ミサ、こっちの店で何か見てみようか」
レオンハルトは自然な声で言い、隣に立つミサをさりげなく守るように視線を送った。
イザベルが少し前に出て、露店を指差す。
「ミサ様、こちらのお花はいかがですか?」
その瞬間、子どもが駆け込んできて、ミサの足元にぶつかりそうになる。
「わっ!」
ミサがバランスを崩しかけたそのとき、レオンハルトが瞬時に手を差し伸べて支えた。
「大丈夫だ、ミサ」
彼の赤い瞳が真剣に彼女を見つめる。
ミサは思わず息を呑み、少しドキッとしながらも安心した。
──この人がそばにいれば、私は守られている……。
イザベルは少し離れた位置でミサの安全を見守りつつ微笑む。
カイルとダリウスも周囲を確認し、子どもに優しく声をかける。
「次からは急に走らないんだぞ」
「驚かせちゃいけないな」
街を歩きながら、ミサは商人や子どもたちと自然に触れ合う。小さな果物を手に取って「美味しそうね」と微笑むと、店主も笑顔で応じてくれる。
小さな子どもたちは興味津々で近寄ってきて、手を握られたり、頭を軽く撫でさせてもらったりする。ミサは少し照れくさそうに笑い、子どもたちも楽しそうに笑い返す。
護衛たちはそれぞれの距離を保ちながら見守り、自然に笑顔を浮かべる。イザベルは一歩後ろで安心して見守り、カイルとダリウスは軽い警戒を続けつつ、街の人々とミサの交流を温かく見守る。
レオンハルトは時折ミサを見て微笑む。
「ミサ、笑っている顔を見るのはやはり嬉しい」
その真摯な視線に、ミサの頬はわずかに赤くなる。
午後の光の中、ミサは城の外の世界に少しずつ慣れ、護衛たちやレオンハルトとの距離が自然に縮まっていくのを感じた。
小さなトラブルや街の人との触れ合いを通して、信頼と安心感が深まっていく。
散策を終え、城へ戻る道すがら、ミサは静かに口を開く。
「今日は、本当に楽しかったです。ありがとうございます」
護衛たちの視線が彼女の笑顔に優しく注がれる。
レオンハルトも手を握ったまま微笑み、
「安心して前に進める仲間がいることを、忘れるな」
夕陽が街を赤く染める中、ミサは心穏やかに、城へと戻るのだった。