表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

第一章:無力の聖女


眩い光に包まれ、ミサ――桐原美沙、23歳――は目を開けた。

黒髪は肩まで届き、前世の疲れを残した表情にもどこか凛とした気高さが漂う。

目は暗い茶色で、少し大きめの瞳が不安に揺れる。


目の前には高い天井、石畳の床、豪華な装飾を施した玉座。そして整列する神官たち。


「……ここは、どこ……?」

声が震える。頭はぼんやりとしており、状況を理解するには時間がかかった。


国王レオポルトが重々しい声で答える。

「ここはグランベル王国だ。そして汝は、百年に一度女神が遣わす聖女――この国を栄えさせる使命を負った者だ。」


ミサは目を大きく見開く。

「……私が……聖女……? 国を、栄えさせる……?」


王子ユリウス、23歳。金髪を背中まで垂らし、碧い瞳は冷たく光る。

整った顔立ちと高貴な姿勢で、玉座の上から見下ろすその視線は鋭く、苛烈さを秘めていた。

「お前は聖女として、この国を繁栄させる義務がある。加護の力を使い、民を守り、王国を栄えさせろ。」


神官たちも一斉に頭を下げる。

玉座の上からの圧力に、ミサは思わず後ずさりする。

前世で疲弊した社畜としての経験さえ、この突然の重責の前では軽く思えた。




最初の加護測定の日、ミサは心の中で必死に祈った。

「どうか、私に力を……」


だが、光はまったく発現しない。

神官たちは眉をひそめ、王子ユリウスは鼻で笑った。


「ふむ、これが百年の聖女か。見た目も地味で、まったく興味が湧かないな。」

周囲の貴族たちもくすくす笑う。


国王レオポルトも溜息をつく。

「……これでは、国の加護にはならぬか。」


ミサは胸が締め付けられる思いだった。

祈り、努力しても認められない。王国の期待に応えられない自分に、深い無力感が押し寄せた。




玉座の間を出ると、宮廷の廊下では貴族たちが笑い声をあげていた。

銀食器には豪華な菓子や果実が山盛りにされ、料理人が慌ただしく運ぶ。

国王レオポルトと王子ユリウスは、談笑しながら贅沢な酒を飲み、金貨や宝石を手に取り喜んでいた。


「これだけ民から徴収すれば、次の戦役も楽だな」

ユリウスの声に、貴族たちが頷く。

民が飢えようと、聖女が無力であろうと、彼らには関心がなかった。

「神の加護? ああ、もちろん名目上は必要だがな」

レオポルトは自らの腹を撫で、笑みを浮かべた。


ミサは遠くからその光景を見つめ、言葉を失った。

王族も神官も、民も聖女も――すべては私腹のために動いている。

その現実に、胸の奥が張り裂けそうになる。


神殿では粗末な部屋に押し込められ、食事も最低限。

王子ユリウスは夜ごと愛妾たちと宴を開き、ミサを一瞥すらしない。

祈っても加護は現れず、民は「聖女の力が足りない」と噂する。

孤独と無力感に押し潰されそうになりながら、ミサは耐えた。


「私の力は……本当に、必要とされないの……?」



ついに運命の日が訪れる。

国王と王子が揃った玉座の間で、告げられた言葉――


「聖女よ、汝の力は国に不要。神の名を汚す前に、ここを去れ。」


王子ユリウスは冷たく笑う。

「国に役立たぬ者は、ここに居る意味もない。」


ミサは震える足で雪の吹きすさぶ国境へと連れ出される。

背後では、豪華な玉座と笑い声、銀食器と金貨の山が煌めいていた――

その光景は、もう自分の居場所ではないことを告げていた。


雪の中、冷たい風に打たれながらも、ミサの胸には小さな決意が芽生え始める。

「……でも、私は……生きたい……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ