喧嘩と待ち合わせ
カタカタカタカタ。
んー、やっぱりこれは違うか。じゃあこれをこうして、あ、でもそうなるとここがぶつかるのか。
俺は今パソコンに向かって仕事中だ。かなり頑張ったが会社では終わらなかった。今日は翔が1週間の出張から帰ってくるから、翔のご飯だけでも作らなきゃと思って急いで家に帰ってきたが、まだ翔は帰ってきていなかった。俺はササっと翔の夜ご飯を作り、自分の分は栄養ドリンクで済ませてこうしてパソコンとにらめっこしている。
ガチャ。
「ただいまー」
普段なら蓮がひょっこり顔を覗かせてくれるが、今日は一向に来ない。あれ、もう寝たのかな?明かりの付いているリビングに行くと、ローテーブルに向かいながらパソコンを触っている蓮がいた。
「れーん、ただいま。
・・・まだ仕事してるの?」
俺は蓮の後ろから声をかけた。俺を見上げた蓮の顔には疲れが見えた。
「うん、仕事終わらなくて。
夜ご飯は冷蔵庫の中に入ってる。俺はもう先に食べちゃったから、温めて食べて」
「作ってくれたの?ありがとう。
ごめんね、仕事終わってなかったのに」
「別に気にしなくていい。自分の分のついでだから。
俺まだかかりそうだから、先にお風呂も入っちゃっていいよ」
「わかった、無理しないでね」
冷蔵庫の中にはお味噌汁と焼き魚、煮物が入っていた。俺は蓮の邪魔にならないようにと静かに食べた。洗い物をしようとシンクに向かうと、洗い物カゴの中には、フライパンや菜箸、まな板などが入っていた。・・・あれ?蓮のお皿がない。お皿使わずに食べたのかな。俺は洗い物を終えると、まだパソコンと見つめ合っている蓮を横目にお風呂に向かった。
お風呂から上がってもまだ蓮はパソコンに向かっていた。お風呂に入る前と全く姿勢が変わっていない。というか、ちょっと痩せた?
「蓮、まだ終わらないの?」
「うーん、もうちょい」
「明日も仕事で朝早いんだし明日にしたら?
ていうか、蓮の食器が洗い物カゴの中になかったけどお皿使わなかったの?」
「あー、時間なくてゼリー食べた」
「蓮、ちゃんと食べなきゃダメだよ。
もしかして俺が出張行っている間そんな感じだったわけじゃないよね?」
「・・・うーん、」
「蓮、聞いてる?」
「・・・うーん、ちょっと待って」
「蓮」
俺はその声でハッとした。明らかに翔は怒っている。翔が出張に行っている間はご飯は確かにちゃんとしたものは食べていない。仕事を早く終わらせたくて話半分に聞いていたから完全に怒らせた。俺は手を止め、今日初めて翔の方を見た。そんな顔させたかったわけじゃないのに。
「ごめん、」
「俺は蓮が心配なの。わかる?
ちゃんとご飯は食べて。
前も同じことあったよね?あのとき、食べてなくて体調壊して、デート無くなったよね。
その時、俺なんて言ったか覚えてる?」
「また同じことになったら俺本当に怒るからね、って言われた」
「今、同じことになろうとしてるってこと分かってる?1週間ちゃんと食べてないでしょ。
前より痩せてるよね?」
「ごめん、でも仕事終わらせたくて・・・」
「だったら俺のご飯なんて作らなくていいから。
別に頼んだわけでもないし」
「は、だってそれは翔が疲れているかなって思って」
「自分のことをちゃんとできてから俺の心配しなよ」
「何その言い方」
「だって、蓮が悪いんでしょ」
「俺の身体は俺が1番よく分かってるし!翔の心配するのだって俺の自由だろ!もういい、あっち行って。
仕事の邪魔」
「は?蓮こそその自信過剰なところ直しなよ」
翔は呆れたように吐き出すと寝室の方に消えた。はあ、心配してくれていることくらい分かってるよ。
でも俺にだって譲れないことがあるんだよ。
次の日、朝起きると翔の姿はなかった。いつもは一緒に寝ているが、なんだか気まずくて俺はリビングのソファで寝たから、いつ翔が起きたのかも分からない。せっかく1週間ぶりに会えたのに最悪だ。
その日の夜、俺は前から約束していたゲーム仲間のエム(本名は知らない)とオンラインゲームをしていた。エムは俺が同性と付き合っていること知っている。オンラインゲームをする内に仲良くなって、実際会ったりしていたらいつの間にか普通に友達みたいになって、なぜたがエムにはそういう話もできた。今日もまだ翔が帰ってこないのをいいことに、オンラインゲームをしながら相談をしていた。
「それは、翔さんが心配してくれてるってことでしょ」
「そんなの分かってる。でも俺だって、翔のこと心配で。出張なんて疲れてるだろうからと思って、翔の好きなもの作ったのに」
「僕にはお互い様に思えるよ・・・っと、後ろに来てるよ」
「おけ。・・よっしゃ、当たった。
うーん、それはそうなんだけど、なんかあの言い方にむかついちゃったというか。あの時、急いで終わらせたくて余裕なかったし」
「なんで終わらせたかったのさ、その仕事。
そんなに急なやつでもなかったんでしょ?
週明けでいいからって僕との約束もこの日になったんだし」
「・・・明日、デートなんだよ」
「デート?なに、惚気やめてくれる?」
「そんなんじゃないって。
急に翔の出張が決まって、本当は明日翔休みじゃなかったんだけど、休日出勤が無くなったから、せっかくだし、待ち合わせしてデートしようってなって。
同棲すると同じ家から出掛けるから、なんか嬉しい反面、待ち合わせも良かったなあっていう話をしたら、じゃあ久しぶりに待ち合わせしよう!って翔が言ってくれて。待ち合わせってなんかワクワクするじゃん。今日どんな服かなあとか、場所はここで合ってたよな、とかちょっとドキドキするけど、それも楽しかったから。またあの感じになるのかーって思うと、気合い入っちゃって。仕事に追われずちゃんとデート楽しみたいから早く終わらせようって思って。
・・・あー、まけた」
「もう、それ言っちゃえば?
楽しみすぎて頑張りたかったの!って。
きっと、翔さんなら分かってくれるよ」
「言えたら苦労しねえよ」
「何が苦労しないって?」
イヤホンの後ろの方から声がして、振り向くと翔がいた。翔は、設定をいじってスピーカーにすると、「エムさんごめん。ちょっと蓮に話しあるから、ゲームもう終わってもいい?」と言った。「あ、翔さんお久しぶりです。もちろんいいですよ。じゃあ、ロータスまたな!次、予定空いてる日連絡する」と言い残し、通話が切れた。
「・・・おかえり。遅かったな」
「ただいま。まあ、俺も相談会行ってたから」
「相談会?」
「蓮のエムさんみたいなもん。そこで、散々自分の心配だっていう思いを振りかざして人に怒りをぶつけるのは違うって同期にめっちゃ怒られた。
・・・蓮、昨日はほんとごめん。俺、言いすぎた。蓮が俺のこと心配して色々してくれてるって分かってるのに、自分のこと大切にしない蓮に腹たっちゃって。言ったらいけないこと言った。本当ごめん」
「いや、俺の方こそごめん。
翔に心配かけた。しかも前と同じことで。そりゃ怒るよな、何回も同じことしてたら。デート行くことを優先しすぎて、他のことに目が回ってなかった。ほんとごめん。
翔が俺のこと気にかけてくれるの嬉しかった、ありがとう」
「これで、仲直りってことでいい?」
「うん、ごめん」
「もう仲直りしたからごめん禁止。
蓮はご飯食べた?」
「ううん、まだ。
一緒に食べるかなと思って、作っておいてある」
「ありがとう。俺お腹すいた。早く食べようぜ」
「うん」
「なあ、蓮。明日楽しみだな」
「うん。楽しみ」
「それで、さっきの話だけど、
蓮は何が言えたら苦労しないって?」
「わかってるくせに」
俺は、ニヤニヤと笑っている翔の腕を引っ張って引き寄せ、耳元で「また、あとで教えてあげる」とわずかに色気を含ませて囁いた。俺はそのあとすぐに離れてキッチンの方に向かった。「なにそれ、ずるいって・・・」と翔は頭を抱えて座り込んでいた。