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雲海特区の竜使い  作者: 円堂 豆子
竜のマヨイガ
7/8

ある意味ブラジルよりも遠い

 万象(ばんしょう)も頭をさげた。


「こんにちは。お邪魔しています。妹さんですか?」


 巳双(みもろ)に尋ねると、なぜか考えこんだ。


「うーん、妹みたいなものかなぁ」


 つまり、妹ではない、ということだ。


 (姪っ子とか?)


「まあ、家族よ。一緒に暮らしているから」


「何人暮らしなんですか?」

「いまは三人かな。わたしとセオと、おじいちゃん」


 セオというのが少女の名前らしい。

 髪は肩の下まであって、Tシャツと短パンというラフな姿。

 華奢な脚が裾から投げ出されている。


 なら、社長は巳双の祖父だろうか。


「おじいさまはどちらですか? おれ、ご挨拶しなくちゃ」


「あっ」


 巳双の顔色が変わる。大きな目を見開いて、万象を見つめた。


「きみ、もしかして――ミハルの被害者?」

「被害者? 違います」


 誰かから被害を受けているつもりはなかった。

 妙な呪いをかけられた直後に幽牙堂に姿をくらまされ、弱ってはいたが。


「ミハルっていう名前の知り合いも、いない、ですね」

「そっか。へえ」


 巳双に笑顔が戻る。


「じゃあ、本当に丸剤を仕入れにきただけ? こんなところまで訪ねてくるなんて、やっぱり奇特な人だ」

「その話なんですが、お願いがあって」


 万象は続けた。


「ご迷惑じゃなかったら、またきてもいいですか? 丸剤をこれからも仕入れさせてほしいんです」


 巳双は目をまるくした。


「これからもって、ここまで買い付けにくるつもり? 野宿しながら山を登って?」

「はい。幽牙堂さんみたいな卸業者を紹介していただければ助かりますが、それができなければ、おれが直接買い付けにきます」


「――どこからきたんだっけ? 東京っていってたっけ? 遠いんでしょ?」

「まあ、はい。片道で二日半かかりました」


 カクノミ堂のある足立区からこの山の登山口まで、丸一日かかった。

 そこから一日かけて登り、登山道を逸れてさらに登って、野宿をして、辿り着いたのは、その翌朝。

 片道二日半。

 行き来するなら、かかる日数は倍。五日だ。


「とんでもなく遠いじゃない。うちからパリまで二日もかからないらしいよ?」

「それは、飛行機を使ったら――」


 ルートが整備されてさえいれば、地球の裏側へ行こうとしたとしても、二日あれば足りるだろう。

 道なき道を進まなければいけないこの山は、ある意味ブラジルよりも遠かった。


「今日ここで薬を仕入れさせてもらったとしても、店の在庫の数カ月分にしかならないんです。うちの店は小さな漢方薬局ですが、現代医療が効かない人たちが、うちの店を頼ってくれています」


 カクノミ堂の〈裏〉の薬があるおかげで、店を続けていられるんだ――。


 店に来るたびに感謝して帰る、喘息持ちのコックがいたが、父の幼馴染で、長年の常連だった。

 心臓病の娘のために新幹線に乗って〈裏〉の薬を買いにくる客もいる。

 同じ病気で奥さんを数年前に亡くしていて、「妻が生きているうちに、カクノミ堂に出合えてたらなぁ」と、若いままで時をとめた奥さんの写真を見せてもらったことがあった。

〈裏〉の薬を渡せなくなれば、その客はいまに娘の写真も持ち歩くことになるかもしれない。


『頼む、白峰。〈裏〉の薬をどこから仕入れているかだけでも教えてくれ! 俺はどうしても店を続けたいんだ!』


『お願いです。どうかお願いです。娘の心臓にはあの薬しか効かないんです――』


〈裏〉の薬が在庫限りで販売終了になると伝えた後、父の幼馴染や、娘を連れた男性客は、涙ぐんでカウンターにしがみついた。

 せめて――と泣きつかれても、万象も父も、首を横に振ることしかできなかった。


 どうしても、いえないのだ。


「おれたちは呪いのせいで、〈裏〉の薬のことをお客さんに話せないんです。手に入らなくなった理由も、どうしてこの薬が限られた薬局でしか手に入らない〈裏〉の薬なのかも、理由を伝えられません。絶望するお客さんの顔を見たくないんです!」


 巳双が、ぷっとふきだした。


「いいけど? きみ、意外と根性あるね」

「まじっすか、いいんっすか!?」


 思わず声が大きくなる。

 巳双はけらけら笑った。


「やっぱりきみ、ずっと無理してるんじゃない。ほんとはそういうキャラでしょ?」

「あ、すみません、思わず――。でも、巳双さんは取引相手になる方だし――」

「素で接してくれたほうがいいよ。わたし、作り笑顔が苦手だから」


 巳双は、つなぎのゆるい袖ごと腕をふらふら振って「いいから、いいから」という。

 取引や人間関係の構築には、ざっくばらんな自然体で付きあったほうがうまくいく場合もある。


「わかりました。なら、お言葉に甘えますが――」


 どっと疲れが出て、万象は息をついた。

 ひとまず、家を出て山を登った目的――〈裏〉の薬の新たな仕入れ先を見つける、というミッションはクリアした。


「よかった――」


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