07 仕入れをする時は商品にならないように気をつけろ
「アルバさん、どこまで歩くつもりですか?」
「あれれ? おかしいなー」
「何かわい子ぶってるんですか……全然可愛くありませんからね」
黒く染まった空から青い光が差し込む中、アルバはプルースと共に広大な土地を歩いていた。
テルミナの中でも未知の領域と呼ばれる範囲内に出ており、ここでは如何なる現象があってもおかしくないのだ。
おかげでプルースから、呆れたような視線をもらっている。
自然の明かりが息吹きだす時間帯にも関わらず、プルースの黒い瞳は光を帯びているから理解しやすいのだ。
アルバは大き目なスーツケースを引きながら、一つ息を吐き出した。
「プルース、たまにはふざけないと体力が持たないぞー」
「あんたらがふざけすぎてるから、ツッコミ疲れを起こすんですよ」
「すまんすまん。まあ、日によっては二十四時間休みが無いバイトマスターだ、余計に疲れるから気をつけろよ」
異世界バイトマスターこと『アドーレ』は少数の精鋭揃いながらのホワイトだ。
地球時間で言う二十四時間働き詰めになる事がある、本当にホワイトな企業だろう。
無論、衣食住ありと称した住以外の自給自足、有休や休みなし、給料無しの綺麗な体制がある。
「……入った時から覚悟は決めています」
「そうか、なら、此処で食事にするか」
草木の生えない、岩肌もない、ただただ空の明かりが満面に差し込む暗い地で、アルバは足を止めた。
そして持ってきたスーツケースを止めて、プルースの方を向く。
プルースからは、明らかに警戒している目線が送られてきている。
張り付いた笑みの矛先が間違っているが、今指摘すれば完全にツッコミは入れ込まれるので、アルバは見て見ぬ振りをした。
今日はステラが狩り鍋を用意してくれていたというのに、セキの命により食べずにこの地まで時間をかけて来ているので、お腹くらいはプルースであっても空いているだろう。
「ではでは、まず初めに生きのいい幼虫を用意します」
「いやいや、どこからか軽快な音楽が流れ始めたんですけど!? アルバさん、あんた一体何やったんですか!!」
プルースが指を向けながら言ってくる中、アルバはそこら辺の地形を殴って掘った。
「何ってそりゃあお前……簡単三分クッキングをするとなれば、軽快な音楽の一つや二つだって流れるだろ?」
「流れるわけないでしょ! そもそもどこにその発信源があるんですか!」
「頭の中に決まってんだろ。お昼時とかになれば、それくらい普通だ」
プルースが言葉を探している中、アルバは地から飛び出てきた白いぷにぷにとした幼虫を数匹ほど捕まえた。
「こちらが用意されていた幼虫……テルミナ産の活きのいい虫となります」
「誰に説明してるんだよ!」
テルミナには様々な虫や生き物が流れ着く。そのため、ある程度の知識は必要になる。
無論、このぷにぷにとしたカミキリムシの幼虫に近い生き物は食べられる方だ。
アルバは淡々と、食べられない部位の外骨格である頭だけをさっと取り、持ってきていた串に刺した。
「串に刺しましたら、あらかじめ用意して置いた焚火にかけます」
「さっきまで空の明かりの光源しかなかっただろ! いつ用意したんですか!」
刺した幼虫の串を炙るようにして火にかければ、ぱちぱちとなる焚火の音も相まって、白い部分にじんわりと焦げ目がついていく。
「そうそう、お好みで塩や胡椒、愛、なんかを入れる事をおすすめするぜ」
「あんたの愛を入れたら物好きしか食いたがるわけないですよ」
プルースがツッコミを放置した頃には、しっかりと火が中まで通った幼虫が煌びやかに輝いている。
ちゅるっと刺身で食べたくなるような白い光沢を持った幼虫だったが、アルバは生憎人間の身であるため、食に関しては色々と注意はしているのだ。
出来上がった焼き幼虫の串を用意したお皿に盛り、缶が置かれている焚火の明かりで照らされた地面に置いた。
「出来上がったのがこちら! なんということでしょう、最初は刺身で食べられるような幼虫だったのに、火を通せばこんがりと焼けて食欲をそそる一品に」
「物好き以外は食いたがらないですよ……誰の為の番組なんですかこれは……」
「そして今回使用したのはこちら――幼虫と串、火、という誰でも簡単に用意できるものです。ぜひ皆さんも、足りないおかずの一品のお供――」
「料理を作る人に謝れお前ぇええ!」
「ぐはぁあああああ!?」
プルースが急に殴ってきたのもあり、アルバは仰向けに倒れた。
「今日は仕入れをするはずなのに、なんで食事の話をしてるんですか!」
「プルース、俺が何も考え無しに料理をしてたと思うなよ」
アルバの体感時間にして三分ピッタリ。
遠くの方から無数の音が近寄ってくる。
右を見れば、そこから土煙が巻き上がり、空の明かりでちらつく影が見え始めた。
「やっときたか。いや、もしくは幼虫の匂いに釣られたか?」
「アルバさん、これは一体?」
「プルース、今回の仕入れはあいつらの皮だ。商品にならないようにしろよ」
アドーレの仕入れは、基本的に自給自足だ。
武器系統の商品が売れないのは、そもそも難易度的に扱えないからである。それは、テルミナの中でも未開拓の地での仕入れだからこそ、売り上げに繋がらないのだ。
魔王直属であっても、アドーレの商品を買う物好きは数人と居ない程に。
それでも交渉に向かっていたステラは、商品の流通を確約するための再契約に過ぎない。
仕入れは力が及ばなければ、自分たちが魔物らの食料になってしまう。
「気合い入れ直していけよ……いや、今回は下がってろ、プルース」
「アルバさん、僕も戦いますよ」
「……家族を守るのが、俺の役目だ。たまにはカッコいいところを見させてくれよ」
アルバは向かってくる土煙を前にして、プルースを背後にして一歩を踏み込んだ。
小さくも深く、その足音は迫りくる者への覚悟として鳴り響く。
(ステラの情報通りだ)
遠くからの土煙が近づけば、四足歩行の獣とも言える二つの大きな牙を持った、ちょい太り気味の魔物が姿を見せた。
「おー、まだ名前も生態もない魔物かー」
「アルバさん、油断しないでくださいよ。ここの魔物は他の世界と違って、一つの場所にはとどまらず、群れで行動する知能を持っているんですから」
数にして数十頭と存在する魔物は、見える土地の四分の一を群れだけで占めている。
テルミナではプルースの言う通り、単独で行動する魔物はまず存在しない。
ましてや住処すらも作らない移動族だからこそ、仕入れをするアルバも面倒さが勝ってしまうのだ。
猪型の魔物はこちらを見つけたのか、先頭に居る一頭が耳をつんざく程の声をあげた。
「悪いが、数頭だけいただかせてもらう」
アルバは瞬時に移動し、向かい来る魔物の群れをプルースから遠ざけた。
先頭の指揮官よりも先に乱れて突撃してきた数頭へと、音も立てずに、避ける要領で近づく。
厚い毛皮で覆われていても、隙があるのだ。
「ほらよ」
アルバは魔物の胴体の横に手をつけた。
刹那、魔物の横腹はへこみ、一頭は倒れている。
瞬く間もなく、アルバは近づく。
そして一頭、また一頭と、ただ同じ仕草を繰り返した。七頭ほど痙攣させてから、指揮官という中枢を担う一頭に近づいた。
彼ら魔物は群れで行動するからこそ、種族の中枢は絶対に存在するのだ。
その中枢が危険にさらされれば、戦場は恐怖に支配される。
「これで、ラストだ」
指揮官である一頭が地面に横たわると、群れで行動していたその他の魔物は驚きの声をいくつも上げている。
「アルバさん、逃げていきますよ!」
「これでいいんだ。あいつらはまた群れの中枢を作って、テルミナの魔物――すなわち移動種族になる。それに、流通を安定させる俺らが全てを倒すのは違うだろ」
「……僕もまだまだ勉強させてもらいます」
「じゃあ、こいつらは全員急所触れて麻痺させたから、皮だけ残して、幼虫と一緒に食うか!」
麻痺させた魔物を積み上げていると、プルースからは真剣な眼差しが飛んできている。
普段から尊敬してほしいとアルバは思ってしまうが、不可能に近いだろう。
ちなみに現在麻痺させた猪型の魔物は、出汁や丸焼き、幼虫添えのステーキにしても美味しい肉質だと触れて理解出来る。
アルバ自身、今回はこの魔物の毛皮が欲しかったのもあり、仕入れとしては申し分ない成果だ。
「アルバさん、今後はふざけないでやってくれてもいいんですよ?」
「……プルース、それは無理だ。なぜなら、俺は俺だからな」
実際、今回の仕入れはセキの命もあるが、九割はアルバの私情だ。
プルースを付き合わせたのは、ツッコミ疲れをしていたのを癒す目的があったのに近い。
影が揺れる焚火へと近づけば、プルースの表情がより鮮明に照らされ、温かな眼差しがアルバの心をより刺激している。
「よーし、プルース! 今日は存分に食うぞ!」
「アルバさん、ステラちゃんやセキさんの分も残さないと駄目ですよ!」
焚火の明かりに包まれて、賑やかな笑い声がこだました。