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06 掃除は自分を磨くためにしろ

 一日の始まりは優雅な朝日が差し込んで始まる。

 ガラス越しに差し込んでくる輝かしい光を浴びて、カウンターに置いたコーヒーが光沢を映し出す。


(久しぶりだな、このゆっくりとした時間も)


 伸ばした指先は、カップの持ち手を撫でるように触れ、渋い匂いを鼻へと誘ってくる。

 そっとカップの縁に口が触れようとした、その時だった。


「仕事中に何してんだぁああ!!」

「あづぅうぎゃぁああ!?」

「お店の掃除の時間だって言うのに、なんで優雅にブレイクタイムを楽しんでんですか!」


 破片が刺さったまま顔を上げると、コートの上から白いエプロン姿が似合ったプルースが立っていた。

 プルースがメガネをかければ弄りがいがありそうだが、今の時点で刺激をするのは間違いだ。


 とはいえ、プルースのエプロン姿で灰色七三がちらつく状態があるのは違和感しかないのも事実である。


「プルース、ブレイクタイムはボクサーがやる脱力からの一撃と同等の威力があるんだ、しっかりその空っぽの頭に詰め込んでおくんだな」

「なんで僕が怒られているんですか。いい加減、その生ゴミごと掃除しますよ」


 プルースは拳を握り締め、ギチギチと音が鳴らしている。

 額に血管が浮き出始めているプルースを横目に、アルバはカウンターに片手を添えて飛び越えた。ただし、もう片方の手に白い三角布を手に持ちながら。


「ふっ、これでプルースも様になったな」

「なにやってんですか? いやいや、なんですかこれ?」

「今頭に付けたのは……俺の居た地球で言う給食のおばちゃんがよくつけている白三角の、髪が落ちる防止君だ」

「ぜったいに今名前考えましたよね? むしろ長すぎてツッコミを入れる気すら起きませんよ」


 白いエプロンに三角布を頭に身に着けたプルースは、清掃員そのものだろう。

 アルバ仕込みとはいえ、十分に威厳を発揮させたと思っている。

 傍から見れば威厳もくそもない、マヌケそのものなので可哀そうだ。


 おふざけもほどほどに、置いておいた手ごろな四角い石を持ってアルバが掃除しようとした時だった。


「……灰色七三、ついにはパンツを被ったの……引くわぁー。ねぇー、アッちゃん」

「誰が下着を被った変態ですか! 本当にパンツを被るのはセキさんだけですよ、ステラちゃん」

「おっ、ステラおはよう。今から掃除をするんだけど、お前も一緒にするか?」

「うーん、アッちゃんと灰色七三を掃除すればいいのー?」

「素でふざけるな。てか、誰がお前から見て生ゴミだ言ってみろ」

「危険物のセッちゃんに、生ゴミのアッちゃん、くず」

「誰がくずですか! というか、アルバさんにステラちゃん、ちゃんと掃除しましょうよ。そうじゃないと、タイトル詐欺の作品だとか叩かれますよ」


 サブタイトルの回収は正直前半で終わらせたつもりだが、本格的に指導しないといけないようだ。


「アルバさん、一応言っておきますが、一言もサブとはつけてないですからね」

「はっ、いやー、別にー? 俺はサブタイトルを回収しようだなんて一ミリも思っていませんがー?」

「うんうん、おふざけは掃除してからねー」


 ステラが何気にニコニコ笑みで圧をかけてきているので、アルバは再度石を持ち直した。


 ステラの露出が多い短パン風かつ、見えているブイパンツの紐も気になるが、心が汚れる前に構えなければいけないのだ。


 床と見合い、石を視界に重ねた。


「あの、アルバさん、掃除道具くらいは持ってもらえませんか? 石で掃除するのは床がボロボロになりますよ」


 とプルートがため息交じりに言っているが、真面目になったアルバにとっては戯言も当然だ。

 しかしプルースは従業員になってから、アルバの掃除センスを見たことがないからこそ呆れているのだろう。


 実際、プルースはアルバとセキによる掃除の押し付けを受け、家事能力とツッコミだけが頭一つ抜けてしまった悲しき人物なのだから。


 アルバは一つ、息を吐き出した。


(――今!!)


 両手で持った石を床に合わせ、目にも止まらぬ速度で研いだ。

 瞬時に、アルバの額からは汗が飛び散っている。


「ふっ、職人が一つの物を作るのに最大限集中するように、アッちゃんはさっきの一瞬に神経を全て回したのねー」

「なるほど……いや、なるかぁ! 確かに石で床は綺麗になりましたけど、代わりにアルバさんの汗で煌めいちゃってるじゃないですか! 何やってるんですか!」

「はあ……はぁ……プルース、ツッコミは凝縮しろ」


 アルバは額の汗を片手で払い、見下ろしてきていたプルースとステラを見上げた。

 アルバの視界には、愛らしくもステラが映っている。セキにバレれば半殺しにされかねない程、視界が磨かれているのだ。


 アルバが研ぐように掃除した床は、マクロサイズのゴミは愚か、新品そのものにワックスをしたように光輝いている。

 掃除をするのは誰かの為じゃなく、自分の精神を磨くためなのだ。


「アルバさん、ツッコミは色々と省けるように状況を伝えないといけないんですよ?」

「ついに灰色七三がツッコミを放棄したー」


 ツッコミ疲れを起こして疲弊しているプルースをケラケラと笑っているステラを、アルバは真剣に見た。

 伝えたいことは磨いた後に伝えろと、(いにしえ)の中の夢にある古の知人が教えてくれたように。


「ステラ、頼みたいことがある」

「アッちゃん、どしたの?」

「その豊満な山で、俺をそっでずよねぇえあぁあ!?」


 アルバはある意味掃除してもらおうと考えたが、その心は届かなかった。

 言葉を紡いでいた瞬間、ステラが近くに移動し、アルバは顎に強烈な蹴りを食らって店外に吹っ飛ばされたのだ。

 おかげでガラスは崩れるわ、床は煙まみれになるわ、すぐ片づけないといけなくなるわ、ロクなことは無かった。


(プルースの前だと、本気の照れ隠ししやがって……ぐはっ……)


 掃除で自分を磨いても、会話をする言葉を磨くのは忘れないようにしよう。

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