35 食べ物の恨みは恐ろしい
タン、タン、と静かにも低い音が反響している。
そんな音が反響する中、アルバは今、国連特別組織のアモウと一緒に自室の床の下に隠れていた。
「おいぃいい!! なんで俺がおめぇと一緒に隠れてんだ!」
「ジャム男、声は抑えろ! 仕方ねぇだろ……まさかあんなことになるなんてよ」
アルバはアモウの口を嫌々手で塞ぎ、少し前のことを思い出した。
そう、あれは本当に些細な出来事だった。
魔王城前線が終わった数日後、テルミナの条約等の見直しで諸々を巻き込んだのもあり、国連特別組織のラデクとアモウ、ジンの三人をアドーレ店に招待していたのだ。
セキ発端のお疲れさんパーティーは、この時はただ賑やかなだけで、本当に平和に終わる予定だった。
二次会と称して、家でパーティーの続きをしていた時、セキがやってしまったのだ。
「ひゃぁあああ! このプリンうめぇえええ!」
「セキさん、そのプリンどこで見つけたんですか?」
「……プルースのじゃないのか?」
「僕は買いませんし、基本的に食べませんよ」
「プルースとセキが知らないってなると、国連のお前らは知ってるか?」
「俺は生憎、手持無沙汰で来てしまってな」
「アルバの兄さん、俺とアモウさんは知りませんぜ。そもそもこの人、年中ジャムしか飲んで食べませんし」
「ああ、なにてめぇが答えてんだ、ジン」
「……この三人が知らない、ってことは……!?」
嫌な予感は的中した。
テーブルはパキッとヒビが生え、ミシミシと音を立てている。
その音の先には、ステラが黙ってテーブルの縁を鷲掴みにしていた。
「うちの、プリン。……変態どもには、お灸を据える必要があるみたいだね」
「まずい、逃げ――って、セキさんだけ逃げるの早すぎだろ!?」
「うちの隊長がおめぇの店長に連れてかれてんだが!」
「こりゃあ、不味いですぜ。とりあえず、ジャモウさんとアルバの兄さん、俺と七三でわかれましょう」
「誰がジャモウだ!」
「七三が本体じゃないですから!」
「プルース、ステラから見つからないように隠れろ!」
という話で、ステラから逃げるべくして、身を隠す羽目になったのだ。
あの時点でセキを確保できればよかったのだが、セキが逃げたせいで――三次会ならぬ、大惨事大戦の幕が開けてしまった。
「で、どうするんだ、この状況?」
時は現在に至り、ステラが全ての部屋を巡回しているのもあり、逃げ道はないも同然だ。
声は抑えているが、足音、物音の一つでも立ててしまえば、ステラの標的になるのは時間の問題だろう。
床下に隠れているとはいえ、いつまで持つのか不明なのだから。
「仕方ねぇ、最終手段だ」
「なんだその画面は?」
「ステラが相手だ、とやかく言っていられないだろ」
目の前に出したのは、アドーレ店の古くから伝わる電脳を再構築したメッセージウインドウだ。
家内で連絡を取り合えなくなったのを前提にしていたのだが、使うことが数百年ほど無かったので放置していたのである。
「ステラが怒った原因は知ってるよな」
「おめぇの所のあの人が、吸血鬼のプリンを食ったからだろ」
「ああ。だからこそ、プリンを作るぞ」
「……何言ってんだてめぇ!」
アモウは理解できなかったようで、すぐさま首元を掴んできた。
もう片方の手でがっつりと剣先を向けてくるので、地獄に行くならひとりで行け、とでも言いたいのだろう。
「その矛先を抑えて、まずはこれを見てくれ」
「なんだこれは?」
「今、俺とジャム男、セキさんと堅物、プルースとジンで分かれてるだろ。だからな、プリン作戦を実行するために合図を送ったんだ」
「俺は何も聞いてねぇぞ、てめぇ!」
アモウがまたもや掴みかかってきた時、開いていたメッセージウインドウは閉じ、代わりに頭上にウインドウが現れた。
ぴこん――灰色七三がジンを仲間に加えて賛成しました。
おっぱ――変態が堅物に剣を向けられ、プリンを作る事に賛成しました。
「おい、なんだこれは! てか、あの七三がなんで納得してんだゴラァ! あいつはツッコミ役だよな、おい!」
「たとえ離れていても、これで誰かがアクションを起こせばわかるようになったな」
「あー、そっすか。もういい、つまり俺がジャムを吸ったらアクションとして起こされるんだな」
ぴこん――ジャム男は黙ってくだせぇ、とジンが送ってきました。
「ふざけんな! なんでこっちの行動は筒抜けなんだよ!」
「オープンザプライスならぬ、オープンザアクションだ」
「そんなことやってたら、あの吸血鬼にもバレるだろ」
「ステラは機械に疎いんだ。ほら、男はちょっとエッチなもんを見たいから、機械に詳しくなっちまうけどよ」
「知らねぇよそんな事情!」
アモウが納得していないが、各自賛成にはなったので、ステラを抑えるべく作戦は実行に移されるのだ。
ステラの位置情報を共有されたが、現在はセキの部屋を壊しているらしい。
つまり動けるのは、一番部屋的にも遠いプルースとジンのペアとなる。
ぴこん――灰色七三が卵を手に入れました。
プルースは暗殺術に長けているので、容易にキッチンの方へと行けたらしい。
ぴこん――ジンがステラと戦闘に入った。
ぴこん――灰色七三はツッコミを入れたが、一人で虚しさを感じている。
「なんでジンの奴は、あの吸血鬼に挑んでんだ! 隠密の話はどこに行った!?」
「プルース、ツッコミはしてたんだな」
「気にするところそこじゃねぇだろ! 俺らもジンを助けに行くぞ!」
とアモウが言った時だった。
アモウの頭上にメッセージウインドウが現れ、音が鳴った。
おっぱ――あの吸血鬼には借りがある、俺が引き受けよう。堅物がステラに接敵し、戦闘に入りました。
「隊長!? 何やってんだ!」
「ジャム男、次はセキさんが行動するから、それに合わせて俺らも移動するぞ」
おっぱ――セキがステラの部屋に侵入しました。この拡散メッセージにより、ステラが二人を吹き飛ばし、セキの追跡を始めた。
(あの人なにやってんだ!?)
アルバは流石に驚くしかなかった。
セキにはプリンの容器を回収してもらう算段だったのだが、これでは計画が破綻している。
無論、セキを助けに行くつもりは無いが、ステラからセキが逃げてしまえばまた振り出しになるようなものだ。
卵。プルースが回収してくれたのはいいが、冷却から解き放たれたのもあり、傷んでしまう前に行動する必要があるのだから。
ふと気づけば、アモウが隣で剣を構えていた。
「アルバ。おめぇはあの吸血鬼のためにプリンを作れ。その時間くらい、俺らが足止めをしてやる」
「ジャム男……任せたぞ」
アモウにその場を任せて、アルバは暗い床下を辿ってキッチンへと向かった。
キッチンへと向かえば、プルースの姿はおらず、音も立てずにかき混ぜられたであろう卵の元がある。
牛乳もちゃっかり混ぜてくれたようなので、後は固めるための材料を混ぜて固めるだけだろう。
無論、アドーレ店のプリンは地球の物とは違い、力と力のぶつかり合いで作るような物質だ。とはいえ、味がプリンであればプリンと言っても過言ではないだろう。
プリンへの冒涜と思われそうだが、異世界に現実味を求めないでいただきたい。
名前さえ付ければ、それは立派なプリンなのだから。
「よし、この材料を。な、嘘だろ」
アルバは目を疑った。
にゃぁ――ジャム男がステラに接敵する前に負けました。
ぴこん――ジンがジャム男を討伐しました。
おっぱ――堅物はジンの処理に頭を悩ませている。
(何やってんだよ、あいつらぁああ!?)
急な味方の奇襲に、アモウという人材を失ってしまったのだ。
今思えば、ジンは元からアモウを狙っていたので、たまたま都合が重なってしまったのだろう。
ふと気づけば、ミシ、ミシッ、ミシマ、と床を踏み抜く音が近づいてきている。
おそらくセキはステラの部屋に行ったはいいが、ステラの足止めを出来なかったのだろう。
アルバがもう一つの材料を探していると、真上から粉の入った袋を投げつけられた。
「アルバさん、これを使ってください!」
「プルース、居たのか! よし、これで勝てる!」
プルースから貰った粉は、紛れもなく探していたものだ。
プルースが廊下からやってくるステラを見張ってくれている間に、アルバは手際よくプリンの容器に材料を入れた。
そして混ぜようとした、その時だ。
おっぱ――ステラが速度を上げた。恐らく、脱出を防ぐためのホラーあるあるだ。
「あの人はなんで別のゲームとかの話を持ち出してくるんですか!」
「四の五の言うな、プルース」
力強く容器を振って冷やしていた時、プルースが横をかすめるように飛んだ。
すでにステラが、すぐそばまで来ていた。
片手には国連特別組織の三人を縄で縛って引っ張り、もう片方の手にはセキが首根っこをぎゅっと掴まれて床に引きずられている。
もはやラスボスさながらの風貌を持ち合わせるステラに、アルバは完成したプリンを差し出した。
みんなが繋いでくれたこの時間は、無駄ではなかったのだ。
「ステラ、今は怒りを鎮めて、このプリンを食べてくれないか」
ただただ赤いその瞳は、暗闇の中で光っている。
差し出したプリンは震えており、お皿の上で踊っているようだ。
ピンクの左ワンサイドアップの髪はふわりと揺れ、アルバの手からお皿は離れている。
「アッちゃんの……手作り。いただきます」
ステラは置いた人形には目もくれず、スプーンで揺れるプリンを優しく掬った。
そのはずみで自身の胸も揺れているのだが、アルバは口を慎んでおく。
「おいしーいー」
ふわりと笑みを浮かべるステラは、言葉と同様に満足してくれたのだろう。
ホッと一息つこうとした時、ステラはアルバに急接近している。もちろん、プリンが載ったお皿を揺らさずに。
「……なんだ、食べればいいだろ」
「アッちゃんが食べさせてー」
「自分で食べればいいだ、ろ……」
「それじゃあ、仕方ないねー。このゴミと同じように、一回は一回だよねー?」
「はい、喜んで食べさせて差し上げます! いえ、させてください!」
アルバはステラの手からお皿とスプーンを取り、プリンを掬った。
そしてゆっくりと、ステラにあーんをさせるのだ。
ステラのお仕置きを食らうくらいなら、アルバからすれば羞恥心はあっても安いものである。
食べ物の恨みは恐ろしい、とこの空間に居るステラ以外は重々理解したのだった。




