32 誰かの幸せを望むとき、それはきっと誰かの不幸になる
「とても恐ろしい力を持っているのね。あの方が恐れるのも無理ないわね」
「……誰だ」
「アルバさん、この人、明らかに僕より強いですよ」
プルースは後ずさり、警戒している。
警戒する姿勢の深さを見るに、相手とプルースの力量差は測りづらい。恐らく、都合の悪い相手、と言った方が理解しやすいだろう。
ふとアルバは、嫌な予感を口にした。
「お前が、ステラを罠にハメたやつか」
「ハメたとは失礼ね。そうね、敢えて云うなら、ちょっと遊んであげただけよ」
彼女がそう言った瞬間、どこからともなく、一つの影が放り込まれた。
アルバは瞬時に体を動かし、勢いを殺しながら受け止めて着地した。
腕に収まったのは紛れもなく、ステラだ。
ステラはあろうことか、服がボロボロになるまで溶かされているが、身体的な傷はあまり見当たらない。
ステラの静脈が止まっていないのを見るに、気を失っているだけだろう。微かに聞こえる呼吸が教えてくれるのだ。
家族を傷つけたのは彼女だ。
アルバはただ静かに、彼女を睨みつける。
「……ステラちゃん」
「プルース、ステラに俺のコートを着せてやってくれ。そして、離れろ」
「は、はい」
彼女にプルースの足止めをする隙を与えず、アルバはプルースを守るように物体を盾へと変えていた。
プルースが距離を取って、ステラに渡したコートを着せたのを見終えてから、アルバはもう一度視線を彼女に向ける。
「お前、もう一度聞く。誰だ」
「そうね。私は魔族の一人にして、魔王直属の参報、ディサ。あなたのお友達をいたぶってあげた愛しい名前よ」
「そうか、お前が家族を傷つけたんだな」
彼女は、ロングの金髪をし、胸がでかくて露出の高い服装をしている。
明らかに他の魔族と違うのは目に見えていたが、参報ともなれば話は別だろう。
こちらを睨みつける茶目に、手に持った鞭と剣は、恐らくステラにとっては相性が悪かったものだと理解出来る。
家族の犠牲あって理解出来るものほど、辛いものは無いのだ。
「なら――家族を傷つけたこと、その身を持って償ってもらおうかぁああ!!」
アルバは瞬時に手を振り上げる。
構えていた無数の剣を分裂させ、相手に降り注がせる。
「降り注げ、ネオジムソニック」
相手は地上戦の魔族。常識を無視して宙に浮けるこちらからすれば、逃げ場を無くせる相手だ。
「あらあら、ムキになっちゃうのね」
「お前と遊んでやる気はないだけだ」
その言葉を切り裂くように、バチバチと電気を帯びた空気が空間に走った。
ディサが鞭を振りぬいた瞬間、空間は揺れたのだ。
おそらく、ステラがやられた原因の一つ、彼女の持つ魔法だろう。
アルバは距離を取りつつも、浮かばせた剣の形を速やかに変える。
「私は遊んであげてもいいのよ。あの小娘の魔族みたいにね」
「……ステラを、お前ら魔族と同じにするな。逃げ道を無くせ、ネオジムソル」
躱す隙を与えない、剣と槍に姿形を変えた物質が無数に降り注ぐ。
ネオジムソル。その攻撃はまるで、見える視界を焼き払う、全てを照らす太陽だ。
「光すら痺れさせてあげるわよ」
「麻痺使い、いや、電撃の使い手か」
「そうね、私の魔法は相手を痺れさせることに特化しているの。私ととても相性のいい魔法、そしてそれを活かすためにある鞭……最高よね」
まるで理性の無いような笑みを浮かべるディサは、狂人に近いだろう。否、飢えた欲求の塊の方が正確だろうか。
鞭の一振りで周りに電気の檻を作り、剣の雨を防いでいる。
アルバはその隙を見て、予備動作無く距離を詰めた。
距離は零、完全なる間合いだ。
「そうか、なら、俺との相性は最悪だな」
「ふふ、そう来ると思ったわ」
「アルバさん、上です!!」
プルースの叫びが聞こえた刹那、頭上に影が迫る。
鞭ばかりに気を取られていて気づかなかったが、ディサの持つ剣は伸縮自在のタイプだったらしい。
顔面に剣が振り落される瞬間、アルバは辛うじて手を間に入れた。
真剣白刃取り。とはいえ、片手にはじりじりと剣の刃がめり込み、体液を溢れさせてくる。
「あら、これを受け止めちゃったのね。電気の痛みを味わうといいわ、癖になるわよ」
「これが、お前の電気か……」
拮抗する押し合いの中、ディサは剣を通して電気の魔法を流してきている。
傷跡は瞬時に焼かれ、受け止めた剣によって切られ、焼かれて塞ぐを繰り返し、絶え間ない痛みの雨を浴びせてくるようだ。
手の感覚が無くなる。
それでもアルバにとって、そんな痛みは、家族を傷つけられた痛みに比べれば安いものだ。
体内の血液が沸騰するように苦しみだしても、ただ一つの覚悟を破裂させることも、切り裂くこともできない。
「まさか、これを使わせてくるとはな」
ディサを睨んだ時、アルバの瞳に白い光が宿る。
「星型の、瞳孔? 押されてる状況を理解できないのかしら。そんな子どもだ――」
「お前の技、新入りとしての技は見飽きた。それに、お前の技は痛みしかないから、つまらん」
アルバが手に力を込めた瞬間、瞬く間もなくディサの剣にはヒビが生え、大きな音を立てて砕け散った。
アルバは押し返すように立ち上がり、ただディサを睨みつける。
瞳に宿るは光、覚悟の表れだ。
「お店を何度壊されようが、仕入れの邪魔をされようが、それは全て許そう」
「な、何を偉そうに!」
鞭は空を切った。
空を切ったのも束の間、アルバは鞭を素手で受け止め、そのまま離れたディサを零距離まで引き寄せた。
「家族を傷つけた、その自我に答えてやろう。よかったな、テルミナで」
「なっ、あ、がっ……」
「ステラの居場所を守るのが――俺自身の役目だ」
白い閃光がディサの体を突き抜けた。
アルバの突き出した拳は彼女を傷つけず、ただ全ての細胞を麻痺させたのだ。
ディサは泡を吹き、白目を剥いて地に倒れた。
勝負とは、戦闘とは実にあっけないものだ。
本当にアルバに殺意があれば、ディサは出会ったあの時、ただでは済んでいなかっただろう。
「アルバさん!」
「おっ、プルース、無事か?」
「アルバさん、その瞳?」
「……話は後だ。ステラの応急処置をするぞ」
「はい」
ディサを捕えてから、アルバたちは気を失ったままのステラの傷を癒すのだった。