03 看板娘はゴリラか美少女か吸血鬼が多い
閑古鳥が鳴く程に人の来ない店内は、とても爽やかでいい天気だろう。
アルバは紙を取り、ペンを持った。
そして文字を書こうとした、その時だった。
「アルバさん、大変ですよ!」
「どうしたプルース? もしかしてあれか、部屋に隠していた鬼族のエチエチな本がバレて、思春期さながらセキさんに誤魔化して喧嘩でも売ったか?」
「なんで隠してることを知ってるんですか! いや、そうじゃなくて――」
「どうし――」
アルバは初めて、この地を踏みしめる生きる感触を理解した。
自分の周りが黒い背景で塗りつぶされるように、たった一人、プルースの頭を鷲掴みにした彼女を注目したからだ。
「なになにー、あのストーカーだけじゃなくて、灰色七三もついには手を出したのー?」
「おっ、ステラ、帰って来てたんだな」
「ステラちゃん、頭、大根おろしになっちゃうからぁあ」
プルースを灰色七三と呼んでいる彼女はステラ。
このお店で唯一の看板娘と名高い、身内の知る限りでは夢見る脳きん少女だ。
左ワンサイドアップのピンク髪が特徴的で、ピンク髪が見える頃には頭を鷲掴みにされていることが、プルースの場合は多々ある。
そして赤色の瞳。ステラが吸血鬼の力を宿した吸血鬼族の末裔である証拠。
ステラが帰ってきた以上、魔王を屈服させたか、契約の安定をさせたはずだ。
テルミナに来るたびに屈服させられる魔王が可哀そうだが、セキに毎度国を壊されかける国王に比べたら安全なのだろう。
ふと気づけば、プルースはステラに鷲掴みにされてぶんぶん振り回されているので、良い扇風機の役目を果たしている。
「ステラ、埃が舞うからやめてくれよ? これでも一応商売してんだ」
「別に売れたところで無給だし、問題はないでしょー」
「そこらへんで狩りして、鍋してるお前と一緒にするな。てか、鍋はわけあえよ」
「ほー、鍋は戦争だと教わっているよねー?」
「ちょっ、アルバさんにステラちゃん、またお店壊れるからやめてくださいよ!」
どうしてこうも話が合わないのだろうか、というのがアルバの見解だ。
ステラは確かに、帰ってくればステラ目安で来るお客さん、約一名を除いても、看板娘にふさわしい美少女だろう。
ましてや人間であるアルバよりも、ステラは吸血鬼の力で完璧な防衛も出来る。
踏みしめる床が、ミシミシと音を立てて泣き始めた。
「ステラ、今はお前のストーカーこと、汚点頂であるセキさんはいない」
時折出ている店長のセキも、何かと変わり者なのでステラとは良い意味で相性が悪い。一歩的な干渉に近く、大概セキが紐無しパンジーをしているようなものだが。
「あの汚物を上品な呼び方するって優しいねー。地面やら空やら、ましてやお風呂の中に覗き込んで写真を撮ってくる変態は後で成仏させるからー」
「アルバさんとステラちゃんの戦いなのに、なんでセキさんが飛び火を食らっているんですか!? あの人は今関係ないでしょう!」
セキが飛び火を食らうのは日頃の行いなので、アルバとステラからすれば些細な日常そのものだ。
むしろセキを引き金に出す方が、お店への被害は少ないので比較的安全だろう。
ステラはこちらを蔑むように見てきては、明らかに看板娘の裏の顔とも言える雰囲気を露わにしている。
お店で暴れれば、現在は営業中なので始末書案件はアルバが被ることになってしまう。だからこそ、アルバは見合う距離こそが自身の土俵だと思っている。
「魔王を屈服させて発情してやがりますか? こっちは腰振ってる暇はないのでお引き取り願おうか」
「へー、いつも客を財布にしてあの変態に没収されてるから、ついには脳のネジまで外れたのー? 物理的に締めてあげよっかー」
「へっ、たかがそのデカいもの抱え――ぐべぇぁああ!?」
瞬時、ステラの裏拳がアルバの顔面にめり込んだ。
体が宙に舞えば、ガラスが激しい音を立てて崩れ落ちた。
毎度のことながら視界が赤に染まりそうな火力は、ステラがゴリラ並みの吸血鬼で看板娘の美少女を意味しすぎているだろう。
「何してるんですかステラちゃん!?」
「うーん? ちょっと周りに自然が少ないから、肥料を埋めようと思ってー」
「いやいや、肥料を埋めるなら、アルバさんからひねり出さないと駄目でしょう!」
「ふざけんなてめぇ! なんで人を地の養分にするの前提で話してんだ!」
アルバは追い出された外から戻ってくるついでに「いってぇな」と言葉を一つこぼし、煙が舞った店内に戻った。
「俺が常人だったら、さっきのでステラは殺人犯だぞ」
「テルミナにそんな法律はないよー。むしろ、この世界の養分になれる事を喜べば?」
「お前らいい加減にしろよ! なんでいつもいつもお店を破壊するんですか!」
プルースはいつの間にかガラスを直しにかかっていたようで、ザ仕事人の風貌を垣間見せている。
実際、プルースがお店を直すのは日常茶飯事……食事以外の家事から掃除、雑多業務は全て押し付けられているので、使い古されたボロ雑巾だろう。
「二人とも直さないんだから、ちょっとくらいは加減してくださいよ……」
「プルースの役目だ。後、もうちょい柔軟にしといてくれ。肩に刺さった破片で噴水が出来上がっちまうからな」
コメディ並みの耐久力、頑丈性が無ければこの世界では生きていけないのだ。
この世界というよりも、プルース含め、ステラやセキ、このお店の従業員と対等に渡り合うには折れない心が必須科目となっている。
落ちたガラスの破片は、久しく集まった三人を光の粒で輝かせていた。
「はあ、うんじゃあステラ。これからは看板娘としてよろ――」
「じゃあ、うちは家で休んでるー、よろしくねー」
「おい、働けこの悪魔!」
「アルバさん、とりあえず、お店直しましょう」
「……そうだな」
何度お店……主にガラスが壊れるかは不明だが、賑やかな日常はゆっくりと戻ってきているらしい。