27 温泉の壁の向こう側に夢を抱く同士は存在する
視界に立ち昇る白い湯気。
石の枠に囲まれながら張られるお湯。
石の壁一枚で一応、混合しないようにされている浴場。
そんな男湯とも言える秘湯に、浪漫を求める者は地に立っているのだ。
「あの、アルバさん、なに変な回想を挟んでるんですか?」
「プルース、時に男は黄昏たい生き物なんだ」
「僕も男ではあるんですが、人じゃないから分からないですね。というか、絶対に温泉で言う事じゃないですよ」
こんな閉じ込められたような空間ではあるが、自然の水を利用した温泉だ。
銭湯と温泉を一緒にしている人もよくいるが、生活水か自然水かの違いで種類分けされている。
アルバはプルースと一緒に、タオルを腰に巻いてやってきていた。
温泉に誘ったのは汚点頂ことセキであり、王国側が騒ぎを起こしたのもあって、そのお詫びとして無理やり借りたのを機に労うつもりとか。
そんな誘ったセキは絶賛目の前で、挟んだ向かい側に居るであろう人物を妄想するように壁に耳をくっつけている。
「ふふふふふふふふふ。流れる――弾ける――水の音は心のいやしだぁああああ!?」
「何やってんですかあんたは!」
「わーお。プルース、男のロマンにも容赦はないな」
セキは毎度のことながら、女湯の方を一人で独占しているステラをストーカーしていたようで、ニヤニヤしているところをプルースから壁にぶつけられていた。
頭を鷲掴みにするのは、アドーレ店名物である逃がさない覚悟の導きだろう。
セキはぽろぽろと壁屑をこぼしながら、アルバたちの方を向いた。
「アルバ、セキ、考えてみろよぉおお!!」
「声がでかいんですがー、この生ゴミ」
「アルバさんも口悪いですよね。ステラちゃんなみに」
現在、プルースはツッコミ放棄レベルでオフである。
店外であるからこそ、自然体となっているのだろう。
「あのステラの柔肌を狙う不審者や犯罪者は絶対に居るんだぞ! だからこそ俺が耳を近付けて、零距離でステラの肌から連なるおっぱいや太もも、肩に腕を守るのが、今の俺の使命だ!」
「安心しろ」
「アルバ、おま――ぐっはぁあああ……」
「お前が十分不審者だよ!!」
アルバは前に出て、少ししゃがんでから、拳を上に振り上げた。
龍極砕撃がここで出てしまうのは、運命だ。
追撃で肘内を腹に決めたのもあり、セキは悶えるように膝をついていた。
「セキさん、あんたさ――」
「アルバさん、やっとセキさんを怒って……」
「なんで覗くための穴を開けないんだ! 穴を開ければ確かにステラには勘づかれるリスクは高いけど、それをしないでどうやって守るんだ! ここでぇ!」
「怒るところそこじゃないだろ! なに息を吸うように更なる犯罪を助長してるんですかあんたは!?」
プルースは驚きのあまり声を荒げていた。
声を荒げられようと、ここに犯罪となる根拠はない。
なぜならテルミナは、犯罪をしても強ければ無法地帯に出来るからだ。
とはいえ、テルミナ自体ある制約さえを守れば問題ないので、ストーカーの一つや二つは許容範囲である。無論、セキは本人に咎められているので覚悟が決まった上だ。
ふと気づけば、セキはプルースの肩に手を置いていた。
腰に巻かれたタオル姿、男二人の距離。
何も起こるはずはなく……。
「アルバ、起こるわけないからな?」
「人の思考を勝手に読むな変態」
「仕方ねぇ。覗くための更なる手段を伝授してやろう」
そういうとセキは、手始めに壁をノックした。
もちろん、聞こえてくるのは水の音だけだ。
しかし、いくつかノックした時、微かだが音に変化はある。
「ふん。ここだな」
「あの、アルバさん? あの人はなんで温泉に浸からず、壁に指で穴をほっそく開けてるんですか?」
「そういう趣味なんだろ」
「そんな趣味があってたまるか!」
確かにこの浴場の壁は覗くにしては厚めだ。
しかし三人寄れば文殊の知恵というように、薄い壁を見つけ、セキの指はウィークポイントを貫いている。
セキがその穴から覗き込もうとした、その時だった。
「どぅるっしゃいあやぁあああ!?」
「ええええ!? セキさんが空けた小さな穴から、水が槍のように飛んできた!? そしてセキさんを壁に縫い付けて……体に『許さない』って赤く書いてありますね……」
「正確なコントロール……ステラの奴、随分と自然物体の力量を上げたな」
「感心してる場合ですか!」
「プルース……そうだよな」
「そうですよ。セキさんがやってしまった以上、ステラちゃんに――」
「次は俺の番だよな!」
「……はあ?」
セキが物理的に体を張ったのに、続かない理由はあるだろうか。続かないと言ってしまえば、セキの頑張りを無に帰す行為だ。
だからこそアルバは、一歩を踏み出し、石の壁を前にした。
確かにここは温泉で、ましてや男湯で、浪漫の一つもないただの無厚い空間だ。
だがこの石の壁を挟んだ先に、ステラという大秘宝が眠っている。
秘宝を求めずして、浪漫とは何を指す。
「忘れたか、プルース……俺には秘策がある」
「……一応聞きますが、なんですか?」
「地の文をめり込ませる! これに限るだろ!」
「メタすぎんのもいい加減にしろよ!」
プルースの制止も振り切り、セキが空けた小さな穴から離れつつ、顔を壁に近づける。
アルバの鼓動は速まるように、それでいてゆっくりだ。
覗き込むため、心を、気持ちを壁の外へとずらした。
なんということでしょう……男湯と女湯の境になれば、一つの線引きを境に、女湯の方に一つの人影ありき。
ぼんやりと滲む、室内に滞る白い湯気。
湯気のハイビームに負けないほどのシルエット、豊満な大きさの山に、ピンクの髪は、ステラだと伝えている。
地の文は更に処理を明確化する為に、アマゾンの奥地へと近づいた、その時だった。
「ありゃ、おかしいな。視界がくらくらするぜ」
「あの、アルバさん、壁から手がやってきてるんですが……」
「ああー、この手はステラの――ステラの!?」
「アッちゃん、この壁の向こう側に居るんだーねー」
「ちょっ、まいおんりぃいいい!?」
「アルバさぁぁああん!?」
アルバは壁を貫く勢いで、力強くステラに腕を掴まれたまま壁の奥へと引き込まれた。
無論、その際に目覚めたセキから殺意を向けられたのは云うまでもなく。
(……意識、が……)
温泉でふざけすぎたツケだろう。
意識はどうもがこうとも、ロウソクに息を吹いた。
数秒、数分、どれくらいの時が過ぎたのか理解できない。
重い瞼は、ただただ暗闇を、孤独を伝えてくる。
ダレが教えた、誰のタメの今なのか、その答えを求めるように。
手を伸ばそうと、光を求めようと、重たいカーテンをゆっくりと持ち上げる。
まだ視界がぼんやりとする中、確かな山の影が視界を覆っている。
アルバはただ、心地よかった。
「アッちゃん、起きたー?」
「……ステラ」
「えへへ。今ねー、アッちゃんを独り占めしてるんだよ。いいでしょー」
「それはすなわち、俺もステラを独り占めしてるってことだが?」
「そうだね。アッちゃんは限度のある行動をしてくれるから、うちは別にいいんだよー」
ステラにそう言われた時、アルバの視界は鮮明に形作られていく。
白い湯気が立ち昇る中、タオルを体に巻いたステラの姿を強調し始めたのだ。
吸血鬼族の末裔でありながらも、元は人として生まれたステラの持つ、女の子らしい体型を。
上を見上げるような形でアルバが横になっているのもあり、その胸の山という山は、血液を循環させるには十二分の栄養分だ。
タオルに隠れているとはいえ、大きさと素晴らしいふくらみそのものを隠せるはずもなく。
「アッちゃん、見すぎだよー。でも、セッちゃんと灰色七三はここに入れないし、声も聞こえ無くしてあるから、へーきだよー」
「……ステラ、俺の前だと無邪気だな」
「アッちゃんの前だからね。それとも、うちを食べてみる……?」
「丁重にお断りする。今はそこまで戯れていられるような状況じゃない」
「あのエネルギーがそろそろ?」
「そんなところだ」
ステラの言うあのエネルギー。それは、未知のエネルギー……すなわち、アドーレ店をこのテルミナに移動した目的を意味している。
未知のエネルギーの回収は使命であり、テルミナにまた来るキッカケの一つだろう。
「というかステラ。随分とデカくなったな」
「アッちゃんは驚くほどにエロくなったねー」
「男はエロい方がちょうどいいんだよ」
「うーん、セッちゃんは自重してほしいけどねー?」
アルバはただ頷いた。
ちょっと頷くだけでも、ステラに膝枕をされているのもあって、頭は確かな柔らかさを知っている。
「……アッちゃん、無理してない? 人を笑わせたり、楽しませたりするの、自発的に考えるのは苦手だよね?」
「無理はしてない。俺は無理に笑わせたり、楽しませたりする気は無いし、俺の行動そのもので勝手に日常に花咲くからな」
「もー。このこのー」
「おいおい、その大きな胸を押し付けすぎだ」
アルバ自身、確かにステラにエッチなことをしようとしたことは何度もある。
だけど、ステラからの押し売りは正直苦手意識があるのだ。
名前の無い感情に対して、自分から進んで受け取れない、そんな曖昧な……不確かな覚悟。
ふと気づけば、ステラは軽くこちらの手を握り、小さな小さな、あの日初めて見た柔らかな笑みを浮かべている。
セキやプルースの前では見る事のない、水に落ちる水滴のような優しい笑顔。確かにそこに存在している、ステラの笑顔を。
笑顔を持っているのに、ちょっと力が強いから恐れられてしまう彼女はもったいないだろう。とはいえ、家族が嫌うことがなければ、寧ろどんなステラでも受け入れている。
「お湯、いっしょにはいろー」
「ああ」
湯船の方へと一緒に歩んだ。
タオルを近場に置き、お互いに素肌のまま湯に浸かる。
セキやプルースは知らないが、アルバは何かとステラとの距離は近いのだ。
距離が近いだけで言えば、セキも知っているだろう。ただ単に、セキの変態ストーカーが上回って殺意の矢が飛んできているだけで。
ステラの白い肌から、そっと水滴が跳ねた。
音に反応して見ると、ステラは女湯の方だけに設置されている、天井ガラスを見上げている。
地球のような月明かりの差す時間は無いのに、ただ暗い空なのに、どこか明るい温かさのある暗い空を。
そんなステラの様子を見ると同時に、アルバはステラの胸を見て鼻の下を伸ばした。
ステラが隠そうとしないのは、そういう距離だから。無論、セキの場合は躊躇なく記憶を消されている。
「ねえ、アッちゃん、もしうちが危ない目にあってたら、アッちゃんは助けてくれる?」
ステラはアルバを見ていた。
赤い瞳には、確かにアルバの姿が鮮明に反射している。
「忘れたか? ――俺は家族を守る……ただそれだけだ」
「流石アッちゃん」
「ステラ、そんな抱きつくなら揉むぞ?」
「ちょっとくらいならいいよー? 大丈夫、セッちゃんが入り込もうとしても、うちがちゃんと命を持って仕留めるから」
「あの頃から、変わらないな」
「そうだね」
温泉、お風呂……それは体を洗い、心を打ち明ける場所でもあるのかもしれない。
温泉が貸し切りなのを良い事に、アルバはただ、ステラと寄り添って時間を堪能した。
無論、この後に合流したセキとステラを賭けた戦争をしたのは、語るまでもないだろう。
おまけ
アルバがステラに連行された、取り残されし男湯にて。
「俺の、俺の、俺のステラがアルバをぉおお!!」
「うるさいですよ、セキさん。そんなところにいないで、温泉に浸かったらどうですか?」
「この状況で浸かれると思ってるのかお前は!」
現在セキは、ステラが邪魔されないようにと隔離した、物質化した水の矢で壁に括りつけられていた。
セキは諦めたのか、水の矢を体ごと外し、クルリと回って地に着地している。
「俺のステラぁああ!!」
「あんたのじゃないだろ! あ、セキさん、今その壁に突っ込まない方が……だからいったじゃないですか……」
セキはステラをアルバから取り返すために壁に突っ込んだのだが、ステラが防衛用に空気と水を混ぜていたのもあって、見えない壁にセキはぶつかっていた。
パラパラと崩れ落ちるセキを見て、プルースはため息を一つ吐いている。
「セキさん、ステラちゃんには不思議と猪ですよね」
「誰が魔物だゴラァああ!?」
「骨だけは拾うので、好きにしてくださいよ」
ステラの防壁を突破しようとするセキに、その努力を他で使ってほしいと思うプルースだった。




