17 前を向いても、後ろを向くな
この日、アルバたちは魔王の城内を駆けていた。
後ろから響く爆音に、前から現れる迎撃システムは、手荒にも歓迎してくれているのだろう。
「おいいいぃい!! 歓迎されてないですよね!? アルバさん、なんで僕たちは今、走ってるんですか!」
「死に急ぐために決まってんだろ、常識的に考えて」
「生きるために走ってるんですよね!? それより、ステラちゃんは無事なんですか?」
「前を向け、後ろは振り向くな」
ふざけるな、と言いたそうなプルースを無視して、アルバは前を向いて走っていた。
現在いる場所は、紛れもなく魔王の寝床と言ってもいい、魔王城だ。
魔王城は大きな山をくりぬいた位置に滞在している。そのため、城内の爆音はまず、テルミナの王国に響くことは無いだろう。
アルバからすれば、これだけ騒ぎが大きいにも関わらず、種族が一人もいない現状に違和感を隠せていない。とはいっても、後ろから付いてきているステラを思えば、全てを紐づけることも出来る。
「一応聞きますが、どうしてですか?」
「……後ろから鬼が迎撃システムを持って来てるからだ」
「なんで味方が敵になってるんですか!? どう考えてもステラちゃんは味方ですよね??」
「ふん、味方は時によって良き訓練相手だ。体に刻んでおけ」
「生きて帰れる気がしないんですが!?」
プルースの恐怖に溺れる声は掻き消え、後ろからのほほんとした笑みを漏らして追ってくるステラは、小さな爆発、降り注ぐ全ての瓦礫を投げてきた。
魔王の居る中央に着くころには、時すでに遅いと言わんばかりに、アルバとプルースはボロボロになっていた。
主にステラが投げてきた、迎撃システムのせいではある。
人を燃えるゴミに変えるのは良いが、生きる保証くらいはあってもいいだろう。
開けた中央で、アルバが刺さった瓦礫を払っている時だった。
「よく来たな。脳きん吸血鬼と、アルバたちよ」
「って、アルバさんが貫かれたぁあ!?」
「おいおい、ここは手荒な歓迎が一つ増えたなー」
前方から飛んできた槍は、見事にアルバの体を貫いていた。
人間七並べが趣味なだけあって、人という存在を射抜くのは容易なのだろう。
「やー、エテル、遊びに来たよー」
「脳きん吸血鬼、今は全員を避難させた……壊さないでくれ……」
そう言って置かれた椅子の後ろから姿を見せたのは、子どものような若い姿をした魔王エテルだ。
黒髪に黒い瞳、両肩からなびく黒いマント……それは彼を、テルミナに置いて誰よりも、魔王と印象付ける姿だろう。
その時、プルースがこっそりと近づいてきていた。
「あの、アルバさん、あの人本当に魔王なんですか?」
「ああ。子どものように見えるだろ? でも本当は、国王のサティと同じく、賢者と呼ばれる一人だ」
「なるほどー。って、なんで賢者が魔王に闇落ち――」
「ばか、騒ぎすぎだ!?」
注意する間もなく、プルースの周りを囲うように無数の剣が降りそそいだ。
プルースを上から型抜きするような精密さ、完全にエテルは遊んでいる。
この子どものような容姿から勘違いしがちだが、圧倒的な剣と魔法センスは国王のサティと対をなすのだ。
「だから言っただろ? エテルは魔連を束ねる頂点の魔王でありながら、悪ふざけ以外では実力を行使しない野蛮人なんだよ」
「悪ふざけ以外って、まんまアルバさんじゃないで――」
「そこの鬼、うるさい」
「灰色七三、エテルは口数少ないけど、危機管理能力の鬼だから気をつけてねー」
先ほどから次々と魔法の剣を飛ばされているプルースは、相当エテルに気に入られてしまったようだ。
安全に生き延びるのは難しそうだが、プルースも元は魔族の鬼の一人なので、魔王であるエテルは人間ながらもそれに反応したのだろう。
「なに、本体は灰色七三というのか」
「灰色七三なわけないだろ! てか、本体じゃなければ、さっき――」
「灰色七三、気に入った」
「よかったな、プルース」
「あ、あの、アルバさん、この剣を抜いてくださいよ」
「椅子ができてよかったな」
「……本当に剣で椅子が出来てる!?」
エテルが飛ばす剣でちゃっかり椅子を作ってくれたのはよかったが、アルバは首を傾げるしかなかった。
毎度のことながらそうだが、人物紹介の回は至って真面目過ぎるのだ。
基本的には三人でネタを作る、ネタを消化する、というのが簡単な話だろう。
いつも通り、オチが無いのだ。
アルバ自身、ここでふざけてもいいが、エテルという存在の印象が崩れかねないのを一番危惧している。
そう、新人物が出る時は、あのクマサンよりも酷い回は許されないのだ。
アルバが型抜き工場を頭で開店させていると、ステラはこっそりと近づいてきている。
「ねえねえ、アッちゃん……」
「なるほど、それは良いアイディアだな」
「あの、アルバさん、ステラちゃん、一体何をする気ですか?」
プルースがエテルの遊び相手にされている中、二人でニヤニヤと近づく。
刹那、ステラが床を殴った。
殴られた床は地盤が変動を起こし、アルバとエテルの間に腕を置くのにちょうどいい大きさの土台を生みだしている。
「エテル、俺と勝負しろ」
「危機管理能力が危険を察知している。やるわけには――」
「あれー、もしかして、なんの勝負とも言ってないのに危険と判断するとか、そのアンテナ曲がってんじゃないんですかー?」
「アルバさん、そんな幼稚みたいな言葉につられ――」
「ほう、死にたいようだな。高くつくぞ。準備しろ」
「釣られたぁああ!?」
エテルの危機管理能力は誰もが認める程に高い。
しかし今、種族の居ない魔王城にて、挑発を受け入れる絶好の場はないだろう。
エテルが挑発に乗った今、アルバは土台に肘をつけた。
そして手を垂直気味に向けると、エテルも理解したようだ。
肘をつけたまま、手を重ね合わせる。
「腕相撲か。実に、人間らしいな」
「へっ、元がテルミナ出身の人間に言われたくねぇな」
「ちょっ、ステラちゃん、止めないと不味いんじゃ」
「見合って、はじめ―!」
「始まったぁっー!?」
ステラの合図と共に、地は震える。
エテルはどちらかと言えば、剣を魔法で扱う癖がある通り、魔法派に近い。
故に腕相撲という手が使えない状況に置いては、圧倒的にアルバの方が不利だ。
「ほう、色々な世界を渡人してるだけはあるようだな」
「手合わせしただけで分かるとか、変態ですかー。この野郎」
エテルとはただ、手を合わせているだけだ。
先ほどからじりじりと城内に石埃が落ちてきているが、些細なことだろう。
拮抗した力のぶつかり合いは、エテルも力を隠していたのだと理解させてくる。
「余興だ、ありがたく受け取れ」
「って、アルバさんの周りだけが燃えたぁ!?」
「エテルは悪ふざけには本気だからねー」
「悪ふざけって、限度があるだろ! たかが腕相撲ですよね!?」
「プルース」
「灰色七三よ」
「男は時に引けねぇ時があんだよ!」
「魔王が引く道理などない!」
「お前らはただ遊びたいだけだろ!」
周囲が燃えさかる中、アルバをギリギリで狙うように降り注ぐ剣の雨。
今日の天気は、火の地、随時剣の雨のようだ。
破天荒な天気ともなれば、恥ずかしがっても良い頃合いだろう。
土台は二人の圧に押されてか、きりきりとヒビを生やしている。
見合うエテルはやけに嬉しそうで、よっぽどステラに横暴な契約を持ちかけられたのだろう。
城内に作られていた迎撃システムは恐らく、ステラの被害が甚大過ぎたために、エテルが種族を巻き沿いにしてまで用意したものだ。
魔王や自身の寝床に辿り着くまでにも訓練ができる、まさしく強化プランそのものと言える。
「アルバよ。お前が勝った瞬間、何を持ちかけるつもりだ」
「なーに、簡単さ。ちょっと出演してもらうだけだ」
「……負けるか。おっと、手が滑ってしもーたー」
「ちょっ、アルバさんが燃えた!?」
「ふん、燃えてきたぜ」
「物理的にも燃えてんだよ!」
アルバは燃え焦がれる中、一気に勝負を決める。
均衡していた瞬間に、合気道の要領でエテルを宙に回して手の甲を一気に叩きつけたのだ。
「アルバさん、ズルをした方が勝負は負けなんですよ?」
「ルールを明確化していれば負けだが、腕相撲をしただけだから、反則負けはないんだ」
「なんでうやむやにしたがるんですか!」
「ふむ、負けてもーた」
「アッちゃん、やっぱり強いねー」
勝者となったアルバは、一種のカメラ目線をした。
「勝負をしても、グダル方が負けだからな」
「あんたは誰に言ってるんですか……」
プルースは呆れているが、勝負に勝ったのは事実だ。
これによって魔王城に来た、その目的としていたある条件に王手をかけたのも同然である。
ふと気づけば、ステラがエテルに近付いていた。
「うーん、エテルー、契約の更新といこうかー」
「あの、アルバさん、あれ止めなくていいんですか?」
「よし、用も済んだし帰るぞプルース。じゃないと、種族の長とかがここに帰ってこられないままだからなー」
ステラによって第二ラウンドの地響きが行われている中、アルバたちは苦笑しながらも前を向いて歩むのだ。




