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01 挨拶はしっかりするべし

「あらっしゃっせぇ」


 異世界バイトマスターの日常に変化は絶えない。

 今まさに、店番のアルバの前に立つ筋肉ムキムキの歩く食料がいるように。

 アルバとしては、正直何度も多い対応なので目を細めるしかなかった。


「おい、この依頼を達成したのに金がもらえねぇぞ! この癖っ毛はねの黒髪店員!」

「そっすか。ここで依頼を買ったキャッさんはよく、この店の近くにある娯楽に何でか知らんけど持ってきやすけどー」


 この男は恐らく、ちょうど店番をしていない時に依頼書を買っていた人だろう。

 男はいらいらとした態度を取っており、相手の力量を理解していない初心者である。


 わざとらしく手で位置を案内してみせると、舌打ちを一つ置いて出て行こうとした。

 お代金が舌打ち一つとは、痛みに変わっても問題はないだろう。


「おいおい、お客さん」


 アルバは立ち上がり、店を出て行こうとした男の肩に手を置いた。

 男は気付いたはずだ……レジカウンターを跨いでも数秒かかる距離を、秒もかからずに縮められたことを。


「お代がまだだぜ」

「はあ、俺はかい――もぐっちゃぁん!?」


 アルバは瞬時に男の顔面に殴りを入れた。

 ガラス張りだった正面の壁は音を立てて崩れ落ちた。

 大柄な男を外に突き出したのだと伝えている。


 生憎なことに、このお店の周囲に世界関連の建物は存在しない。

 喧嘩を打った相手を間違えたのだと、理解を出来ない彼は可哀そうだろう。

 理解できたところで、次が無いのは確かだ。


「いいか、俺はこの店の従業員のアルバだ。ちっと俺の財布になってもらう」


 異世界バイトマスターに大事なことは、初対面の相手にしっかりと挨拶を叩きこんで帰ってもらうに限る。

 変化が激しい世界の『テルミナ』ともなれば、初心の初心、大事な基本と言える。


 アルバは地でお休みになっている男を片手で拾ってから『落ちるな危険』と書いてある看板がある方に放り投げた。


 男が地煙を立てた瞬間、地表は抉れ、深い穴を露わにした。

 アルバはニヤニヤしながら近づき、依頼書をぴらぴらとして見せる。とはいえ、男は殴りによって麻痺しているから理解できないだろう。


「ひゃぁああ!! あったけぇな、おい!」


 男が眠っている間に、ひそやかに土をこぼし、温かく火を灯してあげた。

 アルバは良い事をした後、思わず温かさを実感してしまう。

 そんな燃える土の前で、表情筋を緩めて暖を取っていた、その直後だった。


「おいぃ! なんで土葬アンド火葬してるんですか!?」


 いきなり大きな声を出しながら、灰色七三髪の彼が頭を整形する勢いでげんこつを入れてきたのだ。

 おかげでアルバの頭にはモクモクと白い煙がたちのぼっている。


「おいおい、殴ったら痛いだろ?」

「痛い以上のことをしてる人がなにを言ってるんですか!」

「挨拶はしたんだ、今回の話的には問題ないさ」

「問題しかないですよ! てかアルバさん、堂々とメタ発言をしないでください!」

「プルース、お前は本当に甘いな」


 ちっちっ、と声を出してアルバが指を振れば、プルースからはゴミを見るような視線を向けられている。

 彼から見れば人間はゴミなので、強ち間違ってはいない視線だろう。


 先ほどからツッコミを入れてうるさい彼は――プルース。

 アルバと同じく、異世界バイトマスターのお店である『アドーレ』に所属する一人だ。

 汚店頂(おてんちょう)仕立ての対惑星(たいわくせい)防護服(ぼうごふく)兼コートを着て、店長好みの七三にされている……所謂ツッコミ役が正しい存在意義である。


「さっきから内心で何を思っているのかは不明ですが、何が甘いのかご教授願いますよ」

「うーん? ああ、ほら……メタ発言って言ったけどさ、ぶっちゃけバイトの教習として挨拶を教えてたって言った方がメタにならないだろー?」

「ふざけてるんですか!? そもそも、さっきあんたが暴れたからバイトの子また逃げちゃいましたよ!?」


 アルバは前髪の一部白髪に染まった箇所をくるくると指で撫でるように回した。


 バイトに入って逃げる人はどの世界でも後を絶たないので、アルバとしては耳にタコだ。

 不真面目なアルバを横目にしてか、バレないようにガラスを一から組み立てているプルースは苦労人だろう。

 お店は何度目のリフォームか不明なので、プルースのおかげで毎日新築そのものだ。


「仕方ねぇ、日課をやっておくか」

「日課ってなんですか? 次壊したらセキさんに言いますからね」

「安心しろ」


 店長であるセキとバチバチするつもりは無いため、というよりも勝てるわけがない。

 プルースが横目でじろじろと見てくる中、アルバはハゲ頭のずらを被り、黒い袴を着用した。


 そして火葬後となった地の前に立ち、右腕を上げる。


「ああ、壊さないさ。その代わり、土葬したから写真を撮ってー、いえぇーい!」


 尊き命を清めてしまったので、それ相応の感謝の念は必要だろう。

 と思っていた時、アルバは頬に強烈な痛みを感じた。


「なに遺影にいえーいってしてんだよ! 弔う気がなさすぎだろ!!」


 挨拶をしたのにも関わらずプルースが叩いてくるものだから、頬は真っ赤に膨れあがりそうだ。

 地に倒れたアルバをご立腹な様子で見下ろしているプルースに、アルバは苦笑するしかなかった。


「わあったわあった。じゃあ、真面目にやるか」

「真面目にって、さっきからふざけてるって言ってるようなもんじゃないですか」


 プルースが呆れている中、ゆっくりとアルバは立ち上がった。

 そして後ろにあるお店とは反対の方向を向いて、キリっとした視線を向けておく。


「異世界バイトマスター、こんな感じで始まるぞ」

「誰に言ってるんだよ! というか、そんなことしてないでガラス修復手伝ってくださいよ」


 これ以上プルースが呆れると不味いので、本格的に店番をした方がいいだろう。

 そもそもの話、先ほどの客自体が依頼書の手配人だが、プルースが気づいてないからダメージだけが蓄積されすぎている。


 そんな世界を見ている君たちに教えておこう……異世界バイトマスターのお店である『アドーレ』で一番大事なのは、従業員(家族)を守ることだ。


「ってことで、挨拶と書いて自己紹介は終わ――」

「いい加減にしろよお前!! もういいですから、さっさとお店始めますよ」

「俺のサボる時間がぁ!?」


 いくら心の中で思うのは自由だが、しっかりと行動には移そうという教訓をアルバは学んだのだった。

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