表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1.押し付けられた妻

「私のことは信じていただけなかったというのに、私がどうやってあなたを信じればよいのでしょうか、まして今更…」


静かに、けれどどこか自嘲するように微笑んで、彼女はそう言った。

……その時、誰も何も返せなかった。

信じるも信じないも、最初から――俺も、王太子も彼女を「信用していない」と言い放っていたのだから。


◇◇◇◇


リディア・グレイスが、西の山脈のふもとの我が領地に「嫁いできた」日、俺は彼女を玄関で迎えた。

ライラック色の髪とナデシコ色の瞳を持つ王都の貴族の娘。しかも、貴重な癒しと治癒能力の使い手であり、王家と縁のあった女。

そのライラック色の髪は、肩の上で切り落とされている。

書状によると、癒しや治癒能力は虚偽であり、王家をたばかった罪を問う象徴として、王太子殿下の命により髪を切られたらしい…。女性にそれはあまりに酷な仕打ちだとは思う。


彼女はこの地に「押し付けられた」のだ。


リディアが王都を去る原因となったのは、二つあった。


リディアは、孤児院を訪問していた際に、けがをしている子どもや、病気の子どもの治癒を行っていたらしい。それを売名行為と罵る者が少なくなかった。

また、陛下の御前で一度、敵国の計略を見抜いて進言したこともあったという。しかし、王太子殿下は「怪しげな力を持つ女」として公言しはじめたという。

  

そして「聖女」として謳われる女性の出現だった。

セレナ・リュミエール。

王太子と親しい貴族の娘であり、周囲の推薦によって、予言と癒しと治癒能力を持つ「聖女」として一部貴族から強く支持され、祭り上げられていた。

リディアの力を偽物と言い切り、本物は自分であると公言し、それを王太子殿下も支持したという。

このような事態に彼女の家族も何もしてくれなかった…いや、できなかったのだろう。



俺は、王都での噂の全てを真に受けたわけではなかった。

けれど、「信じよう」とも思わなかった。


自らの意思で嫁いできたわけでもなく、政略の末に「流されてきた」のだ。

ならば、俺が関わる必要も、彼女の味方になる理由もない。


「今までの貴族としての肩書が通用するとは思わないでくれ。また、信頼や同情を期待するな。俺は君を信用していない」


出迎えの場で、俺はそう告げた。

彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情を消して、ただ小さく頭を下げた。


「……承知しました。必要以上の接触は控えます」


その声には、感情の揺れがなかった。

まるで、感情そのものを、奥深くに沈めてしまったかのように。


◇◇◇◇


リディアの生活は静かだった。

彼女は一切、俺に私的な言葉をかけてこない。

屋敷の中では誰よりも礼儀正しく、誤りなく、冷淡とすら言えるほど事務的だった。


夫婦生活はなく、彼女には客室で過ごしてもらっていた。

その事にも不満を言うわけでもなく、態度に出すわけでもなかった。


そんな彼女を、俺はどこかで警戒していたのかもしれない。


”やはり、仮面をかぶっているだけではないのか”

”ここでの振る舞いも、王都での噂と同じ策略で――”


そうやって、どこかで疑いの目を向けていた。


また、使用人たちも彼女に対しよそよそしかった。

別に彼女を暴力で虐げた者がいるわけではない。。

ただ――彼女に「極力関わらない」ようにしていた。

それは、誰かが意図して命じたわけではなく、ただ、なんとなく。


”あの人はこの家のご当主様に信用されていないから。”

”あの人は、王都から厄介払いされて来た人だから――”


そんな空気が、知らず知らずのうちに、皆の間に根を張っていた。

廊下ですれ違っても、声をかける者はいない。

部屋の清掃も、食事の準備も、「最低限」のことしか行われない。


それでも、彼女は何も言わず、それを是として受け止めていた。


慣れない環境、腫れ物に触るよりも遠巻きにして最低限の事しかしない使用人。

体調を崩しても彼女は何も言わず、いや、何も言えず。

体調に合わせた食事が出てくるでもないため、食べきる事ができず、残された食器を見た料理人は「また残すのか」と眉をひそめる。

それでも、誰も彼女の体調を心配する者はいなかった

 

そんな中で彼女は、ひっそりと痩せていっていた。

 

頬はこけ、目の下には隈。指先は細く、衣服の袖が余るほどに。

しかし、館にいる皆が誰も、その事から目を背けていた。

俺自身も……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ