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そして、二回目の顔合わせの日。
私はジークムントを東屋へと案内した。
私は当然コートを着た。寒さ対策はバッチリだ。
東屋は少し風通しが悪かったので、それを良くするために木を何本か切り落としてやった。私がやった。
父に怒られたが後悔はしていない。
これで風が突き抜けて寒いはずだ。
「お久しぶりですね」
私は前回されたことへの怒りをおくびにも出さずに笑顔で挨拶をした。
「はい、お元気でしたか?」
無神経な一言。
元気なわけないだろ。お前のせいで寝込んだんだよ。
わかっていて言っているのなら、完全に喧嘩を売っている。
胸ぐらを掴んで言ってやりたかったが、我慢する。
それをやったら野蛮人になるから。
「ええ、あの後、無事お陰様で肺炎になりまして、二ヶ月ほど寝込んでいました」
笑顔で何があったのか話すとジークムントは固まった。
「え」
え、じゃねぇよ。
ちょっとした風邪になればいい。と、思ってやったのならタチが悪い。
それに、私が寝込んでいた間。一度も手紙も届いていない。
普通、風邪を引いたと聞いたら、形式的にお見舞いの手紙くらい一通は出すものだろう。
それすらよこさないなんて何様のつもりなのか。
「お手紙送れなくて申し訳ありませんでした。何も反応もないので送るのもご迷惑かと思いまして」
「あ、いや、その、肺炎?」
ジークムントは、バカなのか肺炎というワードを繰り返した。
「ええ、無事、お陰様で肺炎になりました。そのつもりでやったんでしょう?」
お前らのせいでなったんだよ。と、暗に伝えるが、ジークムントには伝わっていないように見えた。
それどころか、戸惑っている。
あれだけのことをやっておいて、その結果を知って戸惑うとかアホなのだろうか。
「……聞いてない」
トドメの一言がこれだ。
聞いてない。とは、どういうことなのか、私の話を聞くつもりがないだけなのではないか。
「聞いていないじゃなくて、興味がないだけなのでは?どうでもいいから二ヶ月も手紙も何もなく、様子すら聞こうともしなかったのでしょう?」
「そんなわけでは、こちらで聞いたことと少しかけ離れていて」
ジークムントの様子から、単純に興味がなくて私の話を聞いていないだけなのか、それとも、本当に何も聞かされていないのか、わかりかねた。
聞いていないなら、ジークムントが悪いし、聞かされていないなら誰かが伝えていない可能性が高い。
だからといってそれが何だ。という話なのだけれど。
やったことは変わらない。
「そういえば外なんですね」
ジークムントは、完全防寒の私をチラリと見てそう言った。
あの時と同じ薄着だが、涼しい顔、いや、寒そうな顔を全くしていないので、脳みそまで筋肉で汚染されて、そういった感覚が麻痺しているのかもしれない。
「はい!前回、寒空の下で東屋で顔を合わせるだけでしたでしょう?そちらの客人へのもてなしにとても感動しました」
あの時は、お茶すら出されなかった。
もちろん、今日もお茶を出していない。
次にすることは、ジークムントを寒空の下に放置することだけだ。
「……あっ、用事を思いつきました!待っててくださいね」
私はジークムントを置いてそのまま走り出した。
「あっ、ちょっと」
ジークムントが引き止めるように声をかけたが、無視だ無視。
されたことをそっくりそのまま返してやるのが私のモットーだが、数時間寒空の下に放置するのはあれから二ヶ月が経過して、春が近づいたとはいえやりすぎだとは思う。
心の優しい私は、自分のしたことを噛み締めさせるために2時間だけ待ってジークムントのところへと向かった。
「あら、まだいらっしゃったんですね」
あの時に、メイドに言われた言葉をそっくりそのままジークムントに言ってやる。
「これは、どういうことですか」
ジークムントは、気が短いのかたった2時間待った程度なのになぜか不愉快そうな顔をしていた。
意味がわからない。私には数時間も待たせておいて怒るだなんて。
「どうとは?」
「顔合わせの日なのに、2時間も僕を放置してどこかに行くなんて、しかもお茶すら出さない。貴女の家に抗議します」
私がしらばっくれると、ジークムントは顔合わせの日に自分がしたことと同じことをしただけなのに無礼だと言い出す。
「え、バーナー公爵家ではそうやって客人をもてなすのではないんですか?」
「え?」
私の質問に今度はジークムントがしらばっくれた。
「あら、覚えてませんか?あの日、私にお茶すら出さずに寒空の下で数時間放置して聖女様のところにいましたよね」
おかしいな。と、私は首を傾けて話しながら次は手を叩く。
「あ、そうか、聖女様と温かい場所でお茶を飲んでいたから、私の存在なんて忘れていたんですね。どうでもいいからそう扱って当然だと思ってるんですね。だから、同じことをされたから腹を立てたと?」
また首を傾げて、ジークムントに笑顔を向ける。
「た、確かに、君を置いてアルネのところに行ったが、その、君を置いてどこかに行ったから、君が癇癪を起こして帰ったと聞いて」
ジークムントは、言葉に詰まりながら言い訳を始めた。
何となくだが、彼がその件に絡んでいるようには見えなかった。
格下だと思わせるためにあえてあれをしたのかと思ったが違うようだ。
「だから、様子を見ることなく聖女様とお茶を飲んでらっしゃったんですね。私にはお茶すら出してくれなかったのに、聖騎士様って礼儀をよくわかってらっしゃりますね」
あえて怒らせるために嫌味を言ったが、なぜかジークムントはショックを受けている。
「君がされたのは事実なのか、本当に数時間も寒空の下で待っていたのか?」
まだ、信じられないと言わんばかりに聞き返すので、されたことを追加して教えてやることにした。
「飲まず食わずも追加でお願いできますか。トドメに使用人から、『まだいたんですか?』と言われましたよ。ええ、そのおかげで家に帰ったら熱が出まして肺炎になって死にかけましたわ。わかっていてやっているのかと思いました」
「……」
ここまで言われて流石に応えないはずがない。
「その上、私は寝込んでいるというのに、手紙の一つすら出さない」
そう、考えてみれば、この件にジークムントが絡んでいなかったとしても、その後に手紙の一通すら寄越さなかったのは、どう考えても彼の落ち度でしかない。
「……手紙を出さなかったのも、その、メイドに暴力を奮ったと説明を受けて、途中で抜けるという落ち度があっても、君のしたことが間違ってると認識させたくてあえてしなかった」
何言ってるんだコイツ。
考えてみれば一度も謝っていないじゃないか。
「えっと、だからなんですか?申し訳ないとすら思ってないですよね」
「いや、あの、悪いと思っている。その、どこまでその話を信じればいいのか、長く勤めてくれた使用人だから」
ジークムントは口先だけ「悪いと思っている」と返す。
私の言うことを信用できないのか、と、詰め寄るのは簡単だが、長く勤めてくれた使用人を疑うのは心情的に辛いものがあるのはわかる。
「あ、わかりました。信用しなくて大丈夫です。私も貴方と同じように、貴方の事を死ぬまで信用するつもりはありません。一生この関係は変わることはないでしょう」
だから、私は大人になって、お前のことなど死ぬまで信用しない。と返してやった。
ジークムントは、私の反応になぜか顔を青くさせた。
「ちゃんと調査するから待っていてくれ。すぐにするから。次に会う時にちゃんと報告する」
ジークムントはせっかちなのか、唐突に帰り支度を始めた。
「……どうせ使用人の言うことしか信用しないくせに、やるだけ時間の無駄だと思いますけど」
帰るジークムントの背中に、私は呟いた。
どうせ、私の気のせい。だ。と、言われるのがオチだ。
答えは分かりきっている。