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そして、顔合わせ当日。
私は、バーナー家に行ったのにも関わらず寒空の下にいた。意味がわからない。
なんでも本当は自慢の温室で顔合わせをしたかったらしいが、使用中のため自慢の庭が一望できる東屋で、ということらしい。
きっと、金持ちであることを鼻にかけたいのだろう。
初っ端からマウントだなんてご苦労なことだ。
ちなみに1月の真冬だ。アホなのかこいつ。
昼間とはいえ寒い。
まともな感性の持ち主だったら、クソ寒い東屋ではなくて応接間に通す物じゃないのか。
人をやめた聖騎士だから、そういった考えに至らないのかもしれない。
数年、旅をしていたことを考えると、そういった感性が抜け落ちていても仕方がない。
突然決まった未成年の婚約者に、どう対応したらいいのかわからず。とりあえず喜びそうなことをしようと考えてこうなったのなら、あまりボロクソに言うのは可哀想かもしれない。
世間から少しズレた感覚を持っている事を責めるのも大人気ない気がしてした。
そろそろ私も成人になるので、大人の対応を心がけよう。
……でも、だったら、誰か止めろっつーの!寒すぎるわ。私に死ねっていうのか!
室内に案内されると思っていたので、厚着なんてしていない。
ジークムントは、薄着なのに寒くないようだ。
脳みそまで筋肉でできているから、冷えを全く感じないのだろうか。
聖騎士は肉体労働が多いようなので、進化の過程で脳みそを筋肉に変換したのかもしれない。
かなり過酷な旅だったと思うので、そうなっても仕方ないし、彼らのおかげで瘴気が封印できたので感謝はしている。
「……」
私は、チラリとジークムントの顔を見る。
金髪碧眼で、絵に描いたような王子様。のような顔立ちをしている。ムカつく。
だからといって、私が男だったらこいつよりももっといい男になっていたと思うのでルックス勝負としては、引き分けといったところだろうか。
負けたなんて思わない。私は姉にとって世界一可愛い存在だ。
ピンク色の髪の毛は姉の大好きな「さくら」という花と同じ色らしく、両目は姉の大好きなターコイズが嵌め込まれている。と幼い頃から言われ続けていた。
姉が世界一可愛いと思っているのは私、姉が世界一愛しているのは間違いなく私なのだから、勝負にすらなっていない。
つまり、私の勝利だ。
だが、もしも、姉に子供が生まれたとしてその座が奪われたとしても、私は大人だから大人しくその座を譲るつもりだ。
子供が生まれるまで私が世界一姉に愛されていたという事実は消えない。
今は現在進行形で世界一姉に愛されている。
「はじめまして」
「……はじめまして」
そこから、無言。コミュニケーション能力が低いのか、あいさつをしてからしばらくジークムントは喋らなかった。自己紹介すらしていない。なんなんだこいつ。
いい年したおっさんが年下相手に恥じらってるんじゃないよ。
こいつは姉に相応しくない。
私はすぐさま評価した。
気の小さな姉は口下手だ。トークができない男は論外だ。
同じ空気すら吸わせたくない。
なんだこいつ。と、思いながらも笑顔だけは崩さずジークムントを見つめる。
そういえば、お茶すら出ていないのだが、なんなんだこの家は、客人を寒空の下で茶すら出さずにもてなすのが常識なのだろうか。
公爵家だから格下にはそういう扱いをしているのかもしれない。
なんて、無礼な家なのだろうか。
ジークムントは、沈黙の気まずさを感じたのか慌てて自己紹介をした。
「バーナー家のジークムントです」
……自慢か。
嫌味のない態度が、家柄の良さ、人柄の良さを自慢しているようにしか見えない。生意気だ。ますます姉に相応しくない。
輝いているように見えるのは、彼のオーラではなくて埃に日光が当たっているからだと信じたい。ムカつく。
「知ってます」
反射的にそう返事をした。
返事をしてから、自分の態度の悪さを少し反省する。
でも、仕方ないじゃないか、姉の憧れの相手だ。
私の姉を奪う敵でしかないのだ。やっぱり好きにはなれない。
「マホガニー家のクラリスです」
キッと目を見開いてあいさつをすると、ジークムントは私の迫力に恐れをなしたのか、少しだけ固まっていた。
今回の自己紹介の勝負は、私の目力で私の勝利が確定した。
はやり顔がいいだけではダメなんだ。
そこに、バタバタと足音が響いた。
複数名のメイドが私たちのところへとやってきた。
手ぶらでお茶を持ってきたようにはとても見えない。
ここの家の使用人への教育ってどうなっているのだろうか。少し心配になってきた。
格下のうちの使用人ですらこんな事はしない。
やったら私がしばくからだ。
「ジークムントおぼっちゃま!」
メイドの一人が、かなり慌てた様子でジークムントの名前を呼んだ。
何となくだが、ただならない雰囲気で少しだけ気になった。
顔では戸惑いを見せて、心の中では耳を象にして彼らのやり取りに集中する。
「どうした?客人がいるのに」
ジークムントはというと、メイドの様子に少しだけ驚いた顔をしたがすぐにスカしたツラに戻った。
カッコつけてるんじゃない。様になっていてムカつく。
「アルネお嬢様が……!」
かなり慌てた様子のメイドに、ジークムントも落ち着かない様子で聞き返した。
「どうしたんだ?」
「と、とにかく来てください」
メイドは言うなり、無礼な行動であることも忘れてジークムントの腕を掴んで走り出した。
ジークムントもそれに釣られた様子でついていこうとする。
いや、ちょっと待て。今日は初の顔合わせの日なのに、よくわからないけど呼び出された。という理由で中座するとかありえない。
「……あの」
「少し待っていてもらえますか?」
私が呼び止めようとするが、ジークムントはそれだけ言い残してその場から去っていった。
……ちなみに、お茶は用意されていない。