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男の子の唇が弧を描いた。
「そう呼ぶならそうかもね」
「その曖昧な言い方やめろ。つか、死んでたはず。とかなんでわかるんだよ」
なんとなくだが、こいつの言うことは嘘のようには思えなかった。
自分が今いる場所も、おそらくだが隔離された世界なのだと思う。
「この店はね。普通の人は絶対に入れないんだ。この世界の理から外れないとね。死にかけの人がたまに来ることはあっても、君みたいに死にそうにない子は来れないはずなんだ」
「は?」
元気な私がここに来れたのはそういう理由があったのか。
「……君は面白いから少し教えてあげるよ」
何を教えるのか。
「瘴気が溜まり。人や動物が汚染されて化け物になるのを君は知っている?」
「当たり前の事を何言ってるんだ」
当たり前のことを聞かれて、私は少し拍子抜けした。
「なぜ瘴気は溜まる?」
「人の心の闇が滲み出てくるから」
そう昔から言われている。
聖女と聖騎士が周期的に正気を祓い。しばらくの平和な時代を迎えられるのだ。
「なぜ、それがいつも同じ場所に出現する?」
「知らないよ。そんなの」
「自然現象は無差別なのに、なぜ瘴気は違うの?あれも自然現象のようなものだろう?まるで誰かが決めたように」
……言われてみればそうだ。考えたこともなかった。
なぜ考えもしなかったのだろうか。
誰も、疑問にも思わないのか。
「それがこの世界の決まりなんだ。そのくせおかしな余白存在してるんだけど、魔女はその余白の存在なんだよ」
「だからなんだよ」
魔女という存在は知っていても会ったことが一度もないのはそういう理由なのか。
「この世界の人間はある程度運命が決まってる。君の運命は、幼い時に病気で死ぬはずだった。そして、家族も悲惨な人生を歩むはずだった」
私が本来歩む道を見据えるかのように魔女は言う。
でも、信じられない。
私が死ぬなんて、家が没落するなんて。
だって、現実には起きていないから。
確かに過去に危機はあったが、でも、なんとか乗りきった。
考え方を変えればそうなっていたのも事実だ。
「君はね、この世界では本来はいてはいけない存在なんだよ」
「知るかそんなもの、勝手に決めるなよ」
そう、勝手に決めるな。という話だ。
そもそも魔女はなぜ私にこんな話を聞かせるのか。
「まあ、そうなるよね。余計なこと話しちゃった。君と関わったら面倒なことなりそうだし、帰りな」
言いたいことだけ言って、それはないんじゃないか。
「……死なないように気をつけて、君みたいな子って死にやすいから」
魔女は冗談めかして笑ったが、多分その通りなのだと思う。
軽い言い方なのがかえって、人の生き死にの出会いを多く経験してきたのだと思わせてくれる。
怖いという気持ちはないが、腹が立つ。
簡単に死ぬわけがないから。
「なっ!勝手に私が死ぬって決めつけるな!」
怒鳴りつけると同時に視界が変わった。
私はびっくりして体勢を崩して今度こそ転びそうになった。
「わっ!」
しかし、今度は誰かが私の腕を掴んで引き上げられたので転ぶことはなかった。
「クラリス!大丈夫か?」
ジークムントが、本当に慌てた様子で私の顔を覗き込んでいる。
そんなに慌てることなのか。
よく見ると息を切らしている。
「えっと、呼び捨てやめて」
凄く心配された気恥ずかしさから、私は目を逸らした。
「にいちゃん。見つかってよかったな。血相変えて探してたもんな」
すぐ近くにいたおっさんが「よかったな」と話しかけてきた。
なんとなくだが、かなり探し回ったのだと思う。
「はい。見つかってよかったです。彼女に何かあったらと思うと」
突然いなくなった私を怒ることなく、本当に見つかって良かったと言われて、軽口を叩こうと思ったがやめた。
私は普段は自分が悪くなかったら絶対に謝らない。
ばば……お婆様から、「悪くないのに謝るなら死ぬ覚悟を持て!」と言われて育ったからだ。
今回の件も、私が悪いとは思わない。
よく分からない場所に引き込まれただけだから。
でも。
「……ごめんなさい」
心配をかけてしまったことに対しては悪いと思ったので謝った。
「こっちこそ見失ってごめん」
ジークムントは、謝りながら私の耳元を手で撫でた。
そこで、私は薔薇の花を落としている事に気がついた。
「落としちゃった。せっかくくれたのに」
「君が無事ならいいよ」
そう言われたら、ますます居た堪れなくなって、また「ごめん」と謝った。
香油のお店は、いい雰囲気で姉用の香油のほかに、私用にも買ってもらった。
何度も「夜会のエスコートできなくて申し訳ない」と謝られたので、アルネよりも私のエスコートをしたかったのかな?と勘違いしそうになった。




