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暁の極光

 朝日を浴びた行軍が、南部との国境に差し掛かった。なだらかな丘陵の右手を見れば、聖都レトを遠くに見渡せる。だが目的地はあそこではない。仇敵のいる都を通り過ぎ、一行は戦地を目指す。

 その道すがら、最後尾を行くアイシャの隊列に岩陰から男が近づいて来た。フード付きの外套を深く被って顔を隠している。ロイが警戒して剣の柄に手を置く。


「何者だ」

「失礼。グリツェラ家の行軍とお見受けします」

「……ルフ様?」


 男の深みのある声に、アイシャは聞き覚えがあった。

 年に一回、誕生日の夜にカスミソウの花束を届けに来てくれたシオンの専任護衛騎士である。熊のように厳つい見た目に反して、とても温厚な男だ。花束を受け取るたびに寂しそうな顔を見せるアイシャを、いつも優しく励ましてくれた。


「花籠の守り人が何の用かな? グリツェラ家はもう彼と何の関係ないはずだけど」

「シオン殿下の名代で参りました。姫様に少しだけお時間を頂戴したい」

「どうする、アイシャ?」

「……話を聞きましょう」


 警戒を解かないロイに先へ進むよう促し、一人残ったアイシャは馬上からルフを見下ろした。


「会う理由のない者たちが裏で接触しているのが知れたら今は謀略を疑われます。そんな危険を冒してまで、いったい何用ですか?」

「これを、アイシャ様へ」


 無骨な手から渡されたのは、首飾りの紐が通された小さな石。空を染める暁の光を浴びて、それは極光(オーロラ)のように輝いた。


「これは?」

「トリス・ガリテの護り石――殿下の母君がレトに輿入れする際、母国からお持ちになられたものです」

「リリ様の……!? そんな大事な物、受け取れません!」


 シオンの母リリは、彼が十歳の頃に原因不明の奇病で亡くなった。高熱に理性を奪われ、最後はまともに言葉を話すこともできなかったと聞く。


「あなたが身に着けるのを見届けるまで戻って来るなと言われております。どうかお納めください」

「そんな無茶苦茶なこと……いいです、なら私が直接お返しします。シオン様はどちらに?」

「殿下は昨夜、禊のための留学としてトライノーツにお一人で発たれました。兄君からの帰還命令が出るまで、レトには戻れませぬ」


 それはつまり、体の良い国外追放である。

 トライノーツは大陸北西にほど近い島国で、上裸の蛮族が治める暴力至上主義の国だ。今は落ち着いているが、何度も大陸に進攻を繰り返した仮想敵国に一人放り出され、何を学べ言うのか。あわよくば死んでくれというリヒトの思惑が透けて見えるようだ。南部に派兵されるより、危険度は遥かに高いだろう。


(私が南部制圧の任を横取りしてしまったせいで、シオン様が……)


 罪悪感が胸を(むしば)む。渡された石をどうしていいかわからず苦悶するアイシャの前に、ルフは恭しく跪いた。


「アイシャ様にとって、殿下は良い婚約者ではなかったでしょう。お辛い思いをされてばかりだったはず」

「それは……」

「ですが、(とうと)き方の多くは定められた場所で生きねばなりません。まだ年若いあなたが臣下を率いて(いくさ)へ赴くように、殿下もご自身の立場でアイシャ様を守り続けてきました」


 そう聞かされてふと思い浮かんだのは、初めて会った日に桜の下で一方的に交わされた約束。



 ――幸せにすることはできないが、君だけは絶対に守る。



「婚約が破棄されようと、遠く離れた地へ行こうと……殿下はずっと、アイシャ様のことを想っております。その気持ちに応えてくれとは言いません。ただ、共に連れて行っていただきたいのです」


 主人のために嘆願するルフは、アイシャの家臣たちと同じ目をしている。ただ一人を思って忠義を尽くす者の目だ。


 そうして手のひらに乗せた石を見つめること、数秒。

 アイシャは紐の結び目を解くと、剣の柄の穴に通して短く結び直した。絶対に解けないように、固く、何度も繰り返し。


「またお会いすることがあれば必ずお返しします。シオン様にもそのように」

「御意」

「それともう一つ……――『次は直接会いに来い、腰抜け』とお伝え頂けますか? 一字一句(たが)わず」


 最初に花束を受け取った時の率直な気持ちを取り繕うことなく、今度はそのまま託す。


 可憐で奥ゆかしい印象だった姫君の口から飛び出した飾らぬ言葉に、ルフは目を皿のようにひん剥いた。その絵に描いたような驚き様に、アイシャは思わず笑ってしまう。


 お互い死んでしまうかもしれないし、最後くらいずっと胸に秘めていた本音をぶつけても許されるだろう。

 それにもし、もし本当に彼が会いに来てくれたら――その時は桜の下で告げられたあの言葉の真意を、ちゃんと聞いてみたい。






 そうして二人が再会を果たしたのは、今日より二年後。

 アイシャが南部平定を成し遂げて帰還した、春の東風が吹く日の出来事だった。

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