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代表作【ハピネス】

つばさの蹄跡

作者: 蒼原悠

 







 その馬だけが、まるで天を翔けているようだった。

 しがみつく騎手を道連れに、どこまでも軽やかに伸びてゆく影。蹴り上げた土の残影が宙を舞う。尻尾の彼方へ二番手を捨て去り、彼女はぐんぐん加速しながら掲示板の前を通過した。立ち尽くす私の首元を秋風がくすぐった。1番エール、圧勝ゴールイン! ──場内アナウンスの声が遠く響いていた。

 中学三年の晩夏、よどむ曇天の下。

 父を探して迷い込んだ小倉競馬場に、一頭の煌めく天馬がいた。




 あの日は確か、高校受験の志望校で父と揉めていたのだった。県内トップの県立高校に行きたい私と、そんなことのために高い塾代は払えないという父の口論は、どんなに時間を浪費しても平行線をたどった。トップ校に入ったら何をしたいんだ、なりたいものがあるっていうなら聞かせてみろ。そう問われた私は、返せる言葉を何も持たなかった。

 そんな金はない。

 うちの懐事情はお前も知ってるだろう。

 どこまでも取り付く島のない父に、私はつい、苛立って突っかかったのだ。


「競馬に使うお金はあるくせに!」


 競馬。あの頃は口にするだけで嫌気の差す言葉だった。私の両親は小学生の頃に離婚したが、その原因は父が競馬で借金を作ったことだった。いまも日曜になると、父はしわくちゃの新聞を携えて競馬場に出かけてゆく。そのくたびれた背中は、中枢神経を犯された麻薬中毒者のようだった。動物の命を賭け事の犠牲にするなんて、人間の倫理はどれほど汚れているのだろうか。私は父を軽蔑し、大人を軽蔑し、そんな大人だらけの街を軽蔑した。そして、その汚れた街のなかへ溺れ沈んでゆく自分に、同じだけの失望を抱いていた。

 人間は、どこまでも弱い生き物だ。きっと父は仲間が欲しいのだ。同じ八方塞がりの人生を娘が歩めば、自分の生き様も肯定されると思っている。置き去りになった私の胸を静かな諦念が包んで、そんなに言うならぜんぶ諦めてしまおうと投げやりに思った。通塾も、トップ校も、その先にあった無数の可能性も。

 お父さんもそういう生き方を選んだんでしょ?

 父に会ったら、一言くらい嫌味を言わねば気が済まなかった。

 街はずれの閑静な住宅街に、小倉競馬場は要塞のように立ちはだかっている。生まれて初めて足を踏み入れたそこは、まるでホテルやテーマパークのように小綺麗で、行き交う観客も父のように縒れた格好の人々ばかりではなかった。家族連れ、カップル、老夫婦。ショッピングモールで買い物を楽しむように、彼らは馬券を求めていた。

 ファンファーレが場内に響く。おっかなびっくりスタンドを覗き込むと、目の前には広大なレースコースが広がっていた。その彼方を、豆粒ほどのサイズの競走馬が走り出した。詰めかけた観客が一斉に怒号を浴びせた。もっと出ろ、差せ、追い込め。鞭を打たれた競走馬たちが芝を蹴る。垂れ込んだ風が荒れる。

 その風を嫌うように、一頭の馬が躍り出た。

 前へ、前へ。

 まるで天馬のように。

 1番エール先頭に立った。リードは二馬身、三馬身、独走態勢か、まだ()ったままだ──。頭上から響く実況の意味は、私にはピンと来なかった。ただ朧気に、その馬が「エール」と呼ばれていることだけを理解した。

 引き締まった焦げ茶色の馬体。

 まっすぐな無垢の光を宿す目。

 なんて綺麗なんだろう。

 私はスタンドの中腹に立ち尽くした。父を探すのも忘れて、ただ彼女を眺めていた。けれどもエールは浴びている拍手の意味も分からないように、小首をかしげて、草の臭いを嗅いで、とことことコースを出て行ってしまった。




 廃れた工業都市の一角で私は生まれ育った。

 かつて豊富な石炭に恵まれ、製鉄業で栄えた街の遠景には、いまも廃墟のような巨大工場が林立している。産業の空洞化とともに街は寂れ、往年の繁栄の面影もない。高齢化は進み、人口減は止まらず、駅前はシャッターと駐車場だらけ。誰も彼もただ生きてゆくだけで精一杯な、この隙間のない曇天の下で、どんな色の夢を描けと大人たちは言うのだろうか。

 押し流されるように私は志望校を決めた。夢見た県立トップ校とは程遠い、家の近所にあることだけが取り柄の自称進学校だった。まぁ危なげなく受かるでしょう、荻野(おぎの)さんは内申点も悪くないし──。毒にも薬にもならない担任との進路面談を終え、くたびれてコンビニに立ち寄った。海風の強い、肌寒い夕方だった。肉まんを食べたい気分でレジに並んでいたら、ふと、脇に置かれていたスポーツ新聞に目を引かれた。

 阪神ジュベナイルフィリーズ、エール重賞連覇止まる。

 極太の見出しの下に、あの天馬がいた。

 筋肉質の後ろ足でエールは猛然と芝を蹴っていた。レースの名前をスマホで調べると、それはデビューしたばかりの牝馬だけが出場できる大きな競走だった。エールは同い年の女の子たちに大一番で競り負けたのだ。それでも四着で、掲示板には名前が載り、何百万もの賞金も手に入る。

 レジ脇のスチームマシンには肉まんがひとつだけ残っていた。百二十円ですと店員が言った。古びた財布を無理やり開けると、勢い余って飛び出した十円玉が足元に落ちた。

 紙面には、負けたと言われながらも大金を手にした天馬(エール)

 私はそれを見上げながら、なけなしの硬貨をみじめに探している。

 いいじゃない、四着くらい。拾い上げた十円玉を店員に渡したら、じゅく、と心の隅が緑青のように傷んだ。たかが一度の敗北で失意に暮れることができるのなら、私はいったいどうなるのか。勝負どころか、スタート地点に立つこともできなかった私の痛みは、いったい誰が受け止めてくれるのか。

 外に出ると、駐車場の片隅に高校生のグループがたむろしていた。その制服が、受験を諦めた県内トップ高校のものであることに気づいて、私は物陰に隠れながら肉まんを頬張った。

 ああ、あの高校に通いたかったな。

 だけど夢も目標(ゴール)も持たない私は、きっと通ったところで何者にもなれなかった。

 そう自分を戒めるたび、嚙みしめる生地がしょっぱくなった。




 高校生活は淡白だった。趣味の合う友達も、話の分かる先生もいない教室の片隅で、私はスマホを眺めながら鬱々と過ごしていた。なけなしの体力を受験で使い果たしたのか、運動部で汗を流す元気も、文化部で道を究める元気も湧かず、人生初のアルバイトも長続きせずに辞めてしまった。愛想笑いの下手な私には、カフェ店員なんて分不相応だったのかもしれない。

 毎日が消化試合の様相だった。流行りのコーデや新曲のMVに目を奪われるたび、私だけが(ラチ)の外へ取り残されている気がした。なんとなく不安を覚えて、下手な笑顔で隣席の子に話しかけてみる。でも、うまく話せなくて、怪訝な視線を浴びながら席に戻る。繰り返される失敗の中で、ただ自信と居場所だけが失われてゆく。

 途方に暮れながら、SNSのタイムラインをつうと下に引く。新着の投稿が落ちてくる。ろくに目も通さず再び読み込もうとして──ふと指が止まった。

 味気ない色をした爪の先に、エールがいた。


『【爆笑】桜花賞エール、もはや芸人』


 そんなタイトルの下に、競馬場で撮られたレースの動画が投稿されていた。ターフを疾走する十数頭の馬のなかに、あの天馬の姿があった。彼女はへろへろと失速しながら、疲労困憊のドタバタ走りで殿(しんがり)を駆けていた。首が上がって苦しそうだ。振り落とされないようにしがみつく騎手が、子供の振り回すおもちゃのようだった。

 桜花賞。

 それは、現役二年目の牝馬だけが出場できる、一生に一度の栄誉あるレースだという。

 よりにもよってその晴れ舞台で、エールはスタート時に出遅れた。そして焦って暴走し、先頭に追いつく頃には体力を使い果たした。私が目にしたのは、力尽きたエールが後続に抜かれてゆく場面だったのだ。さんざんなレース運びの末に最下位でゴールしたエールは、息も絶え絶えに、しょんぼりと頭を垂れながらコースを出て行った。獅子舞よりひどい暴れ馬、俺の生活費を返せ、こんな馬はもう引退するべきだ。タイムラインには競馬ファンの辛辣な声が並んでいる。

 改めて、レースの模様を最初から見返してみる。出遅れてドタバタと追い上げるエールの姿に、不意に、くすりと笑みがこぼれた。緩んだ口元はすっかり崩れて、私は肩を静かに震わせた。なんて不器用な馬なのだろうと思った。可笑しくて、いじらしくて、優しい感情が止まらなくて、ひとしきり笑ってから小指で目尻をすくった。

 私の悩みなんて、彼女の馬体に比べればどれほど些細だったのだろうか。生活も未来も懸かっていない、ただ憂鬱なだけの学生生活に私が喘いでいるあいだも、あの子はずっと走っていた。遅れを取り戻そうと必死に、ひたむきに芝を蹴って、結局バテて負けた。けれどもしなびてしまったその背中には、何か、私の忘れかけていた大事なものが載っている気がしてならなかったのだ。




 私は写真部に入った。

 カメラは引退間際の先輩に貸してもらった。いつか自分のカメラを買えるようにアルバイトも再開した。前より笑顔が柔らかくなったねと、店長は面接で私を褒めてくれた。

 夏休みはカメラとともに過ぎていった。写真を撮り合うような友達もいない私は、くたびれた街の風景を黙々と切り取っていった。錆びた煙突、単線を往く気動車、閑古鳥の鳴くうどんの店。当てのない被写体探しにも疲れてきた八月の下旬、小倉競馬場は夏競馬のシーズンを迎えた。JRAの開催する中央競馬では、時季ごとに各地の競馬場でレースを分担して開催する。その出番が、今年も小倉に回ってきた。

 もしかしたらエールが出走するかもしれない。むずむずとした衝動を抑えられず、私はこっそり競馬場に足を運んだ。父に見つからないよう、かぶり慣れないキャスケットで変装も済ませた。

 小倉サマージャンプ。

 その日、小倉では数少ないJRA開催の障害競走が開催されていた。

 トータボードにエールの名前を見つけ、私は肩を落とした。エールは小倉ではなく、遠く北海道の札幌競馬場でレースに出走するようだった。挑むのは短距離重賞・キーンランドカップ。桜花賞よりも距離の短いレースで様子を見ることにしたのだろうと、馬券を握りしめた中年男性たちが語り合っていた。十六歳の私は、まだ馬券を買えない。

 画面の向こうでレースが始まった。エールのスタートは順調に見えた。ぐんぐん増速して先頭に立った彼女は、しかしリードを広げられず、やがて後続の馬たちに抜かれていった。歩調の乱れた大股走りが、疲労を如実に物語っていた。

 やっぱりダメだ、桜花賞と同じだと男性が嘆いた。七着に沈んだエールの姿はすぐに画面から消え、場内にファンファーレが鳴り響いた。小倉サマージャンプの開幕だ。

 ゲートを飛び出した競走馬たちが、Z字状に設けられた障害コースを周回してゆく。小高い丘を越え、生け垣を跨ぎ、土を散らしながら駆け抜ける彼らに、私は携えていたカメラを向けた。巨体をものともしない鮮やかな跳躍がレンズに焼き付いた。

 綺麗だ、と思う。

 汗にまみれながら真剣勝負を交わすその姿が、綺麗でないはずはない。

 でも、あの日のエールはもっと綺麗だった。彼女の走りは自由で、伸びやかで、まるでそのまま飛び去ってしまいそうな美と不安が介在していた。馬という生き物の強さと脆さを、私に教えてくれたのは彼女に他ならなかった。

 やっぱりエールに会いたい。

 たとえ大敗してもいいから、走り切った彼女の姿を見たい。あの時のように魅了されたい。

 もどかしくカメラを抱き締めながら、思った。




 AILE(エール)

 彼女の名はフランス語で「翼」を意味する。

 その澄み切った命名も、初期の華々しい戦果も色褪せてゆくほどに、エールの連戦連敗は続いていた。

 エールは真面目な子なのだと関係者は口を揃える。真面目ゆえに懸命に一位を目指し、無茶をして体力を消耗してしまう。その制御不能の暴走癖に、騎手や調教師は長らく頭を悩ませていたのだった。果たして、悩んだ末に陣営がたどり着いた暴走対策は、馬具の装備だった。

 年明けの一月、シルクロードステークス。

 中京競馬場に姿を現したエールは、トンボの目のようなネットで目を覆っていた。


「何、あれ」


 冷たい冬風に耐えかねて競馬場行きを諦めた私は、自宅のテレビを点けて早々、大写しになったエールの出で立ちに絶句した。せっかくの可憐な瞳を覆われ、短い手綱で口元を結わえられて、エールは窮屈そうだった。あんな姿で走れるのかと気を揉む私をよそに、エールは先陣を切ってスタート。好位置につけたままコーナーを曲がり切り、前方が開けた瞬間、一気に加速した。これまでのような勢い任せのレースとは何かが違っていた。エールの歩調が乱れる気配もない。


「競馬見るようになったのか、つばさ」


 不意に父の声がした。

 のけぞると、競馬場に行っていたはずの父が後ろに立っていた。傷んだジャンパーを脱ぎながら、寒かったからよ、と父は言い訳をした。その目が、じっとテレビを睨んでいる。


「折り返し手綱にホライゾネットまで付けてやがる。調教師も思い切ったな」


 エールの話をしているのに私は気づいた。


「あのネットのこと?」

「ああ」

「なんなの、あれ。周りは見えてるの?」

「いいや、見えん。わざと網で目を覆って、視野を狭めてる」


 父はしわくちゃの目を細めた。


(あいつら)はそれで落ち着くんだ。安心して、集中して、前だけを見るようになる」


 テレビの向こうで歓声が上がった。威風堂々、ウイニングポストを先頭で駆け抜けたエールが、一年ぶりに観客の喝采を浴びていた。




 馬具の装備は逆境のエールに好影響をもたらした。短距離GⅠの高松宮記念で五着の惜敗を喫した彼女が、次に選んだのは五月の京王杯スプリングカップだった。スタートに出遅れた子や、コースを斜めに横断してゆく子のあいだを、エールは猛然と突破して一着に輝いた。馬具という制約(ハンディ)を背負ったはずの彼女は、むしろ、それによって不可視の枷から解き放たれたかのようだった。

 父と二人で、その姿を競馬場へ見に行った。

 ターフビジョンに映された汗だくの騎手が、エールを御する苦労をインタビュアーに語っている。面白ぇのを好きになったなと、しみじみと父はつぶやいた。


「馬も生き物だからな。なんでもかんでも騎手の思い通りにはならんし、鞭を入れても負ける時は負ける。でも、馬だって一生懸命に走ってる」

「人間みたいに嘘をつかないもんね、馬は」

「ンなわけあるか。あいつらは人間より上手に嘘をつく。パドックでは調子のいいふりして、本番で大コケするのだってザラだ。おかげでどれだけ散財したか……」


 淑やかにパドックを踏むエールの姿を、その言葉に私は思い浮かべた。エールは穏やかな気質の持ち主で、調教や放牧でも迷惑をかけることはない。優しくて、真面目で、だからこそレースが始まると無我夢中になり、すべてが不器用に空回りする。

 それでもな、と父は寂しげにこぼした。


「何度裏切られても、あの無垢な目を信じちまうんだ。一生懸命なあいつらを誰が憎めるもんか。賢い生き方なんか選べなかった俺みてぇな奴にも、あいつらは夢を見せてくれた。錆び付いた鉄粉まみれの工場で毎日、毎日、扱き使われても誰も褒めちゃくれねぇ。それでも何とか駄目にならずに働いてこられたのは、(あいつら)と、お前がいたからだ」


 父は来春、長く勤めてきた製鉄所を辞めることになった。需要の低迷で製鉄所が閉鎖されることになり、早期退職の募集がかかったのだという。終わりの見えない斜陽の中で、この街は雇用も人口も際限なく縮んでゆく。それでも何とか仕事を探して、死ぬまで働くつもりだと父は言った。退職金の使途を尋ねたら、高校受験に何も出してやれなかった()()を支払うと父は即答した。

 幾らでも出すから大学くらい好きなところへ行け。

 お前にはまだ、どこへでも行ける足があるだろうが。

 エールの勝利で手に入れた払戻金を、そういって父は後生大事に封筒へ入れた。




 メイクデビューから二年が経った。

 エールはすっかり短距離適性の競走馬として、いまだ競馬界に健在だった。

 セントウルステークスでは一着レコードの大勝。かと思えば、次戦のスプリンターズステークスでは十四着の大敗。馬券師泣かせの極端な成績を刻みながら、エールはファンの数を着実に増やしていった。そもそも既にエールは六度も重賞(グレードレース)で勝利を収めている。いまだ悲願のGⅠには手が届かずとも、強さと人気は折り紙付きだ。

 ぱっちりとした綺麗な瞳。

 すらりと伸びた長い脚。

 おさげのように結んだ(たてがみ)

 武人のように馬具を装備しても、レースで暴れても、その愛くるしさは色褪せない。

 発売されたばかりのエールの写真集を、立ち寄った駅前の本屋で見つけた。大学受験の参考書を探しに来たのも忘れて、しばらくその場で見入ってしまった。毛並みの艶の具合さえ見て取れる。こんな近くでエールを拝めたらどんなに幸せだろう。もどかしさを押し潰すように分厚い冊子を胸に抱え、レジに持って行った。

 夏競馬のあいだに私の撮り貯めた馬を、写真部の友達は口々に褒めてくれた。


「馬がこんなに格好いいなんて知らなかった」

「すっごく生き生きしてる。つばさちゃん、撮るの上手だよね」


 褒めそやされるたびにエールの姿が脳裏をよぎって、私は物足りない気分になった。どんなに競馬場に通い、カメラを向けても、まだ私はエール以上の天馬に出会えない。あの煌めきを忘れられない。そんな話をしたら、アイドルみたいだね、と言われた。

 アイドル。

 その言葉ほど、エールと私の関係をあらわすのに相応しい言葉はない。

 曇天の下で塞ぎ込んでいた私を、あの子は競馬場の広い空へ連れ出してくれた。そうしていまも空の彼方を()け続けている。遠く、速く、私が追いつけないほどの速度で。


「……みんなはどうするの、進路」


 心の座りが悪くなってしまって、逃げるように私は話題を変えた。みんなは顔を見合わせて、「まだ考えてないよね」と笑った。


「将来のことなんて分かんないな。正直、まだ宙に浮かんでるような気分」

「誰も教えてくれないからね。あなたはこうやって生きるのが正解なんだよって」

「親とか見てると思うもんな。俺、そもそも社会人の適性ないのかなって。早起きとか弁当作りとかできる気がしねぇもん」


 それはただあんたが怠惰なだけでしょ。そう突っ込んで屈託なく笑いながら、逸りかけた心を私は手のひらでなだめた。平々凡々なことだけが取り柄の私は、どこまでも遅れをとることに臆病だった。

 私たちは横並びのままではいられない。

 いつか進むべき道を選ぶ日がくる。

 芝か、ダートか、障害か、それとも輓曳(ばんえい)か。明瞭なステータスとして表れることのない個々の適性を見抜き、身の丈に合ったやり方で導いてくれる騎手のような存在が、どこかにいてくれたならどんなにいいだろう。けれどもいつかは手綱を振り払って、私たちは一人で羽ばたかねばならないのだ。目印のない、雲と煤煙の垂れ込めた空へ。




 また春が来て、私は高校三年になった。

 同期馬たちが続々と引退し、それぞれの余生を送りつつあるなか、エールは現役を続行していた。その馬体にも疲れが滲み始めたようだ。一年前のセントウルステークスでのレコード勝ちを最後に、エールは一着を取れなくなった。雨上がりの不良馬場を泥だらけになって駆け抜けながら、また彼女は以前のように、苦しげに首を持ち上げるようになった。

 空の淀んだ六月上旬。

 エールはマイルGⅠの安田記念を走り終え、私は進路指導の面談を受けた。


(ひづめ)って、()()()()()()んですか」


 進路指導室の先生に尋ねると、先生は「何を言ってるの」と顔をしかめた。彼女の本業は生物科の教員だった。


「このあいだ、推しの馬がレース中に落鉄して失速したんです。あとで調べたら、蹄球っていうのを傷めてたって……」

「馬は言葉を発せないし、我慢するからね。かなり痛がるケースもあるみたい。本当の問題は、それによって走れなくなることの方だと思うけど」

「どうして?」

「馬は走れないと命にかかわるからよ」


 それは比喩でも何でもなく、馬に特有の身体的性質なのだと先生は言った。高速走行に特化した競走馬の身体には、それに見合った強靭な心肺が備わっている。しかし馬の身体は大きく、足も長いため、心臓だけでは血液を行き渡らせることができない。蹄はいわばポンプのような役割を果たして、巨体の血液循環を末端から支えているのだという。


「予後不良って言葉は聞いたことがあるでしょう。競走馬の韋駄天は、馬体にかかる猛烈な負荷と引き換えなの。蹄葉炎、開放骨折、心臓発作。時速八十キロにも達するレースの世界では、取り返しのつかない大怪我が頻繁に起こるわ」

「……だから、楽に死なせてあげるしかなくなるんですね」

「彼らは文字通り命を懸けて走ってるのよ。たとえ、当人たちにその覚悟がなくてもね」


 淡々とした先生の言葉に、私はエールのくぐってきた死線を思った。エールは今年五月、怪我のためにヴィクトリアマイルへの出場を見送った。五歳になった彼女は、競走馬としては老齢の域に入り始めている。走らせてあげたい気持ちと、万が一の事態を恐れる気持ちの狭間で、関係者はどれほど苦悩したのだろうか。

 いつかはエールにも引退の日が来る。

 でも、それまで彼女が無事であり続けられる保証はどこにもない。


「無事のうちに早々と引退する方が、馬にとっても幸せなのかもね。今は余生の過ごし方も色々あるから。種牡馬や繁殖馬、誘導馬、あとは乗馬クラブなんかも……」


 おほん、と咳払いをして先生は話題を戻してしまった。それで一体、荻野さんは何になりたいの。大学受験まで残り半年よ。畳み掛けられる義務的な問いかけは、これ以上、私の現実逃避を許してくれそうになかった。

 分からない。

 今はエールのことしか考えられない。

 不器用な私に騎手や調教師が務まるとは思えないし、いまさら目指してもエールの現役期には間に合わない。もしも彼女のそばにいて、彼女の余生を支えられる仕事があるなら、それでいい。けれども動物にまつわる仕事など、それほど多くは思いつかない。やけくそになって、とっさに浮かんだ職業名を闇雲に口走った。


「……獣医、とか」


 その二文字が、輝いた。

 はたと息を飲んだまま私は固まった。

 それは馬という生き物がただ愛おしい私の前に、馬郡が割れて一本の道が(ひら)けたような感覚だった。

 いいんじゃない、と先生は微笑した。その手元には通信簿と、前回の期末テストの採点結果が広げられている。みっともない筆算やメモで汚れた答案の片隅には、赤ペンで大きな二重丸が添えられていた。


「理系科目も満遍なく点を取れているし、学力に不足はないでしょう。それに答案を見ていれば分かるわ。……あなたはきっと、破れかぶれになっても最後まで走り切ることのできる子だって」




 秋のスプリンターズステークスで辛うじて五着に残ったエールは、最後の海外遠征を敢行した。不慣れな米国式のダートをエールは走って、走って、とうとう本領を発揮できず最下位に沈んだ。

 いつしかエールは六歳になった。

 あの日、エールと一緒に小倉のデビュー戦を走った馬は、もう誰も残っていない。

 ひとりぼっちのエールとは裏腹に、私の未来は色彩に満ちていった。父は獣医師の夢を応援してくれた。馬が好きなら北海道にでも行ったらどうだ、九州(ここ)と並ぶ馬産地だろうが。ぶっきらぼうな言葉に背中を押され、私は書店で北海道の大学の参考書を買い込んだ。写真部の友人たちも、カフェの店長やバイト仲間も、猛勉強に追われる私を見守ってくれた。エールのためにそこまでするなんて、推しへの愛ってすごいね。そう茶化されるのも不思議と嫌いではなかった。

 熱狂的なファンを抱える馬を、競馬の世界ではアイドルホースと呼ぶ。GⅠ級とも称される実力馬でありながら、その実力が帳消しになるほどの不器用な生き様で、エールはみんなに愛された。二度の海外遠征、六度の重賞制覇という輝かしい戦果の一方、その暴れ具合は時に調教師を泣かせ、騎手や馬券師たちを悩ませた。およそ短距離には向かない、天を翔けるような大股のストライド走法で、エールはまだ一等賞の栄光を目指している。その道程がどれだけ荒れ模様でも、誰もが彼女の前途を信じている。

 競馬とは、しょせん卑しい賭け事に過ぎないのかもしれない。見方を変えれば動物虐待だ。それでも、繰り広げられる神速の真剣勝負に、人はどうしようもなく夢を見る。そこには物語(ドラマ)があり、やむにやまれぬ共感や感動がある。

 私の夢は、(エール)だ。

 いつしか空は晴れ、風は凪いだ。

 ただ彼女を愛する気持ちだけで、先をゆく天馬を懸命に追いかけて、追いかけて──気づけば頭上の雲を振り切っていた。




 三月二十四日。

 雨の降る夕方だった。

 掴み取った合格証書を手に、私は中京競馬場のゲートをくぐった。故郷の小倉よりも遥かに巨大な観戦スタンドは、見渡す限り無数の観客で埋まりつつあった。行われるのは、快速自慢の短距離馬(スプリンター)の頂点を決めるGⅠ・高松宮記念。三度目の挑戦となった今回のレースを機に、エールは競走生活から引退することになった。

 行っちまうんだな、と父がつぶやいた。それが私のことにせよ、エールのことにせよ、尋ねるのも野暮だと思いながら私は馬券を握りしめていた。大学受験を終えて新天地へ向かう私に、寄り道をして高松宮記念を観戦してはどうかと提案したのは父だった。指定席の取り方や勝ち筋の読み方も父が教えてくれた。私の代わりに父の買った応援馬券には、エールの名前と【頑張れ!】の文字が印字されている。

 メイクデビューの日、小倉競馬場に響いていた実況の声を遠く思い出す。

 1番エール、圧勝ゴールイン──。

 あの日、エールは背負った馬番(ゆめ)を現実のものにした。

 果たして、ターフにエールが現れた。そのゼッケンには十一番の文字。すっかり板についたホライゾネットが目を覆っている。それでも、その瞳にはいまだ二粒の光が宿り、雨に濡れた競馬場を見上げている。携えたカメラを向けるのも忘れ、私はエールばかりを見つめていた。ファンファーレが響いても、彼女の姿が発馬機に隠れても、ゲートの開閉音が大地を揺らしても。

 エールの体躯が風を切る。

 中団につけたままコーナーを曲がり、前へ前へと伸びてくる。

 大歓声のスタンド前を天馬が翔ける。その姿はやっぱり綺麗で、茶色の馬体は惚れ惚れするほど立派で。けれどもそこには目に見えない疲労や傷が、三年半の競走生活のなかで無数に刻まれている。それが一歩、一歩、芝を踏みしめるたびに彼女を蝕んでいたのだろう。

 熾烈なデッドヒートを繰り広げながら、先頭の馬たちがゴールを切る。

 その背中を見送るように、エールは九着でレースを終えた。

 雨はまだ降り止まない。濡れた芝の上をエールがゆっくりと戻ってくる。ラチにしがみつく私を彼女は一瞥して、そっと首を垂れた。

 ごめんね。

 わたし、疲れちゃった。

 寂しそうなエールの目は、癒えることのない失意の黒に染まっていた。塩辛い唇を噛みながら私は首を振った。

 あなたが無事ならそれでいい。三年間、あなたを推せて幸せだった。もう飛べないあなたを追って、これから私も北の大地に発つのだ。私の翼は、あなたのくれた翼。あなたのくれた鼓舞(エール)の結晶だ。

 あなたがいたから夢に出逢えた。

 あなたがいるから走り切れた。

 だから最後に、あなたにも夢を叶えてほしかった。青天の霹靂のような大勝利を、去りゆくあなたに返してあげたかったよ。

 肩を震わせ、崩れてゆく私の背中を、老けた父の手がそっと撫でた。


「ありがとうって言わなきゃなァ」


 宥める父の声も、雨に湿っていた。




 エールの引退から一年。

 故郷から遠く離れた北海道の地で、いまも私は獣医師を目指している。

 先日、父が仕送りをくれた。日用品に紛れて同封されていた手紙には、このごろ勝っているので分け前をやる云々と書かれていた。父の競馬狂いは死ぬまで治らないのだろうと思いながら、実習先で出会った往年の競走馬たちの写真をメッセージで送り付けた。

 父も、高校の同級生たちも、エールのラストランを中京競馬場で見届けた無数のファンも、いまはそれぞれの日々を生きている。三年間の熱狂も気づけば遠くなり、憧憬はいよいよ透き通って淡くなった。講義と実習を交えて動物の神秘に触れ、その温もりへ(じか)に手を添えながら、彼らのために何ができるかと悩む。繰り返される学びと自問の中で、夢は一歩、一歩、生き甲斐に姿を変えてゆく。獣医師になれたら故郷に戻って、九州産まれの馬のお世話をするのも悪くないと思う。競走馬生産を北海道に依存してきた日本競馬の歴史には、ここ数年、九州産駒の活躍で少しずつヒビが入り始めている。


「ライバルになっちゃうかもね、私たち」


 壁掛けのカレンダーに問いかけると、エールの澄んだ目が見つめ返した。一週間後の日付には赤ペンで何重にも丸が書き込まれている。いつか次代に受け継がれた天馬の翼と、私の育てた仔が同じレースで競い合えたらどんなに愉快だろう。そのときようやく私はエールと対等になって、等身大の愛で彼女に向き合えるのだろうか。──そんな回りくどい道を歩まずとも、エールへの愛着が揺らぐことはないのだけど。

 心配しないで。

 きっとやり遂げるよ。

 私なりのやり方で、私なりの歩幅で、先をゆくあなたに追いついてみせる。

 つぶやいてペンを握り直して、教科書をめくった。時計の針がまた動いて、凍えるような三月の夜が更けてゆく。寒さに疲れても、不器用な自分に嫌気が差しても、もう私は立ち止まらない。走り続けた先にゴールがあることを、エールが教えてくれたから。




 窓の外は、まだ一面の雪。

 高松宮記念の引退劇から一年。

 七歳になった天馬(エール)に、もうじき最初の仔が産まれる。








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