3 波の音
波乃が消えた日から10年。20年。色のない歳月が流れた。失ったのは幼馴染みに留まらなかった。感動。感情。情熱。希望。友情。恋愛。愛情。幸せ。マスコミが謳うプラスの言葉は俺の中から削ぎ落ちた。
この世界は波。始めに小さな喜びを運ぶ。それが自分を構成する大切なものだと自覚させてから、大きな波が襲う。そしてそれを奪う。後には痕が残る。決して埋まる事はない。また次の小波が訪れる。新しい喜びだ。でも俺はもう喜ばない。逆に恐れる。また悲しみを与えに来たのだと。波打ちから逃げ、海を忘れて暮らし始める。波の音すら怖くなる。もう海には近寄らない。……悪魔の所業だ。
俺は人間をやめた。感情を捨て、楽観を排して事実を蛋白に処理する機械と化した。この社会はそれを成人した証と祝福するのだろうな。……くそったれが。
波乃の家──銭湯【波乃湯】の地下は旧陸軍の研究所の跡だった。米軍との本土決戦に備え開発された未完の兵器:殺人人形X。波乃の祖父はそれを守る墓守だった。暴走した殺人人形は波乃の家族を皆殺しにして半壊した。哀れな歯車。俺と同じだな。俺はそれを波乃の姿に似せて暮らし始めた。やがて訪れた敵の殺人人形と死闘の日々。互いを削り壊し合う哀しい戦闘。俺も殺人人形も消耗し、倒れた。体も。心も。傷だらけだ。手足はもげて立つ気力も残らない。野垂れ死ぬ運命と知ってたが、惨めがこれほど悲しいとは思わなかった。殺人人形は命令通り俺を絶命させ自爆した。後には何も残らない。これが破壊しか能のない愚者の末路だ。哀れだな。せめてもういっぺん波乃に会いたかった。波乃の声を聴きたかった。会いたい。でもお前はもう死んだんだよな。ハハ。死んだのは俺も同じか。哀れだな……。……。
〜・〜・〜
『どこみてるのー?』
……ン? 波だよ。波を見てる。白い砂浜に青い波が寄せる。飛沫をあげて、寄せては帰す。命を与えてはさらってしまう。波だよ。……波を見てる。……。
目が覚めると俺は砂浜に座っていた。座れている。即ち手足が元通りに生えてる。指も動く。両生類みたいに再生したか? ……んなわけない。ここは死後の世界だ。だから死人が平気で生きて動いてる。ほら。眼の前に波乃がいる。会いたかった波乃が。笑ってる。動いてる。生きてる。しゃがんで俺を見上げる。白いワンピースに褐色の肌。黒いショートカットに茶色の瞳。下着は穿いてない。焼け跡の白い股間に、綺麗なたてすじは薄い朱色。紛れもなく波乃。俺が知ってる10才の幼馴染みだ。
『もー。まーちゃん、えっちさんな目になってるぅ……』
波乃は視線の矛先に気付き、左手で股間を覆う。隠す仕草が愛らしい。顔を見れば、頬が赤い。膨れてる。……怒ってるな。が、同時に嬉しそうにも見える。