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諧謔自虐伝  作者: 長月ゴルゴンゾーラ
7/9

007


    ○○○


「軽井沢は、死についてどう思うかい?」

 病床に伏せる友は、そんなことを聞いてきた。

 私はそんな彼女の隣で、もらったノートパソコンを開いている。

「私は――――」

 彼女の疑問に思わず言葉が詰まる。

 どう答えればいいのか、死の淵に向かう彼女に向かって何を言えば正解なのか。

 それがわからなかった。

「忌憚なく答えてよ」

 友はそんな私の思惑を見透かしたように言った。

 そうは言われても、というのが私の考えだった。

「忌憚なく答えてよ」

 友は再び、言葉を繰り返した。

 そして、

「ボクはね。君のそうところを好ましく思っているのだから、さ」

 そう言い終わらないうちに咳込んだ。

 私は彼女の背中をさすった。

 いつもなら、セクハラとか言って、殴打がやってくるのだが、生憎彼女にはそんな力がないらしい。

 私は殴られてもいないのに、どこかぽかっりと胸を貫かれたような感覚を覚えた。

 その不快感を紛らわすべく、私は外を見た。

 外には一匹の蠅が羽ばたいていた。

「――それで、答えてくれないの?」

 友はまだかまだかと催促した。

 彼女の目には一筋の光が宿っており、ああこれは、単純な興味からなんだなと感じた。

 子どものような純粋な眼差し――、私はそれに答えないわけにはいかなかった。

 私はパソコンに目を戻し、

「死というのは――、寂しいものだ」と、ポツリ答えた。

「嘘だ」

 私は友を見た。彼女は期待を裏切られたような、悲しい目をしていた。

「軽井沢がそんなことを言うはずかがない。日々の安寧を願う軽井沢がそんなこと、言うはずがない」

 その語気はどこか確信味を帯びていた。

 今までの信条が瓦解した――、そう言うふうに聞こえた。

「嘘じゃない。本当だ。日々の安寧を求むものにとって、死というのは最も不愉快な事実だ。別れの最終形態だ。どんな日でも、私は死を恐れないことはない」

「違う。軽井沢はそんなやつじゃない。ボクに気を遣っているんでしょ? 忌憚なく、って言ったじゃん。正直に答えてよ」

「大真面目だ。私は死を恐れる。お前とだって――」

 私はその先を、彼女の悲しそうな目によって言えなかった。

「ほら、そうでしょ。結局私を気を遣ってのことだったんだよね? 友くんはね、嘘をつかれるのが好きじゃないんだ。そういう人は、大嫌い」

「お前、私がどれだけ心配していると思っている? 連絡が取れなかった時も、余命宣告の話も――、忘れないことはなかった。それなのにどうしてお前はそんなこと言うんだ」

「おや、お高く止まってい軽井沢が友くんを心配? 面白いねえ」

「――っ」

 茶化す友に堪らず言い返そうとするも。

 友はヘラヘラとした笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「――それなら、友くんだって言わせてもらうよ。君は、いつもお高くとまって、何もつまらない目をしていたじゃないか。それなのに、友くんが死にそうになったら、書かせてくれ? 虫がいい話だよ。こうして、友くんの側にういるのも、嫌い」

 刹那、視界が真紅に染まった。

 私の心配を無視して、やってくる無遠慮な言葉――、私は手が出そうになった。

 ――が、彼女の容体でそれは免れた。

 しかし、そこから先にあったのは、蠅の羽音の喧騒――。

 鳴り止まぬことを知らず、結局のところ、荒々しく部屋を後にするだけだった。


    ○○○


「どうしてこうなったの」

 私は叔母さんに正座させられていた。

 用件は当然、先日の蟠り――、あの日から既に一週間が経っていた。

 本当なら、すぐに釘波家から離れるべきだったが、両親が他界してしまった時点で、実家は引き払われ、ましてや片田舎に帰ってしまったせいで、泊まるあてもない。

 私は叔母さんに無理言って、家の離れで書かせて貰っていた。

 本当に叔母さんには足を向けて寝られない。

 そういうわけで、食事も何もかも、全て別々、久しぶりの冷戦状態だった。

 その空気を察してか、叔母さんはほとぼりの冷めた一週間後に言及。

 私は事の顛末を恣意なく話した。

 死について聞かれたこと。正直に答えたのに、違うと言われたこと。

 しまいには自己否定されたこと。全て、話したつもりだった。

 叔母さんは何も言わなかった。

 私が話終わるまで相槌も打たず、ただ黙ってじっと、顔を向けるだけだった。

 しかし叔母さんの口から放たれたのは、『いい加減気づきなさい』の一言。

 私の頭の中はクエスチョンマークで満たされた。

 気づく? 何を? 友は私を否定した。それだけだ。その上で、何を気付けと言うのだ。

「じゃあ、ヒント」

 叔母さんは付け加えた。

「そのとき友は、どんな顔してた? 友は、君とケンカしていた時、どんな顔をしていたの?」

「…………」

 私はその質問の意図が分からず、沈黙を貫くことしかできなかった。



「友はどんな顔をしていたの?」

 私はしばらくそのことについて四畳半の大きさの離れにて思いを馳せていた。

 あたりは薄暗く、電球はチカチカとしている。

 そもそも人の住む場所じゃないので、エアコンも何もなく、午前は開放して、涼を求める。

 そもそも、なぜこんな場所があったのかというと。

 戦前、釘波家はかなりの資産家だったらしい。大戦中に隠した金銀財宝は、戦後の釘波家が借金をしてしまい、この場にはなく、その〝ハコ〟だけが残った状態というわけだ。

 私はその場所を細々と使わせてもらい、トイレお風呂以外は基本、この場で済ませている。

 叔母さんが何も言わないのは、元々小さい頃から私たちが活用していたのもあり、その慣れのせいである。(ベッドはその時に作った木製のものがある。)

 一心不乱に彼女の顔を思い出す。私はあの日以来、いまだに彼女と対面していない。

 そもそものことの経緯を探ってみた。

 あれは確か……そう。友が私に死について言及してきたことだ。

 友は私の回答が気に食わなかったのだろうか。

 私が、友の死を拒んだのが気に食わなかったのだろうか。

 あの日、彼女はこう言っていた。

「君はそんなことを言う奴じゃない」

 ――と。それはどう言う意味だったのか。

 小説家である以上、そういった行動の所以の追求は愛してやまない。

 人々の行動には必ず起因があり、その基で私たちは〝伏線〟なるものを貼っていくのだ。

 私はふたつの解説を立てた。

 ひとつ、彼女の君はそんなことを言う奴じゃない――、あの言葉は私に対する理想の崩壊を嫌ってのことなのだと。

 それならば納得がいく。元々彼女は、こだわりが強い人間で、ことの顛末が思うようにいかないときはいつも癇癪を起こしていた。

 彼女はかなり偏屈な人間であり、それでいて、その異常性は私だけにとどめていた。

 ふたつ、そもそも彼女は死を受け入れたくなかった。私の持論のもとで、その孤独さを痛感してしまったから――と。

 彼女とて、人間である。いくら異常性のある人間でも、『死』の畏れは人類の――、生物の所以である。

 だからこそ人間は死を忘れるために、死を紛らわすために、宗教を立て、文化を築き、未来永劫魂は続くと考える。

 しかし、それでは彼女の『忌憚なく言ってよ』がかなり不自然になる。

 彼女は一度行ったことに嘘をつくことはない。嘘を嫌うのは、友の行動からもみてとれる。

 言うまでもなくあけっぴろで表裏のない友に限って、そんなことをするはずがない。

 昨今の女性では、天邪鬼なことを主張しがちだが、彼女はそうでないと信じたい。

「…………あれ」

 信じたい――信じるとは、一体どう言うことか。私は考えた。

 信じる――、このマインドこそに、私と彼女に明らかな隔絶が生まれているのではないかと、そう、思い思考を馳せた。

 信じる、それは裏切られてもいいと思うこと。その場で崖っぷちに落とされても後悔しないということ。

 背中を預ける、と言うように、打たれてもいい、あるいは打つはずがないと信頼を預け、その身の命運を他者に譲渡すること。

 そう言うふうに、私は『信じる』ことについて認識していたはずだ。

 信じると言う行為はつくづく恐ろしいものだと私は思う。

 他者に命を預け、その身の命運を捨てるなぞ、独りよがりの生き方の私にとってこれほど恐ろしいものはない。

 私は、孤高に生きていた。

 むしろ生かざるを得なかったからこそ、その邪智暴虐さが身に染みてわかる。

 両親は交通事故で死んだ。居眠り運転をしていた大型トラックと、交通規制を守っていた彼らが正面衝突――、偶然の偶然が重なって、できた結果は、遺体がわからなくなる程――、その判別を担っていた衣類さえも、度し難いものになっていた。

 私は、親族を失ったあの日以来、命を預けると言う行為はやめようと固く誓った。

 他者――それは家族だって極論同じだ。

 ひとりの人間という観点においてすれば、それは全てみな孤独ということになる。

 だから私は、叔母さんとの養子の話が断ったし、そこから、起伏のない人生を求めていったんだと思う。

 私は誰かに信頼されることが嫌いだ。

 信頼――それは、最もぶっきらぼうな行動であり、信頼を預けることによって人は期待に応えようと、期待を裏切られまいと、失望されまいと無駄な努力をしだし、やがていつかは、自分の努力の目的を忘れてしまう。

 だからこそ、私はしないつもりでいた。あまつさえ、友にも――――。

 だがしかし、此度の一件で分かった。

 私は友をいつになく信頼していたと。そして彼女も同じように私を信頼していたと。

 私があの日怒った理由――、それは彼女に私の持論を否定されたからではなく、彼女に期待を裏切られたと、そう言われたことに対して憤慨を覚えたのだと。

 私はいてもたってもいられなくなり、すぐさま四畳半の床を立ち上がった。

 ただの木を無造作に釘ではっつけた机が揺れ、その場にあったお茶が溢れる。

 そのことさえも気に留めず、私はすぐさま友の元に向かった。

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