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諧謔自虐伝  作者: 長月ゴルゴンゾーラ
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006


    ◆◆◆


「――だから、君の作品は傑作なんだって。もっと胸を張ってもいいんだぜ?」

 私の友人、釘波友は熱く語った。

「胸を張るって……そりゃ、編集者のお墨付きはありがたいけど、こうして今の現状を見ればわかるだろ」

 未だ小説家志望のフリーター止まり。その事実だけで、私の凡庸さは痛いほどわかる。

 私はいつものカフェの紅茶で口を潤した。

「けれど諦めるわけじゃないんだろう? 早く友くんの小説書いてくれよ」

「書いてるよ。だから邪魔しないでくれ。君は仕事をしたらどうなんだい?」

「仕事……仕事ねー、会社のみんなが気を使っちゃってさー。『部長は働かなくていいですから〜』とか、躍起になってるのよ」

「いいじゃないか。いい部下を持ったな」

「そうだけどさ〜。なんかこう、今までの当たり前が全部なくなったからムズムズするんだよ。こう、自己同一性の危機ぃ〜……みたいな?」

「――それで私に当たるのか」

「大当たり〜♪ いやあ、さすがボクの親友だね。全てお見通しってわけか」

 友は軽く私の背中を叩いて、

「ま、あんまり邪魔すると君も怒るだろうから、ボクはこれにてお暇させてもらうよ。会計は勝手に済ませとくから」

 持っていた財布を示した。

「サンキュ」

 私は席を離れた友に、手だけ振って挨拶し、執筆作業に戻った。

 私はこの日のことを一生後悔している。

 あの日画面を見ずに、もっと友を見て話しておけば――、

 凶暴な友が力弱くなっていたことに気づいていれば――、

 伝えるものも伝えられたというのに。


    ○○○


『――おかけになった電話番号は現在、電源が入っていないか、電波の届かないところにあります。ピーっという発信音と共に、お名前と、ご用件をお伝えください』


「――は?」

 一週間後、私は友に連絡を取ろうとした。

 しかし音沙汰はまったくなかった。

 何か起こったのか? もしかすれば――その予想が外れていうることを願って、私は彼女のマンションに向かった。


 着けばそこはもぬけのからだった。何度チャイムを鳴らしても、答える気配はなく、隣人に聞いたところ、つい先日引っ越しをしたそうだ。

 あり得ない。あの友が私に何の連絡もなしにそんなことをするわけがない。その確信ともいうべき、信頼を胸に友を探す。


「――あの、友知りませんか? ……はい。釘波友です。モデル体型で、見てくれと外面だけはいいあいつです」

 まずは周囲の人に聞いてみた。

 彼女のもと隣人、カフェのおじさん、しかしどれも満足のいく回答はなかった。

「――あの、釘波友っていう人、この病院にいませんでしたか……? 知り合いなんです」

 次に病院をあたってみた。かかりつけの病院まではわからないから、手当たり次第だ。

 まずは市内、県内、と枠を広げ、彼女の所在を明らかにしようとした。

 しかし、プライバシーの問題も重なり、これも満足のいく回答はなかった。

 そして私は最終手段、彼女の母親に連絡することを決心した。

 生まれた頃から上京するまで、ずっと私の面倒を見てくれた叔母さん。

 両親がいない時は一緒に泊めてもらっていたっけ。懐かしい。

 しかし同時に、かけてもいいのかと戸惑った。

 彼女がなにも伝えないで消えたのは、そういうことではないのか。

 これだけ探しても見つからないのは、そういうことではないのか。

 ……いやな想像を頭を振って掻き散らした。

 そうだ。友はそんな薄情なやつじゃない。

 意地の悪いやつで、いけすかないやつだが、義理には固いやつだ。

 きっと今ごろスマホを無くしたとかそういうことで騒いでいるんだろう。

 しょうがない。ここはひとつ叔母さんに伺ってみるか。

 私は弱々しく、その番号を取った。

「――あの、叔母さんですか? お久しぶりです。――そうです。軽井沢です。はい。今日は聞きたいことがあって、お電話したのですが……――あ、ありがとうございます。それで――――友はどこですか?』

 私は震え声で、その答えを聞いた。



    ○○○


「いやあすまんね〜。ほんとうに面目ない」

 結局、友は叔母さんの家――実家に帰省していた。

「お前……心配したんだぞ。少しは連絡ってものを――――」

「あれえ? 軽井沢くん、ボクを心配してくれたのかい?」

「――――っ」

 勝ち誇った顔で友は聞き返した。なんだかとても悔しい気分だった。

「あのなあお前。実家に帰るなら連絡はするべきだ。マンションに行っても、もう引っ越したって聞いたし、その上――」

 今までの苦労を吐露する中、〝その時〟は突然だった。

「――もうボクは長くないからね」

「……は?」

 私は覚えのある衝撃を受けた。それは彼女の死亡宣告と同じものだった。

「いや、ちょっと待て。長くないって、まさか悪化したっていうのか?」

「うん。もうボクの体……あんまりもたないってお医者さんが。それで、もう治療は諦めて、残りの余生を過ごすことに決めたんだ」

「――っ。でも。治療すれば何か変わるかもしれないじゃないか。それなら……」

「無理なんだよ。それに、もともと治療は諦めてたんだ。君に再会したあの日から、ボクはホスピスに切り替えていたんだ」

「ホスピス……」

 ホスピス。私はその言葉を聞いたことがある。

 別名終末医療。後が少ない患者の緩和ケアだけをし、残りの人生を後悔しないよう過ごすための選択。

 薬や治療で寝たきりやずっとしんどい思いをするなら、という発想のもとで生まれる最後の治療法。

 友がその選択するということは、もはや残された道はないということだった。

「――そんなに暗い顔するなよ。もう後が少ないのは承知の上だったんだ。ほら、今日はもう遅いし、泊まっていきな」

 私はしばらく言葉を忘れた。


    ○○○


 夜が明け、朝食の片付けをしているうちにあることに気づいた。

 それは叔母さんが老いていることだ。

 家が隣ということもあり、小さい頃はよく遊びに行っていた。

 ……そういえば、両親が他界した時は、天涯孤独の身になった自分を匿おうと、養子にしようとしていたか。

 友は叔母さん似で、美人のDNAは叔母さんから受け継いだのだろう。

 また、叔母さんの若さは未だ衰えることもなく、今でも〝若い奥さん〟で十分通る。

 しかし小さい頃から見知った私からすれば、手のしわやほうれい線がうっすらと浮かび上がっているのが見え、少しセンチな気分を覚える。

 感傷に浸っている最中――、

「軽井沢くん。しばらくここに泊まっていきなさい」

 叔母さんはひょんなことを言い出した。

「へ?」

「へじゃないでしょう。あなた、友くんの親友、でしょ? 最後の時ぐらい過ごしてもいいと思うの。だってあの子はもう……」

 その言葉の続きを濁した。

「どうする? 無理にとは言わないけど、あの子も、あなたがいれば安心すると思うわ。ここは叔母さんのお願いと思って……」

 泣きそうな顔を見て、私は何も言わず小さく頷いた。

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