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諧謔自虐伝  作者: 長月ゴルゴンゾーラ
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001

 どうも、たいラ爽です。

 遺作をここに投げて行きたいと思います。

 13:00に毎日投稿するので、優しい目で見守ってやってください。

    ◆◆◆


 夜五つ、夏の豪雨の中、少女は茂み越しにポツンと佇む一軒家に目をやりました。

「見つけた」

 霊力反応の場所はここで間違いないはず。

 少女は気配を悟られないよう、自身の霊力を潜めて家に近づきました。

 霊力――それはこの世の生きる者、死んだ者に備わった潜在的な力。

 どこにでも存在し、誰もが持つべきものです。

 例えるなら、天から与えられたギフトのよう。

 死者は身を焼かれても、転生するまでその身に留まり続け、徐々に徐々に、現世から離れていくのです。

 霊力の役割は、人が現で死に、再びこの身を落とす――生まれ変わるその時のために、必要な大切なエネルギーです。

 霊力があることで、人は輪廻転生し、またいつかこの世に舞い降りることができるのです。

 ――が、それはあくまで基本の話。

 あまりにも多すぎたり、少なすぎたりすると、死後悪霊に転じたり、生まれ変わりに必要な霊力が足りず、魂ごと消滅する可能性があるのです。

 それを防ぐのが霊媒師の使命です。

 先ほどから怪しく近づく少女も霊媒師のひとりです。

 霊媒師は、霊力が少ない人には霊力を集める術を、多い人には霊力を分散する術を教え、彼らの将来を守るのです。

 彼女たち霊媒師の役目はそれだけではありません。死して悪霊に転じた魂も祓わなければならないのです。悪霊はこの世に災を生み落とし、人類の、世界の脅威となり得るのですから。

 今回の少女の任務は、東京郊外の山奥に鎮座する巨大な霊力の調査。霊媒師連盟より、直々に通達を受けたのでした。


「――だがどうして只の人間がここまでの霊力を……?」

 霊力が多い生者でも、ここまでの霊力――、大悪霊に転ずる危険性まで孕むほどの量は極めて稀です。百年に一度といや三百年に一度といってもいいかもしれません。

 少女は思わず身震いしました。雨風の寒さからではありません。此度の任務の重大性を再確認したからです。

「右目が、疼く……」

 ……聞けば〝そういう年頃〟なのかと疑いたくなりますが、違います。

 これは彼女に宿った赤色の眼『(くれない)』の影響です。彼女の目は霊力が高いものにより強く反応し、代わりに莫大的な霊力をその身に宿します。彼女の家系はこの眼を世襲的に受け継ぎ、以降、霊媒師連盟の大黒柱として奔走しているのです。

「生き霊……? しかし、生き霊ならもっと違う色をするはず……、兎に角。警戒は怠ってはいけません……!」

 霊力には『色』があります。生者は緑を、死者は赤、生き霊はこの中間を表し、悪霊は夥しい黒を放ちます。

 少女はびしょ濡れになりながらも、確実に一歩一歩を噛み締めます。

 その度に強くなっていく震えを、武者震いだと言い聞かせました。

 ようやくその家のドアの前につき、小窓から中を覗けば、家には一縷の影。

 彼女はドアノブにそっと手をかけました。

「動くな! お前を除霊する‼︎ ……ってあれ?」

 少女が勢いよく侵入すると、そこには男がいました。年齢は三十代後半でしょうか。身長は一八三センチくらい、髪はボサボサ、目の下にはクマも酷く、顔も細々とやつれています。

「…………あなたは誰ですか?」

 男は突然の来訪者に訝しげに質問しました。


    ○○○


 執筆作業が終わって、床に就こうとすると、謎の眼帯少女がやってきた。どうやら僕を祓いに来たらしい。

 今日は例を見ないゲリラ豪雨だし、こんな山奥で少女ひとりを置くのもあれだろうと思い、取り敢えず中に入ってもらった。

 ちなみに、僕の身なりがあまりに酷かったので、お風呂にはいって、髭も髪を切り揃えた。

「えっと……服は着替えたほうがいいと思うよ? 男物だけど……それでも寒いよりはマシでしょ」

「結構です。私たちの服は特別な素材でできているので、これしきのこと……」

 少女の着ている服は、セーラー服にスカートと、これまた中学生のような身なりで、しかしよく見ると、水滴などは全て弾かれており、彼女自身、寒さに震えているわけではなかった。

「――でも、髪ぐらいは拭こうか? 服は良くても、髪はダメでしょ。――ほら、タオル」

「…………ありがとうございます」

 少女は意外そうな表情で、タオルを受け取った。

 …………それにしても、綺麗な子だなあ。

 髪を拭く少女を見て、僕は思った。

 漆のような艶やかな黒髪に、目はぱっちり、鼻立ちだっていい。

 唯一欠点をあげるなら、その控えめな胸だろうが、別に希望がないわけじゃない。

「――五百井亜里沙(いおいありさ)です。霊媒師連盟より来ました」

 その少女は、自分の小さく自分の名前を言った。しかし――、

「えっと……じゃあ君は霊媒師?」

 ひとつ引っかかる部分があった。

「はい。私は五百井家当主にして、霊媒師の要、中枢人物です」

 亜里沙と名乗る少女は、自慢げにない胸を張った。

 待て待て。霊媒師? 霊媒師連盟? こんなちっこい少女が? そんなの一択で――、

「厨二病じゃないか…………」

「んなっ!」

 思わず声に出てしまった。そっち系の人は指摘したら怒るってのに……。

「しっっっつれいな人ですね! 私を厨二病と言ったのですか⁉︎ 私は由緒正しき、霊媒師の家系、五百井家の後継者ですよ!」

 ほーら怒った。顔も真っ赤にして、激おこぷんぷん丸じゃん。

「あんな、現実逃避しているだけの人間と、私たち霊媒師を一緒くたにしないでください!」

「いやその言葉はおよそ多方面から反感を買うから止めよ……?」

 僕だって経験がある。何も恐れることはないんだ。

「その目をやめてください! 聖母のような慈愛を含んだ視線はなんですか⁉︎ いっつもそうです! 私は霊媒師の仕事をしているだけなのに、どうして大概の人はそう言う目をするんですか⁉︎」

 彼女の主張――というより愚痴は、もはや嘆きに近かった。

「いいですか! 私は誇り高き霊媒師です! 私はあなたの過剰な霊力を抑えにやってきたのです!」

「え? 霊力? いやほんとオカルト好きなのは否定しないけど、そう言うのは自分だけの趣味にしといたほうがいいと思うよ?」

「ムッキー‼︎ もうわかりました! あなたが私を信じないのなら、こちらにだって手があります‼︎」

「いいよ。無理しなくて。それより今日は遅いんだ。泊まっていきなさい」

「あ、ありがとうございます――ではなく! 話を逸らさないでください! いいですか! 今から降霊術で、あなたの大切な人を降ろしてみせます。それを見ても尚、私の存在が嘘というなら、その時は覚悟してください!」

「もうわかった……わかったから。僕が悪かった。だから今日は寝なさい。そして明日には帰るんだ」

「これだから霊力もまともに使えない素人は……今に見てください」

 彼女はいかにもオカルトマニアが好き好みそうな詠唱を並べたのち、

「――数多の魂よ。残穢よ。この者の記憶よ。命の息吹よ。確かな想いよ。……ここに、顕然せよ…………降霊。袖濡らし」

 彼女は突如光り始めた。

 人間は発光体ではないから、その表現はおかしいと理解している――が、それでもそう表現するほかなかったのだ。

 白く、淡く、脆く、切なく、けれど純粋に逞しく光り輝き、やがてそれは消失していく。

 そして現れたのは、数年前の唯一無二の友の面影だった。

 姿が似ているとか、別にそうではない。依然彼女は、平たい胸……ああいや、その辺はあいつと同じか。

 でも、背はもっと高いし、そうであったからこそ、彼女の容姿の完璧さを表したのかもしれない。

 では、どこが似ていたのか。

 詰まるところ、雰囲気など、人が生来宿す小さな意思のようなものが同じだと、そう感じせざるを得なかったのだ。

「××……」

 かつての友人が、笑ったような気がした。

「――はあ、はあ……どうですか! 今降りてきた相手は確実にあなたと深く関わっていた存在のはずです。――って。ど、どどど、どうしたのですか⁉︎」

「――――へ?」

 視界が霞む。慌てて指を目に当てると、僕はどうやら涙していた。

 どうしてだろう。彼女が死んだことなど、僕にとって彼女の生死は関係のないことであり、こうして無関心でいられることが、どれだけありがたいことなのだろうと、感謝するばかりだったというのに。

 それなのに、僕はどうして、なぜ、今こうして涙しているのだろう。

 完全に、完璧に、完膚なきまでにわからなかった。

「――はっ! ていうか私、なんてことをしてしまったのでしょう‼︎ こういった降霊術は正式な理由がない限り、やってはいけないとあれほど口酸っぱく言われているのに……」

 それはいけないことだったのだろうか、本当に心苦しく顔を歪めていた。

「申し訳ございません。私は霊媒師、その上宿を提供してもらっている身、これほどまでに強情で、傲慢な態度をとってしまったこと、深くお詫びします」

 今までの態度と一変、彼女の誠実な姿を見て、僕は少し拍子抜けした。

 涙はもうない。少し湿っているが時期に乾くだろう。

「――いやいいよ。疑って悪かったね。だからその……気にしないで」

「そんなことはできません。私は霊媒師連盟の顔。それでいて、怒りに身を任せ、術を行使した……それは霊媒師の看板に泥を塗る行為と同じです。何より、私は罪のないあなたを傷つけました」

「別に……傷ついたりなんて…………」

 ――いない。

 そう言い切るのはどこか少し難しかった。

「代わりにといってはなんですが――、いえ。どうか私に罪滅しをさせてください! 私ができることならなんでもします。家事に洗濯……どうしてもと言うなら、私のこの身も捧げましょう。……あまり痛くしないでもらえると嬉しいですが」

 刹那、頬を赤めた彼女の言葉に、僕の頭は急激に冷凍された。

「いやいいよ! ほんとに大丈夫。気にしていないから。その……うん。今日はもう遅いし寝よう。お互い疲れていたんだ。雨は明日には止むと思うから、明日には帰ってもらえばそれでいいよ」

「それでは何の罪滅ぼしにもなりません! 私はあなたにお詫びがしたいのです。何でもいいです! それとも……私じゃ、ダメですか?」

「――――」

 僕は理性の糸が切れそうになった。

 ――が、〝なけなしの意思〟と〝確固たる信条〟によって奮い立たせ、どうにか現実に戻ることに成功した。

 中学生はまずい――こんな純真無垢な子に手を出してみろ。一発でKO、即逮捕だ。それに、小さな子に乱暴するなんて、僕の〝信条〟に反する。

「…………わかった。明日朝ごはんを作ってよ。それでチャラだ」

「……そんなことで、いいんですか……?」

 彼女は肩透かしを食らったような顔をした。

「そんなことじゃない大事なことだよ。実は僕料理スキルは皆無でね……あーかわいい子に起こされてその上美味しい朝食を食べたいなー誰か作ってくれる人いないかなー? なんてね」

 早口で捲し立て、僕は心のこもっていない棒読みのセリフを放った。

 彼女はクスッと喉を鳴らし、

「わかりました。明日の朝は期待してください! とびきり美味しいものを振る舞いますから‼︎」

 快く了承してくれた。

 こうして僕の忙しない夜は始まったのである。

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