5、研究生からの昇格で初ステージ的なアレ
ゴブリン。単体ならばFクラスでも討伐可能。しかしゴブリンは、最低でも五〜六体のグループで行動する。身長と知能は小学生並だが、能力はトップアスリート並、多少の武器を使いこなし、囲まれればEクラスでも命を落とす。
繁殖力が強く、人種のメスを母体に二週間程度で子を産む。
……ってのが、息子のラノベで読んだ知識だが、
「概ね合っています」
アプリさんもそう言っている。ってことはまさか、俺も母体になる?
「可能です」
「マジか……いやダメじゃん、ヤラせはせんよ、ヤラせは!」
というわけで、ギルドの熱気に絆されて、安請け合いして飛び出したまどかは、村の危機に加え、貞操の危機に立ち向かう事になった。
「勢いで飛び出したのは良いけど、初仕事がコレって、ちょっとヘビーかも」
ガンツに聞いたが、洞窟から現れたゴブリンは、おそらく群れの一部だと見ているらしい。洞窟内に集落を作り、そこで繁殖しているのだろうと。
緊急依頼にしたのは、その集落を発見し、一匹残らず殲滅するのが目的なのだ。
「ま、片っ端からぶん殴れってこった」
ガンツの脳筋発言にちょっと呆れる。
「少し残して、逃げ帰るのを追って巣を見つけるとかしないの?」
「を?それいいな。んじゃそれで。まぁ、片っ端からぶん殴っても、討ち漏らしも出るだろ。そいつに斥候を付けりゃいい。とにかく俺はぶん殴る!」
コレでも一応ガンツは、今回の現場指揮官である。何故こんなのが……と思わなくもないが、ギルマスなりの考えがあるんだろう……いや、あるよね?
「心配すんなまどか。綿密に練った討伐と違って、緊急依頼ってぇヤツは現場での状況判断で動くしかねぇ。こういう時は場数踏んだ俺みたいなヤツが適任なのよ」
どうやら不安が顔に出ていたらしい。ガンツが少し真面目な顔で言った。
「まぁ、そう言われたらそうかも」
「先ずはゴブリン共をビビらす。片っ端からぶん殴って、こいつらやべぇ!と思えば、巣に逃げ帰るだろ。最初の勢いが大事なんだよ」
「なるほどなぁ。んじゃ、派手に暴れた方がいいわけだ」
「あぁ。テストん時みてぇな手加減はいらねぇ。全力で行ってこい!」
「てかげ……いや、してないしてない!」
「隠すな、隠すな。大方六〜七割ってとこだろ。まぁ、巣が見つかりゃもうひと仕事あるからな。余力残して八割くらいで暴れてくれ」
(いやぁ、テストの時は四割程度だったんだけどなぁ)
「……わかった」
見たところDクラス以上で参加しているのは十人程度。斥候を含めても十五人に満たない。
「現状報告。ゴブリンメイジ、アーチャー、ソルジャーを確認。総数百二十六。魔法による殲滅を推奨」
「アプリさん、魔法ってまだ戦闘で使ったこと無いから、今回は無理だよ。無し無し」
「代替案として、魔闘士のスキル【マナ収束】を推奨。打突時の拳への衝撃を八割減、相手ダメージを五割増。拳に込めるマナの量により、その割合も変化します」
「身体強化系か、なるほど。それで行こう」
「グギャ?」
「グキギャギャ」
「ギャギャグキギャ!」
醜悪な顔、くすんだ緑の肌、痩せているのに腹だけぽっこりしている。何故だろう、人が相手だと命を奪う事に躊躇いがあるが、相手が魔物だからか、貞操がかかっているからか、ゴブリンに対してはそれが無い。
「来るぞ!」
一斉に躍り懸かって来るゴブリン。手に持つ棍棒や錆び付いた短剣などは、過去に襲った冒険者から奪ったものだろうか。中には弓で射掛ける個体も居る。中々連携が様になってるじゃないか。
身体強化のせいか、職業的なスキルなのか、ゴブリンの動きが遅く見える。飛来する矢も、掴める程度の威力だ。
「せいっ!」
「どバーン!」
試しに撃ち込んだ拳で、ゴブリンの一体が爆散する。予想以上の威力に、
「うぇぇ、ちょっと引くわ」
「やるじゃねぇか!お嬢!」
「こいつは負けてらんねぇな」
「そこにシビれる憧れるぅ」
呆気に取られるまどか。それとは裏腹に冒険者達は歓喜にテンションが上がる。
(おっと、呆れてる場合じゃないな)
まどかは無駄の無い動きで剣を躱し、拳を撃ち込み、矢を掴みゴブリンに突き刺す。魔弾を躱し、棍棒を振り下ろすゴブリンの手首を掴んで背負い投げ……
「ブチッ!」
「え?」
地面に叩き付けたつもりだったが、まどかの手には棍棒を握ったゴブリンの腕だけが残っている。
「パーン!」
遥か前方には、矢を番えていたゴブリンが、片腕のゴブリンと共に弾き飛んでいた。
「これは予想外」
どうやら投げの勢いが強すぎて、ゴブリンがちぎれてしまったらしい。まどかは棍棒(ゴブリンの腕付き)を 魔弾を放とうとするゴブリンに投げると、砲弾の如く撃ち抜いた。
(まいったなぁ…。力加減が難しい。全力なんて出そうもんなら、下手したら周りの冒険者にも被害が出そうだ)
現時点でも全力ではなかった。いいとこ七割も出していないだろう。【マナ収束】の上乗せが、予想以上だった。それからまどかは試行錯誤の結果、四割の力にとどめる事にした。
「よし!ひとまず戦闘終了だ。後は斥候に任せて休息を取れ」
肩で息をしながらガンツは、冒険者達に指示を出す。怪我人も多少居るが、命に関わる程ではないようだ。
「んじゃ、休憩がてらステータスチェックでもするかね」
「お嬢はまだまだ余裕そうだな」
「ん?あぁ、途中でペース配分変えたからかな」
「その割にはゴブの半数はお嬢がヤったようだが?」
「あぁ……気の所為だよ気の所為」
ヒラヒラと手を振り、まどかはステータスを開く。
名称 まどか
種族 亜人
職業 魔闘士
HP 700/700 MP 800/850
Lv 12/70
状態 通常
魔法 火炎3、雷鳴1、氷雪4、水5、風5、光5、精神2、補助2
固有スキル カリスマ
スキル 魔力制御、魔法増幅、倉庫、マナ収束、闘気操作、投擲、格闘術、気弾
EXスキル インストール ※使用不可
称号 転生者、格闘家、一撃必殺
(なんか増えてる。レベル上限も変わってる。無職じゃ無くなったからか?)
アプリさんによると、戦闘中に力の制御が難しくなったのは、急激なレベルアップによるものらしい。称号の【一撃必殺】は、相手を一撃で倒すと、経験値上乗せの恩恵がある……って、今までの戦闘、ほぼそれなんだけど。
それにしても、経験値って概念があるのね、数字に出ないけど。
「経験値は数値化出来ません。レベルアップに伴い、同じ魔物から獲られる経験値も減少したり、同じ魔物でも、相手の能力によって変動があります」
「それは数値化出来ない理由にはならないだろう?」
「レベルアップにも個人差があるのです。同じ職業、同じ経験値でも、人によりレベルが違います。これはおそらく、レベルアップには経験値以外の条件があると推測されます。従って数値化する事に意味がありません」
「条件?」
「脅威度……とでも言いましょうか、害のない魔物を倒し経験値を獲ても、レベルアップに至りません。人々の生活に脅威となる魔物を倒す事が重要だとの解析結果が出ました」
「なるほど、ゲームのようには行かないと。レベル上げ目的で魔物狩りしても、相手が無害なら無駄な努力となると」
「肯定です」
「そっかぁ……有用なスキルが入ったらアプリさんが教えてくれるし、レベルアップは戦闘中の感覚である程度わかる。こまめなステータスチェックも、あまり意味がないな……よし、もうチェックしない。めんどくせぇし」
「……」
「いや、たまには見るよ?ってか、確認が必要な時は、アプリさんが教えてよ」
「了解しました」
「さてと、んじゃ今のうちに魔法について教えて」
「魔法とは、マナを操作し、効果をイメージする事によって発動する現象です」
「……え、それだけ?」
「この世界の大半を占めているのは魔術です。魔術は魔法の摂理を術理として解析し、公式化する事により、陣や詠唱を用いて発動する術です」
「ふむふむ、魔法はイメージ、魔術は汎用型」
「概ね合っています。魔術は魔法効果を実現する為に、複雑な陣と長大な詠唱を必要とします。現在使用されている魔術は、旧魔術を簡略化し、より汎用性に優れたものですが、効果は数段下がります」
「なるほど」
「名称まどかが使用出来るのは魔法。魔術とは発動速度、威力、マナ消費対効果共に圧倒的に上位互換です。代わりに使用難易度は跳ね上がりますが」
「そんな難易度の魔法を いきなり実戦で使わせようとしたよな?」
「名称まどかならば可能だとの判断です。イメージ力がこの世界の人種と異なります」
「とは?」
「知識の差です。名称まどかは、雷は電気、炎は燃焼、氷は零度以下の温度低下というのはご存知ですね」
「あぁ、常識だな」
「この世界の人種は、それらを神や精霊の御業と認識しています。この世界の常識として。雷のメカニズムを放電現象などと理解出来る者はいません」
「マジか」
「故にイメージの根本が違うのです。より正確に、科学的な現象として理解出来る名称まどかならば、魔法の発動は容易いかと」
「ほう、んじゃ……例えば指先にライター程度の炎を……」
「ボッ!」
「あ、出来た。じゃあこれを松明くらいに……」
「シュボゥ!」
「おぅ、炎がでかくなったな、なるほど」
「お嬢!ちょっといいか?斥候が戻った」
(おっと、練習はお預けか……)
どうやら巣を見つけたらしい。洞窟の入口は三箇所、それらは内部で繋がっているようだ。中央に一際大きな空洞があり、そこがゴブリンの集落になっている。
「お嬢の意見を聞きたい。俺らいつものメンバーが思い付かんアイデアがあるかもしれんからな」
「えぇー?在り来りな策しかないけど……横穴の二つを塞いで、煙で燻すとか、火を放り込んで蒸し焼きとか」
「……顔に似合わずえげつないな」
「そ、そうかぁ?」
「だがまぁ、こっちの頭数が心許ねぇし、分散は避けてぇから、二箇所塞ぐのは賛成だな。土魔術使えるヤツ、頼めるか?」
「うっす!」「じゃあもう一つは俺が」
「よし、それぞれ斥候と護衛を連れてけ」
「「了解!」」
「ガンツさん、さっきの嬢ちゃんの煙で燻すってのは、良いと思うぜ。ちょうどそこに、ゴブリンが嫌がる煙を出す木がゴロゴロある。アレを使えばえげつない煙が充満するぜ」
「ほう、使えるな。あとは穴から出てきたヤツを片っ端からぶん殴ると」
「結局それかい!」