2、テンプレ的なアレ
「おい!女、ちょっと来いや」
「やめてください!何するんですか!」
少しウトウトしかけたまどか(辰巳)だったが、表の声にハッと目を覚ます。
「何するっておめぇ、ナニだよ。ちょっと相手してくれりゃいいからよ。金なら払うぜ。うっひゃっひゃっひゃっ……」
(あー、外が騒がしい。これさっきの村人Aが絡まれて、俺が助けるパターンのやつ?めんどくせぇ……)
(いや待てよ、別に俺じゃなくても良くね?なんか騎士とか冒険者風のヤツとか、その薄汚れた手を離せ!とか言って颯爽と登場するパターンだよな?)
「だれか、だれか助けてー!」
「呼んだところで、誰も来やしねーよ!おとなしくしろ!」
「いやーっ!」
(ほら、そろそろ……)
「……」
(引っ張るなぁ……)
「……」
(え?ホントに誰も来ないの?)
「……」
(いやマズイって。俺の穏やかな生活が……)
「……」
(ちっ、あぁもう!めんどくせぇ)
「ちょっと待った!……方がいいと思う。かも?」
「んぁ?なんか言ったか?ほーぅ、可愛い姉ぇちゃんじゃねぇか。おめぇが相手してくれんのかい?」
(あーあ、出ちゃった……しゃあねぇか……)
「嫌がってるみたいだし、やめときなよ。みっともないぞ?」
「あ゛ァ?」
「まどか!来ちゃダメー!」
「ほぅ。まどかちゃんっていうのか。なかなか威勢がいいが、そんな女を屈服させんのがまたたまんねぇ。売り飛ばしてもいい金になりそうだな……まぁその前に、イイ声で泣きやがれ!」
(あー、雑魚のテンプレだね……ってか村人A、こんな簡単に名前バラすんじゃねぇよ……変に拗れてお尋ね者的なやつになったらどうすんだよ!)
「一応聞くけどさぁ、黙って帰ってくれたり……しないよね?」
「はぁ?てめぇナメてんのか?ここいらじゃ俺様に逆らうヤツなんかいねぇんだよ。てめぇも黙って来やがれ!」
「あー、そうですか……(なんかこっち飛ばされて、色々改造されたんだよなぁ俺。かいなぢから高いって言われたし)まだこちらの世界に慣れてないんで、試しにちょっと殴ってみていいですか?」
「試しに殴るだぁ?笑わせんな!上等だ小娘、俺様に逆らったヤツがどうなるか、教えてやんよ」
ナイフを出す俺様さん。あ、コイツもなんか名乗ってたけど忘れた……まぁいいだろ、興味ないし
「切り刻んでやる!」
「はぁ……んじゃ、殴るね。痛かったらゴメンね。せーのっ!」
「どパーンっ!!」
圧縮された空気が破裂するような音。細くしなやかな指を痛めないように、軽いジャブ程度のパンチ。それがソニックブームを起こし、俺様さんとの間に、衝撃波を生んでしまった。
◆辰巳は元の世界で子供の時、所謂いじめられっ子だった。
それに気付いた父親が、
「男だったら、やられっぱなしでナメられてんじゃねぇ!」
という理由で、半ば無理矢理空手を習わされた。
(子供のケンカに空手を使うのはどうなん?)
と、子供ながらも冷静に思ってはいたが反論せず、自分がやりさえすれば、難を逃れられる……という、いじめられっ子特有のスルースキルが成長著しい少年は、言われるがまま通うのだった。
黒帯手前の、茶帯に昇段する頃には、いじめられる事は無くなったが、人に暴力を奮う事に抵抗があった少年は、通う理由も無くなったので、空手を辞めてしまった。
以来、大人になるまで(大人になっても)、ゲームとアイドル、時々グルメに没頭するヲタク道を極めたのだ。
まさかここに来て、昔取ったなんとやら……を発揮することになろうとは、辰巳本人も思わなかっただろう。
(ふむ。自分的には、二割程度の力だと思うんだけど、普通乗用車の交通事故並だなぁ…俺様さん、無事か?)
「敵対者情報、状態 戦闘不能」
あぁ、アプリさん、そこも教えてくれるのね。
「え?あ、へぇ……ま、まどか、強いのね……冒険者なの?でも服は制服っぽいし……まさか騎士団の人?」
「ん?今のところ無職ですが、なにか?」
「え?……そ、そう……だったらウチのギルドに来ない?って言っても私 下っぱの雑用なんだけど、ギルマスが面倒見が良いから、まどかも雇ってくれるよ!なんてったって強いし!」
(だから村人A、その流れはやめろ……穏やかな生活を壊すな!)
「う、うーん……考えとく……」
「やったー!決まりねっ!!」
(おい村人A、この場合の「考えとく」は、大人の世界では遠回しの否定だ!空気読め!)
「ギルドに所属すれば、職業の選択が可能です。また、職業についている場合、変更することも出来ます」
(アプリさん、あんたもか……働かざる者食うべからずってか?)
「ギルドに関する情報提供と可能性の示唆です。他意はありません」
(そうだろうけど、情報くれるタイミングってあるじゃん!大人としては、深読みするじゃん!)
「それはそうと、まどか、コイツの所持品、探ってみない?」
「うーん、とりあえず身元くらいわかるかな?一応持ち物とか確認してみるか」
ナイフ 攻撃力15
革袋 銀貨15枚
「ふむ、身分証的なやつは無いな。てか、貨幣価値がまったくわからん」
「結構持ってたね、まどかラッキー!」
「え?ラッキーって、追い剥ぎじゃないんだから。いったい どういうことだよ?」
どうやら、この手の盗賊、チンピラ相手の戦闘時は、絡んだヤツの所持金など、取られても文句は言わないのが暗黙の了解らしい。
まぁ、言われてみれば、絡んだ相手に返り討ちにされて、金まで取られたなんて、メンツだなんだと気にする輩が言えるはずも無い。
そこで騒ぎ立てれば、恥晒しもいいとこである。黙って「無かったこと」にするのが最善である。
ちなみに、貨幣価値は
銀貨1枚で定食屋で満腹に食える程度、酒場でどんちゃん騒ぎしても3枚で十分らしい。
(とりあえず、数日の食費にはなるな。それにしても、判断基準がガテン系のおっさん丸出しだなぁ……)
転生時、いろいろ身体を魔改造されたようだが、以前と同様に腹は減るようだ。【食】というのは、元の世界でも楽しみの一つだった。美味いモノを喰う、それだけで元気になれるし、仕事にも身が入るってものだ。
喰う必要のない存在に転生しなかったのは、まどか(辰巳)にとって、僥倖とも言えるだろう。
「(とりあえずメシ屋でも探すか……)じゃ、じゃあ、私はこのへんで……」
「え?ちょちょ、ちょっと、ギルド行かないの?」
「ん?あぁ、私そういうの、いいんで……」
「だって無職なんでしょ?アテはあるの?あ、もしかして、すっごいお金持ちが、旅行とかしてる感じ?にしては、お付の人も居ないみたいだけど?」
「いやいや、一般庶民だけど。冒険者ってほら、魔物との戦いに明け暮れる、ごっついおっさんとかの仕事でしょ?(いや、おっさんだけどさ、中身は)私にはちょっと……」
「そうとは限らないわよ。情報収集や調査の仕事もあるし、女性の冒険者も居るわ。まどかなら、即ランクアップすると思うけどなぁ」
「いやー、遠慮しとくよ」
意外に執拗い村人A。ひょっとして、紹介料的なものがあるのか?まどか(辰巳)は、粘着する村人Aに、呆れるしか無かった。
◆まどか(辰巳)は村人Aに連れられて、ギルドへ来た。そう、ギルドだ。
たぶん俺が冒険者登録するのを渋るもんだから、なんとか誤魔化してギルドに連れて来る作戦に切り替えたようだ。
助けてくれたお礼に、ごはんを奢る!とかなんとか言ってきた。とりあえずギルドの建物にさえ入ってしまえば、あとは「なぁ、いいじゃねぇか。ここまで来たって事は、そっちもその気だったんだろ?」みたいな、ホテルに連れ込んだナンパ男の手口でなし崩し的に登録って流れなのだろう。
ただまぁどう見てもレストランや定食屋の雰囲気ではない。武装したヤツらがそこら中に居るし、何しろギルドって看板に書いてあるし。もう少し上手い口実とか誤魔化し方もあっただろうに……
ちなみに、なぜ俺が異界の文字が読めたかというと、アプリさんの言語補正のおかげだね。でなきゃそもそも会話とか出来ねーし。ほらそこ!鬼の首獲ったみたいに上げ足とらないよ。
(めんどくさいけど、騙されてやるか。一応ギルドのシステムも知っときたいし。穏やかな生活は一旦保留、とりあえずある程度は稼がなくては……)
「おすすめ料理二人前、それから蜜葡萄のジュースね。あと、ギ……マスターいる?」
ねぇ、今ギルマスって言おうとしたよね?もうなんか色々イタいよ。無理するな、村人A。
◆実の所、俺は食い物にはうるさい。元の世界でアイドルのイベントがない日は、美味いものを求めて食べ歩きをしていた。
ラーメン屋だけで一日七件廻った事もある。イベントで集まったヲタ仲間を美味い店に連れて行くのも楽しみの一つだった。
仲間を連れて行くからには、プラスアルファの情報も欠かせない。
この店はプロスポーツ選手の○○行きつけの店だとか、女優の○○がよくお忍びで来るとか、公表されてないけど、実はあそこの店は、アイドルの○○の実家だとか……
俺達が推してるアイドルグループのブログに、○○を食べに行ったよ!なんて画像が載っていたら、すぐに店を特定出来るくらい、飲食店情報は密度が濃かった。
(まぁ、無闇にそれを言って、ストーカー行為されちゃ堪んないから、言いふらす事はしないけどね。でも、そういう店って、みんな行きたがるんだよなぁ……一致活ってやつ?)
おかげでイベント関係なく、家族旅行や会社の出張でウチの県に来る仲間から、美味い○○が食いたいけど、どこがいい?という問い合わせメールがよくきたものだ。
それに応え、店の予約から地図の送付、値段交渉までやるのだから、その度にお土産がどっさり届く。同じ店ばかりでは芸が無いので、常に新しい情報を仕入れに食べ歩く。
「たっちゃんの情報にはハズレが無い」
と言うのが、仲間達の評価だった。
……などと回想していたら料理が運ばれて来た。ふむ、どうやらこの国は麦、芋、豆が主食らしい。味付けは塩、ハーブ、味噌っぽいもの、香辛料、そんなとこかな。素朴な中に、素材の美味さが引き立つ。どこか懐かしい味だ。
「へぇ、この野菜とお肉を煮込んだやつ、美味しいな」
「あぁ、それは『ガニメ』っていうの。郷土料理だよ」
「……どっかで聞いたような(ほぼ筑前煮だな)ウチの田舎にも、似たような料理あるから、ちょっと懐かしい気持ちになったよ」
「お気に召しましたかな?田舎料理ですが、今日はいい食材が入りましたので」
ん?シェフのご挨拶?って、おいおい……いくらなんでも……