13、MとM
本日三話投稿
レッサーワイバーン。
赤土色の身体に翼、全身鱗に被われた竜種、両翼三メートル程。
竜種の中では最下位だが、そこいらの魔物とは比較にならない脅威である。一度目撃されれば、国軍の部隊が討伐に赴き、上級冒険者が非常招集される程の強者なのだ。
そのレッサーワイバーンが今、ホバリング状態でこちらを見ている。表情の読み取れない、縦に割れた爬虫類系の目、鋭い牙を覗かせる頑丈そうな顎は、ひと噛みで獲物を死に至らしめる。爪は鋭く、引っ掛けられただけで剣の一閃に値するだろう。どうやらメグミを餌として認定したらしい。
メグミは圧倒的に不利だ。川の流れに翻弄される筏の上では、足場も悪く集中力もかいてしまう。ただ矢を射ただけでは、翼の風圧で軌道を変えられ、矢は当たらず吹き飛ばされてしまう。仮に運良く矢が当たっても、頑丈な鱗に阻まれ、傷一つ付けることは難しいだろう。
水の上では樹木魔術の発動も難しい。下手に使えば、筏を媒体にしてしまう為に足場が崩壊し、川に投げ出されてしまう。
「どうする……」
メグミは、思考する。平原での戦闘経験は役に立たない。今の現状で出来うる最善の策を……
本流に乗った筏は、岸までは距離がある。ここでやるしかない。
メグミは筏の上で片膝立ちになり、最小限の樹木魔術で蔦を足に絡め、なんとか身体を安定させた。矢をつがえて呼吸を調える。それを見たレッサーワイバーンは、翼を少し畳むようにして、メグミに向かって一直線に降下してきた。
正対するメグミ。その腕に力を込め、弓を引き絞る。
「来るよ、メグミ、ねぇ、来るよ来るよ来るよ!」
騒ぐティンクの声ほ、メグミの耳には入って来ない。極限の集中力だ。一気に距離を縮めるレッサーワイバーン。
「まだだ……」
メグミを包む緊張感。
「グオォォォーッ!」
獲物を捕えようと、大きく口を開くレッサーワイバーン。
「今!……ビシュン!!」
メグミは一条の光りの如く矢を射る!レッサーワイバーンは、僅かに身体を捻る。矢は頬を掠め、翼を根元から引き裂いた!
レッサーワイバーンはバランスを崩し、錐揉みしながら川に墜落した。高波のような衝撃に、筏は木の葉の如く翻弄され、バラバラに散った。
「ワップ……」
川に投げ出されたメグミ。流れに翻弄されるメグミの革鎧の襟を掴み、必死に引っ張るティンクだが、ティンクの力ではメグミを引っ張ることは出来ない。
「メグミーーっ!」
流されるメグミを追いかけることしか出来ないティンク。必死に踠き、岸へ泳ごうとするメグミ。流れの速さと革鎧の重さで上手く泳ぐことが出来ない。やがて力尽き、気を失ってしまった。
「しっかりしてよ!メグミーーっ!」
「ザッバーン!グルォーッ!」
最悪の事態だ。川に墜落したレッサーワイバーンが、水面から飛び上がった!片翼は千切れかけボロボロだが、魔力を放出しながら飛んでいる。
レッサーワイバーンはメグミをその足で掴み、岸へと降り立つ。翼を乾かし、ゆっくりと餌を貪ろうという魂胆だ。ティンクは岩陰に隠れ、震えながら見守ることしか出来ない。レッサーワイバーンは悠然と身繕いを終え、ジロリと餌を見据えその口を開けた。
「もう、ダメだ……」
ティンクが目を伏せた……その時、大きな力のうねりが飛来する。
「炎陣!」
紅く燃ゆる火の玉が、レッサーワイバーンを撃ち抜いた!レッサーワイバーンは翼を焦がし、首はありえない方向へと折れ曲がり、舌を出した状態でピクリとも動かなかった。
◆メグミは意識を取り戻し、目を開ける。まだ川に浮かんでいるのかと思ったが、周りは石の壁。いつの間にか革鎧を脱ぎ、寝かされているらしい。身体は重く、頭はクラクラする。なんとか寝返りを打つと、こちらに背を向けて暖炉に薪をくべる人影があった。
不思議な女性だ。メグミの目に映るのは、長い黒髪、元の世界で着ていた制服のようなものを着ている。ここは日本?でも自分の耳を触ってみると、やはり穂長のエルフ種の耳。枕元には見覚えのあるエルフィンボウ。そうだ、私、川で溺れて……
「けほっ、けほっ……」
まだ肺に水が入っているのか、息を吸うと咳き込んでしまう。
「ん?気が付いた?」
黒髪の女性が振り返る。あれ?この子……テレビで見たことあるかも……でも、まさか、ね……メグミは身体を起こそうとして、また咳き込んでしまった。
「ほらほら、まだ寝てなって」
「あ、あの、ティンクは?」
「てぃんく?あぁ、あの妖精さんか、外で焼いてる肉見てるよ」
「……そう、無事なのね、良かった……貴女が助けてくれたの?」
「まぁ、助けたっていうか、晩飯探してたらでっけートカゲがいたからさ、ドカーンとやったらそいつの足元にアンタが倒れてた。そしたら妖精さんがアワワアワワしながら飛んで来たからさ、今日はここを宿にしたってわけ」
「ご迷惑かけて、すいません。ありがとうございます」
「ほっとけないじゃんよ!妖精とか、エルフとか、初めて見たし、倒れてるし、うるさいし……」
「……ほんとにすいません……」
多分、ティンクが迷惑かけたんだろう。でもいい人そうでよかった。やっぱり、人間みんなが悪い訳じゃない……
「あの、お名前、お伺いしていいですか?」
「ん?あぁ、私はまどか。冒険者ギルド、ツインホークスのメンバーだ」
「まどか!やっぱり!あ、あの、こんなこと聞いて、変なヤツと思われるかもしれませんが、あの、ま、まどかさんって、その……日本人、ですよね?あ、アイドルの」
「!なぜ知ってる?まさか、いやエルフだし……」
「わ、私、見た目こんなですけど、めぐみ、森田めぐみって言います。都立女子高の三年生なんです!いや、だったんです!」
「え!日本人なのか?そうか、そうか……」
まどかは思う。この世界で日本人に会ったのは、正直嬉しい。だが、このまどかは仮の姿で、中身は初老のおっさんです。てへぺろ……なんて、言っていいものか?相手は女子高生だし、キモい!とか言われないだろうか?
いくら溺れてたから仕方がないとはいえ、女子高生の着てる服(革鎧だけど)を中身おっさんが脱がせたわけだし……下手したら警察案件じゃないか?まずい、ここでのカミングアウトは、絶対不味い!
「よ、よろしく、ね、めぐみ」
なんとか諸々を誤魔化し(いや実際は余計に挙動不審で怪しさ満載なのだが)精一杯『まどか』らしく挨拶をする。
「よろしくお願いします。こちらでは、メグミ=ジーニアスといいます」
「あ、あぁ、メグミ=ジーニアスね。あ、そろそろ肉、焼けたかもな。メグミ、食べれる?」
なんとか話題の転換を図り、注意を肉へと外らすまどか。こんがり焼けたレッサーワイバーンを齧りながら、メグミはこれまでの事を話した。ティンクは「心配したんだからー!」と半泣きでポカポカ殴っていたが、メグミが無事だとわかると、会話に割って入ってメグミの自慢話を延々とまどかに話す。まるで自分の手柄のように……
まどかとメグミが夕食を終えようとした時、辺りに気配を感じた。
「ん?十や二十じゃないな……」
夥しい気配。闇に紛れ、風下から忍び寄る者達。それぞれに低い唸り声を上げる。
「……んー?なぁに?……って、魔狼じゃない!ヤバいヤバいヤバいヤバい!アンタたちがレッサーワイバーンの死骸をほっとくからー!」
話し疲れて既におやすみモードだったティンクが目を見開いて慌てている。
魔狼。獲物の匂いを嗅ぎつけ、集団で行動し、一網打尽にする。その攻撃力は高く、素早さでは人間の脚など遠く及ばない。五十〜二百頭前後の群れを作り、一夜で村が全滅することもあるという。
「メグミ!動ける?」
「えぇ。なんとか」
「よし!行くよ!」
二人は戦闘を開始した。魔狼のスピードとランダムに方向を変えるフェイントに翻弄され、メグミは矢を放つ事が出来ない。襲いかかる魔狼の動きを見極め、躱し、カウンターでナイフを繰り出す。まどかも散開して全方向から来る魔狼に掻き乱され、スケルトン戦のような蹂躙は出来ず、個別に倒すしか無かった。
「アレを使ってみるか……」
まどかはペンダントを握りしめ、マナを込めた。
「サモン、アンデッド!」
まどかは、スケルトンの一団を召喚した……つもりだった。ペンダントからは禍々しいオーラが溢れ出し、何故かそのオーラは側に横たわるレッサーワイバーンの死骸を包み込む。骨がむき出しのレッサーワイバーンが、その場にゆっくりと立ち上がった!
「グルォーッ!」
レッサーワイバーンは、デスワイバーンになった!まどかは目眩を覚える……マナを吸い取られ、枯渇寸前だった。
「ヤバいかも……」
まどかは、拳にマナを纏わせることが出来ず、力技で倒すしか無かった。膝をつき、魔狼の群れを睨むまどか。その時……
「ガルォーッ!」
デスワイバーンがブレスを吐く!燃え盛る黒い炎が、魔狼の群れを包み、その身を焦がしてゆく。だが……
デスワイバーンを脅威と認識した魔狼が、四方から一斉に飛び掛ってきた!ブレスを逃れた魔狼達も後を追う。
「この隙に……」
魔狼達がデスワイバーンに集中している隙に、まどかは収納からマナポーションを取り出し、一気に飲み干した。
「よし、いける!」
まどかは、両拳をギュッと握り、真紅のグローブにマナを込めた。ブレスを吐き、魔狼を噛み砕き、爪で引き裂いていたデスワイバーンだったが、魔狼達が噛み付き、次から次へと覆いかぶさってくる猛攻に膝をつき、倒れる寸前だった。
「まとめて逝け!炎陣!フルバースト!」
魔狼の団子状態となっていたデスワイバーンに向け駈ける。足元に潜り込み、渾身の右アッパーを放つ!爆風の如き拳に巻き上げられた魔狼団子を下で待ち構え、落下してくる所へ左アッパーをぶち込んだ!
落下の勢いにカウンターで拳を当てる。双方のエネルギーがぶつかり、大爆発が起きた。
『ドッッゴォーーーーン!!!』
辺り一面に、ドサドサと魔狼の残骸が降ってくる。巨大な力で引き裂かれたような、肉片と血の雨。原型を止めてる個体は、ひとつも無かった。そう。デスワイバーンでさえも……
「……ちょっとー!周りの迷惑考えてよね!あたしどんだけ吹っ飛ばされたと思ってんのよー!」
ティンク……アレに巻き込まれて生きてるって、逆に凄くね?