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11、ジーニアス

神樹の森と言われる森がある。

人の立ち入りを許さない、神聖な森。精霊ドライアドの住まう地とされる所に彼女はいた。


ハーフエルフ族。精霊に愛され、樹木魔術と精霊魔術を使う狩人。弓術に長け、森の番人と言われる彼女。エルフの血により長命であるはずの彼女は今、死というものに直面していた。


(森を……守らなければ……だ、誰か……)


侵入者の気配を察知し、排除に向かったは良いが、取り囲まれ、奮闘虚しく倒れてしまった。侵入者は、番人対策も周到だったらしい。


(我の力では……守れない……のか……)




◆こちらは都立の女子高に通う弓道部副部長 森田めぐみ。都大会で準優勝して「次はインターハイ!」と闘志を燃やしていた矢先のこと、通学途中で建設中だったビルの鉄骨の下敷になり、病院へ運ばれた。なんと振り幅の大きな人生であろうか。

薄れゆく意識の中で、呼びかける声があった。


「力を貸して欲しい……我の意志を継いで……」


穂長の耳、白く輝く女性。その光りがだんだんと消え入りそうになる。めぐみは思わず手を伸ばす……その光りはめぐみを吸い込むと同時に消えた。


次に気付いた時、めぐみは森の中に倒れていた。傍らに弓が落ちている。ほの青く光を放つ、不思議な弓。手に取ると、めぐみの身体も同じ光りに包まれる。温かいような安心感のある光り。遠くで聞こえる声……


「我の意志を継いでくれ……」


その声が聞こえた後、光りは霧散していった。


「ジーニアス!無事だったのですね!」


「……じー、にあす?」


緑の光……めぐみをジーニアスと呼ぶ声の主の第一印象だ。声の様子から、本気で心配してくれているようだ。


「とりあえずユグドラシルへ戻りましょう!」


ブワッ!と木の葉が舞った。一瞬怯んで目を閉じると同時の浮遊感。次に目を開けた時には、薄暗い洞窟のような場所にいた。

壁は鍾乳石のようにも、木のようにも見える材質で乱雑に波を打ち、教会のような造り。脇にある扉を開けると、木製の文机とベッドがある小部屋になっていた。


めぐみはベッドに横たえられ、先程の声の主が介抱してくれる。実体があるような無いような不思議な身体、若草色の髪に洋風の面立ち、どこか神秘的な雰囲気があり、綿毛のような光りが周りを飛び交っている。


「……あの、私は、どうなったのでしょうか?」


自分は鉄骨の下敷きになり……遠くにサイレンの音が聞こえていた……その先の記憶があやふやである。


「覚えてないのですか?ジーニアス……」


「……いや、あの、私、めぐみ、森田めぐみ……」


そう言いながら、文机に置いてある鏡を目にする。そこに映るのは、穂長の耳で深緑の瞳、白銀色の髪の女性……夢のような意識の中に現れた姿……


「めぐみ?ジーニアス、何があったの?覚えていることを話してくれない?」


めぐみは混乱する気持ちを抑え、自分のことを話した。きっとそうすれば、自分がどうなったのか、今の混乱を解くヒントになるのでは……めぐみは、そこに賭けようと思ったのだ。


「ジーニアス……いいえ、めぐみだったわね、今から話すのは私の憶測だけど、落ち着いて聞いてもらえるかしら?貴女にも知って欲しいの、この森の現状を。ジーニアスのことを……」


「……私も、知りたいです、自分がどうなったのかも含めて……」


「私はこの森を導く者、ドライアドのエリス。そしてジーニアスは森の番人として、私の思いを森に伝え、森を護る者。

ある時、この森に人間の一団が侵入したの。その人間は、この森の精霊の力を我がものにするのが目的だった。私は森を護る為にジーニアスに人間の排除をお願いしたの。

やがて森から人間の気配はなくなったけど、ジーニアスも帰って来なかった。私は精霊達を使い、ジーニアスを探した。そして貴女を見つけたの」


悲しみに満ちた瞳で、一言一言丁寧に話すエリス。彼女の話は続く。


「ここからは私の憶測です。ですがほぼ間違いないでしょう。おそらくジーニアスは、魂魄に直接ダメージを受けたのでしょう。長命なエルフの血を引く彼女が、外傷もなく倒れるなど、有り得ないことなのです。多分、秘術や禁呪などを使われたのでしょう。そして魂魄が肉体から剥がされる時に、貴女の世界に干渉出来たのだと思います」


めぐみは、黙って話しを聞いていた。現実離れした内容だが、何故かエリスの話がストンと腹の底に落ちた。夢を見ている訳でもない、今この状況が現実なのだと。エリスの言葉には、説得力あった。


「そしてこの事はめぐみ、貴女にとっては絶望でもあり、希望でもある。私にとってもね。貴女が話してくれた事、貴女の魂魄がここにある事、それはつまり……」


エリスは深く目を瞑った。潤んだ目を開けると言葉を続けた。


「めぐみもジーニアスも……死を迎えた。貴女の肉体は滅び、ジーニアスの魂魄も滅んだ。そしてジーニアスの抜け殻に貴女の魂魄が宿った……そう考えます」


その時、めぐみと並べて横たえてあった弓が光る。エリスが何かを感じ、弓にそっと触れる。


「ジーニアス?ジーニアスなの?」


弓が発する光りは、エリスに語りかけた。耳に聞こえる声ではなく、エリスの心に直接響くように……


「あぁ、ジーニアス……」


「生きて、いるんですか?」


「……めぐみ、ジーニアスはハーフエルフだったの。純粋な人間だったら、魂魄は輪廻の輪に戻っていたかもしれない。だけど半分残るエルフの血によって、魂の残渣がこの弓に宿っているわ。輪廻の輪に戻り、転生することを良しとせず、エルフィンボウとして戦うことを選択したのね……」


ジーニアスがめぐみに託そうとした意志、共に戦うことを選択した魂、めぐみの心は揺れ動いていた。


「めぐみ、貴女にお願いがあります。私は、人種全てが敵対すべき悪だとは思っていません。精霊達の中には、警戒を強めて人種に攻撃的な者もいるでしょうが……元々人種のめぐみに、こんなことを願うべきでは無いかもしれませんが、ジーニアスと魂魄を惹かれ合い、意志を託された貴女を私も信じてみようと思います。ただ貴女にも思う所もあるでしょう。強制は出来ない……そこで先ず、この森の精霊達と触れ合ってみては貰えませんか?そしてこの森に仇なそうとした人間を見てきてくれませんか?」


早すぎる展開に戸惑うめぐみ。自分は一度死んだと言われても、素直に受け入れられる程心の整理もついてない。


「……少し、森を見ても、いいですか?」


「構いませんよ。では、案内を付けましょう。ティンク!」


エリスの周りを飛び交っている綿毛のような光りの一つがフワッと揺らぎ、小さな人の姿になった。蜻蛉のような四枚の羽根を忙しなく羽ばたかせ、めぐみを値踏みしている。


「エリス様、コイツ誰ですぅ?姿形はジーニアスのヤツに似てるけど、魂魄は人間だ……」


「ティンク、この方は……メグミ=ジーニアス。めぐみという人種の魂魄を持ち、ジーニアスの身体を持つハーフエルフ」


「へんなのー」


「あなたはこの方を連れて、森を案内してちょうだい。それから、精霊達が攻撃しないように見張るのですよ」


「えーっ!精霊達を見張るのはいいけどさー……トレントはムリだよ?……あたしには……」


「トレントはユグドラシルが見ています。気を付けて行ってらっしゃい!」




◆メグミ=ジーニアス(めぐみ)は、外へ出た。ピクシーのティンクに先導されて。

振り返ると、洞窟か鍾乳洞だと思っていたさっきまでの部屋は、大木の中の空洞だった。


「えっ、えーっ!大っきい……」


ドーム球場程の太さの幹、深く生い茂り天辺が見えない。強い生命力を感じる木の根元に立っていた。


「なんだよ今更、入る時見なかったのか?」


「あ、あの、私、一瞬で部屋の中にいたから……」


「こんなオドオドしたやつが、ホントにジーニアスの跡継ぎなのか?なんか弱そうだし……まぁいいや、エリス様のご命令だ、お前はあたしが守ってやるよ!ちなみにこの大木が神樹ユグドラシル。その葉は死者も蘇生する程の治癒能力がある。この森は、この神樹様とエリス様の意志で繁栄してるのさ。まぁ、あたし達の働きもあるけどね!」


と胸を張る。


「そ、そう……」


「なんだよ、リアクション薄いなぁ……もっと『すごーい!』とか、『ティンクかっこいいーっ!』とか無いわけぇ?そんなんじゃあたしの子分にはしてやんないぞ!」


「うん。子分とか、いい……」


「……チッ……まぁいいや、着いてきな」


それから森のいたる所を廻った。豊かな果物や木の実、妖精達の営み、青々とした木々、全てが美しく、生命に溢れている。

しばらくその美しさに見蕩れていたが、やがて森の外れに差し掛かる頃、突如辺りが薄暗くなった。


「おい、人間、何者だ!」


その声の主は木だ。いつの間にかカサカサと揺れる木々に囲まれていた。


「と、トレント!ぼ、ぼ、暴力は、ダメだぞ。神樹様も見てるぞ!」


人面樹トレント。森の木々に紛れ、時に道を塞ぎ、旅人を迷わせる地霊。森に迷い込む人を脅し、その恐怖心を吸って糧とする。


「けっ、羽虫が偉そうに……人間を庇うのか?」


「コイツは、魂魄は人間だが、ハーフエルフだ。ジーニアスの意志を継ぐものだぞ!多分」


そう言うと、メグミの後ろに隠れた。時折チラチラ様子を見てる。


「私を守るんじゃ、なかった、の?」


「おい、人間、貴様がジーニアスの後継者だと?ハッハッハ……笑わせるな!ならば貴様の力、試してやろう」


メグミを取り囲んでいたトレントは、ザワザワと動き道が出来た。その先には禍々しい妖気を発する個体がいる。


「貴様のその位置から、ワシに向かって矢を射るがいい。的を用意してやる。貴様のような細腕では、ワシまで届くまい!ハッハッハッハー!」


道の先のトレントが、赤い実を出した。林檎のような実だが、血が滲んだように赤黒い。周りのトレントも、皆口々に嘲笑を上げる。


メグミは背中に担いでいたエルフィンボウを手にした。矢を一本取り、足の位置を決め、深く呼吸をする。精神を統一し、矢をつがえて的を見る。

すると、弓がほの青い光を放ち、メグミを包んだ。今メグミには、周りの雑音や景色はおろか、時の流れすら意識の外にある。ただ的しか目に入らない究極の集中力の中にいた。


高校生活の中で、幾度かこの感覚になったことがある。大事な大会中、外せない一射の前、境地とも言える集中の極意である。

流れるような所作で弓を引き絞り、放つ!


「ビシュン!」


一条の光りとなった矢は、的の実に吸い寄せられるように飛ぶ。その実を粉々に砕き、後ろにいるトレントを撃ち抜いた!


「バッカーン!」


撃ち抜かれたトレントは、鉞を落とされた薪のように縦に裂け、弾けた。

1つ息を吐き、メグミは弓を背中に戻した。

ジーニアスは、Jから始まる人名です。

英語のGeniusではありません。

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