10、旅立ち的なアレ
魔法の考察を切り上げたまどかは、市場へとやって来た。
村の中央の市場は、中々の活気だ。野菜や果物、木の実を売る店……と言っても簡単なテントに木箱を並べ、その上に盛ってるだけだがね……
テントの裏手には、休憩中のおばちゃん達、おば様、とか奥様、とか言う感じではない。おばちゃんっていう雰囲気の気さくなマダム達が、軽食とお茶を手に雑談している。休憩がメインなのか、食事なのか、雑談なのか、その辺はお察しである。
他には川魚を売る店、肉を売る店……どちらも魔獣らしい……少し離れた場所に雑貨屋があった。ここだけはちゃんと店舗を構えてるな……
「らっしゃいやせー!」
何故か挨拶が【ラッシュアワースリー】に聞こえる店員に促され中を覗くと、山と積まれた雑貨が所狭しと置かれている。元の世界のペンギンの店を少し小さくした感じかな。足の踏み場は辛うじて残っているが、とりあえず色々詰め込みました感は否めない。
「収納用のマジックアイテムある?」
「おう。お嬢ちゃん、これなんかどうだ?」
見せてくれたのは、細身のベルトにタバコケースくらいの革製のボックスが二つ付いたもの。小さな石で色とりどりにデコってある。
「コイツはなぁ、冒険者御用達のマジックアイテム、一つにポーション類を入れて、もう一つに生活雑貨を収納出来る。ナイフのホルダーも後付け出来るぜ!勿論収納力もバッチリだ!銀貨五十枚でどうだ?」
(……ぶっちゃけ異空間収納魔法が使える俺には必要無い。が、ついでに聞いてみるか)
「金貨だったら?」
「金貨なら二枚と半分ってとこだな」
なるほどね。銀貨二十枚で金貨一枚くらいか。
「んじゃ、ちょっと待って。他にもいろいろ買うから、オマケしてくれる?」
こういう時にキラキラスマイル使わなくて、いつ使うんだ!って話だ。喰らえ!まどかスマイル!
「お、おう」
少し頬を染めた店員をよそに、店内を物色する。ポーションやマナポーション、毒消しや麻痺解除のポーション、毛布、鍋やフライパン食器など、一通りのものを揃えた。ポーション類には等級があるらしいが、ここにあるのはみな下級、大きな町に行けば中級が、帝都に行けば上級があるらしい。まぁ下級でも結構な値段で、下っ端の冒険者には手が出ないそうだ。そういう者は薬草を使うらしい。
「金貨で十二枚ってとこだが、お嬢ちゃんの笑顔に免じて、十枚でどうだ!」
「……ねぇ、このナイフ、光ってるように見えるけど……」
そこにあったのは両刃のナイフ。忍者でお馴染みの【クナイ】のような形で、仄かに青白く光を放っている。話を逸らされ、肩透かしを食らった店員は、
「あ?あぁ。そいつは解体のスキルが付いたナイフだ。食材になりそうな魔獣を仕留めた時にゃあ役に立つが……」
(あぁ、そうだよな。こんな女の子が魔獣狩りなんかする訳が無いと思ってるだろうなぁ……だが、このナイフは使えそうだ。食費も浮くしね)
「んじゃあ、今持ってるナイフを買い取りしてもらって、その解体用のナイフとナイフホルダーをください。それで金貨十枚でどう?」
「……えぇい!もうそれでいいや!お嬢ちゃんにゃかなわねえなぁ……」
「うふふ。ありがとう」
見事な駆け引きで(本人にそんな意図は無いのだが)値切り交渉を終えたまどか。早速装備してみる。
「おぉ、中々。今の衣装にも違和感ないし……まだまだ買い物はこれからだし、せっかくだからこれに収納してみるかな」
まどかが何故、不必要な収納アイテムを買ったのか、それは時空魔術が一般的では無く、帝都の大魔導師でも使える者は居ないからである。
しかもまどかは、その根源たる【魔法】が使えるのだ。その情報が漏れれば国が動く、つまりは取り込もうとする国、排除しようとする国、何方にせよロクな事にはならない。
それを隠蔽するために、ダミーとなる収納アイテムが必要だったのだ。
「ったく、めんどくせぇ話だなぁ」
こういったマジックアイテムは、【遺産】或いは【遺物】と呼ばれている。太古の昔、今とは異なる文明が栄えた時代があった。【魔法】も盛んで、それに伴いアイテムも発達した。
その文明が何故滅んだのか、明らかにされてはいないが、稀にその時代のアイテムが発見される事がある。砂漠の遺跡や海底、時には神殿の宝物庫から。
それらを探し求める専門の職業もあるらしく、そのおかげで流通もあるのだ。特に時空系の収納アイテムは人気で、出土も多い。かなりの高額だと思ったが、これでも出回っている分安い方らしい。
「まぁ、メインは異空間収納で、ちょこちょこ出し入れする物はアイテムに入れとくか」
それからまどかは野菜や肉、柑橘系の果物、豆類、調味料や香辛料を買いまくった。アイテムの収納の上限がわからないが、まだ少し余裕があるようだ。物価は野菜で言えば元の世界の半分くらい、肉は同等、香辛料は五十倍くらいかな。
そう。香辛料がべらぼうに高い。胡椒一粒は黄金一粒って、ゲームのセリフで見たことあるが、それに近いかな。唯一の心残りは、米がない。麦で代用は出来そうだけど……
というわけで、主食は麦だ。現状、楽しみと言えるのは【食】しか無い。こればっかりは妥協したくないので、この旅の裏テーマは、米を探すこと、だな。
調味料は、岩塩と豆を発酵させたもの。半乾きの味噌のような感じで、味は味噌と醤油の間くらいかな。砂糖は、ないな。いや、あるにはあるけど手に入れにくいらしい。
帝都の貴族達が買い占めて、田舎町まで回ってくることは無いんだと。ここいらでは、熟れきってグズグズになった果物を煮詰めたもので甘味を摂るらしい。砂糖の入ってないジャムみたいなもんか。
「ま、こんなもんかな」
買い物も済ませたし、ギルドで地図でも貰って、明後日くらいには旅立つとしますか。
◆翌日。地図を貰うついでに、旅立つ事をギルマスに告げた。横で聞いていたガンツが大慌てで、
「ちょ、ちょっと待てよ!お嬢はギルドに残ってくれるんじゃねぇのか?寂しいじゃねぇかちくしょう!!」
怒るやら泣くやら、ギルマスは知ってたのか?と詰め寄るやら、しまいには、
「まさか村の連中と反りが合わねぇのか?どこのどいつだ、俺がぶっ飛ばしてやる!」
などと言い出し、鼻息荒く出て行こうとするもんだから、ガルと二人で必死に止めた。正直、その辺を考え無かった訳じゃない。だがそれはほんの些細な事である。自分の成すべきことを探す。村を襲わせた黒幕を捜し出す。それが理由の大半であった。
結局、壮行会を急遽行うという話で落ち着いた。
いや、寧ろもっと騒がしくなったかな……酒や料理の手配の指示を出し、冒険者達を走らせて、泣き崩れる親衛隊をどやしつける。ついて行くと言い出す者には、
「俺に勝てねぇなら、まどかの足でまといだ!行きたきゃ俺を倒して行け!」
と、片っ端からぶっ飛ばした。半分は八つ当たりだな。
壮行会に参加したのは、ギルマス、ガンツ、ガイア、親衛隊、後はガンツにぶっ飛ばされながらも、生き残ったギルドの冒険者達。
一言挨拶を、と言われたので、「いってきまーす!」とだけ言っておいた。俺がこういった場での挨拶が苦手なだけだが、ギルドのみんなは努めて明るく、
「「「行ってらっしゃーい!」」」
と返事を返し、なんかすぐに帰って来そうな気がする!と、勝手な想像で盛り上がってくれた。
ひとしきり飲み食いした頃、親衛隊が揃ってやって来た。
「ま、まどか様、我々では足でまといだとガンツさんに言われまして、でも親衛隊として、何か少しでもまどか様のお力にと思いまして……」
そう言って、赤いグローブを持ってきた。甲に鷹の羽根が二枚並んだ、ギルドの紋章が入っている。五指が出るようになっている所謂指ぬきグローブで、ちょっと昔のスケバンのお巡りさんのドラマみたいなデザインだ。
「ドワーフの武器屋に頼みまして、まどか様専用のグローブを作ってもらいました。マナの伝道率が高く、攻撃力だけじゃなくて防御力も多少あります。みんなの気持ちです。受け取ってください!」
ちょっと、泣けるじゃん!こんなに想いのこもったプレゼント、感動だよ。まどかの身体じゃなかったら、みんなにハグしたいくらいだ!
いや、触らせないけどね。握手くらいなら、まぁ、しなくもないけど……
という訳で、なぜか始まってしまったまどか握手会。俺の横にはガンツ。いわゆる「剥がし」だね。一人一人と握手して、感謝の言葉を伝える。
中々手を離さないヤツ、身体に手を伸ばそうとするヤツは、ガンツが強制排除。握手券がある訳じゃないから、一人一回。そうして俺はみんなに感謝を伝えていった。勿論、神対応で。
◆旅立ちの朝、あんまり見送りとかされたくないまどかは、酔い潰れて寝ているみんなを起こさないように、そっとギルドを出た。
「気のいいヤツらだったな……」
村の外れで一度だけ振り返り、すぐに歩き出した。
「とりあえず次の町を目指すか」
「そうですね。それがいいと思います」
「え?」
独り言に返事が返ってくること程、怖いもんは無い。
「おい、お嬢!黙って行くつもりか?」
「ははは、まどかはいつも突然ですね」
ガイア、ガンツ、ガル、3人が先回りしていた。よりによって気配を消して……
「こういうの、照れくさいから……ばいばい」
「あぁ。また来いよ」
「女性冒険者は、貴重ですのに……しかたないですわね。部屋はそのまま残しておきますので」
「ははは、またいつでも帰って来てくださいね」
三人に見送られながら、まどかは次の町へと足を進める。
「スローライフ計画も、なんとかしないとね。のんびり旅と大自然でキャンプ。温泉なんかもいいな。あんのかな温泉」
相変わらず妄想が尽きないまどか。だがアンデッド騒動の黒幕をなんとかしない事には、のんびりも出来ないし、していられない。
「ちゃっちゃと済ませてのんびりするぞー!」
意気揚々と出発したが、この後スローライフとは真逆の生活が待っていることを まどかはまだ知らない……
第一章、終幕です。
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