とあるトラックドライバー
辰巳左門。五十一歳トラックドライバー。
妻と子が三人……あぁ、誤解を招く言い方だな、勿論妻は一人だ。
辰巳は自他共に認めるアイドルヲタク。俗に言う『国民的女性アイドルグループ』に所属する、自分の子供達より若い娘に入れあげている。
握手会には必ず行き、ライブツアーは全日程同行する。最早ヲタ活の合間に仕事をしている状態である。
「いい歳をして……」
「この、ロリコン」
「ガチなの?引くんだけど」
そういった声を聞く度に辰巳は、
「恋愛感情じゃないのだよ。保護欲と言うか、義務感?頑張ってる子は、応援したいじゃないか」
と、紳士的な笑顔で答える。
そんな辰巳の家族は、ヲタな親父に対して多少の理解はあるらしい。
妻と娘はイケメンアイドルグループにご執心。二人してファンクラブの会報を眺めつつ、ライブスケジュールをチェックしながら、応援用の団扇を作っている。
長男はラノベにアニメ、次男はゲーム、特に映像や音楽に興味があるらしい。
家族は互いの趣味嗜好を尊重し、時には連れ立ってイベントに参加するなど、ヲタ活ライフを満喫していた。
おかげで辰巳自身も、推しのアイドルがアニメ好き……というのもあり、その辺の事にも詳しくなった。そのスキルは、握手会という名の戦場で、基本人見知りで口下手な辰巳の、会話のネタとして強力な武器となったのだ。
……というのが半年程前の辰巳である。
ある日辰巳が仕事から帰ると、家には誰も居なかった。
(あぁ、そういえば、イケメンアイドルグループのツアーとか言ってたな。息子達は……バイトか、友達の家でも行ったか?)
と思い、冷蔵庫からビールとツマミになりそうな物を漁り、ライブDVDを見ながら晩酌。からの、いつの間にやら寝落ち……朝、身体の痛みで目が覚めて、そのまま仕事へ。
そんな日が数日、数週間経ち、辰巳に一通の封書が届いた。家庭裁判所より、離婚調停の為の呼び出しであった。
妻の言い分は、辰巳は家庭を顧みない暴力男らしい。仕事は不規則、休日はヲタ活、生活リズムが家族とはズレているのは確かだ。だが仕事に関しては、生活の為に『仕方ない』と妻も割り切っていたはずだし、ヲタ活の無い休日は、妻を労い、家事を一つ減らす意味もあって、外食と決めていた。ヲタ活でも、家族とコミニュケーションが取れている……と思っていたのだが
(あぁ、そういう言い方も出来るのか。暴力は完全に後付けだな。そんな事実は無い)
妻は家裁に顔を出すことは無く、弁護士を名乗る男が話を進めた。辰巳は言われるがまま、何も反論せず
(と言うか、反論する気力も失い、どうでもよくなって)
全ての条件を受け入れた。子供達もそれぞれ、寮やアパートで好き勝手に生きるらしい。家庭崩壊というやつだ。
「まぁ、俺が間違ってたんだろうな……こういう時は大抵、俺が悪い。それでいいじゃないか。もう考えるのもめんどくせぇ」
誰も居ない家で辰巳は、独り言ちる。明日も仕事だ。今日はもう寝よう。