9話「幸せじゃーんpart2」
今日はお部屋に一升瓶が置いていない。純粋たる乙女な部屋で乙女な部屋着を着た津田さんが、スマホを婚約者に見せていた。
『ほらほら、やっぱり素敵でしょ、デデニー婚。口コミ見ても、『やって良かった』『一生の思い出』て良いことしか書いてないですよ!』
『でもねぇ、やっぱり予算がねぇ……こっちの結婚式場だったら、同じ金額出すならもっと豪華な料理にできるよ?』
対して、婚約者が見ているのは数字がたくさん書かれた用紙。なんだろ、見積もり書?
えーやだー。今はもしや結婚式の相談ってやつですかー。色々下見に行って、どこで挙げようか悩んでいるってやつー? もう勘弁してよやっぱり幸せ絶頂じゃーん。
幸せな喧嘩は続く。
『ほら、やっぱりシンデレコのドレス素敵ですよ!』
『そうかなぁ。オーダーでウエディングドレス仕立てもらった方がいいと思うけど。お色直しに似たようなドレス探そうよ。真愛さんならもっと清楚なドレスの方が似合うと思う』
うん。確かに、これはただのコスプレだわ。私の目からしても安っぽい。
『見てみて、このリッキーのウエディングケーキ可愛い♡』
『どこの会場も追加料金払えば特注できたと思うよ?』
ぶっちゃけケーキの形って『わぁ』の一瞬で終わるよね。どうせぶった切るんだし。
『し、しかし直接リッキーにお祝いしてもらえるのはやっぱりデデニーだけ……』
『でも二体以上は一体に付きいくらの追加料金かかるみたいだよ。全キャラ足したら……うわ、見ない方がいいかも。それこそ夢が覚めちゃうよ』
おおう、本当にお金かかるなデデニー婚。
『でも式のあと素敵なホテルで一泊……』
『新婚旅行でロサンゼルスのデデニー行くし、提携ホテルに一週間滞在する予定じゃなかった? それに三次会までやるんだから、ホテルでのんびりする時間ないんじゃないかな』
ま た 幸 せ 自 慢 で す か ⁉
てか、この婚約者さんの個人的な株上がったぞ。すっごく真っ当なこと言う人だね。さすがオッサン年の功! そうだ、やれ! そのまま津田さんをコテンパンに――
「ねぇねぇ、花子氏。だから喋って。コメントして」
「してるよ、心の中で」
「それ意味ないやつ~!」
せっかくの良いところで、死神くんからの無茶振りが入る。
その間も、津田さんのセールスアピールを婚約さんがことごとく否定していた。
婚約者さんは無難な都内の結婚式場がいいみたい。だけど……そこもすっごく立派じゃないですか? 何この日本庭園。本当に東京なの?
ご飯の写真も……うわぁ、よだれが出そう。創作和会席ってやつ? 伊勢海老のグラタン? フォアグラのステーキ? 鯛茶漬け? デザートビュッフェ?
え、私も行きたい。津田さんの幼馴染ってことで参加ダメ? ご祝儀頑張っても二万が限界だけど……一生に一度の思い出にダメですか?
「だから花子氏。よだれ垂らしてないでコメント」
「今日上司から『内弁慶直さないとどこへ行っても大変だよ』と怒られた私にそれを要求するなんて鬼ですか?」
「鬼じゃないね。死神だね」
「そーでした」
アハハハハ。なんて笑い声は当然起きず、代わりに起こったのは津田さんの絶叫だった。
『どーしてそんなに否定的なんですか! 結婚式の主役はわたしでしょ!』
それに、映像の婚約者さんは怒るわけでもなく。泣くわけでもなく。困ったように眉をしかめていた。
『そうだね。主役は真愛さんだ。だからこそ、僕は来客者全員に失礼のないような結婚式で、誰よりも綺麗な真愛さんをお披露目したいんだよ』
『……デデニーが失礼なんですか?』
『そういうわけじゃないよ。デデニー婚を否定するわけじゃない。だけど、僕の親族はご高齢の方が多いし、君サイドも会社の関係者が大勢来るだろう? だったら、こういう派手な式じゃなくて、落ち着いた結婚式の方がみんなお祝いしやすいと思うんだよね』
その諭すような言葉に、津田さんの顔が思いっきり歪んだ。
『……少しでもケチりたいだけじゃないんですか』
『そりゃあ、同じものを安くできるなら安くしたいよ。その分、家や新婚旅行にお金を回せるんだから。もし子供に恵まれたら、教育費もあって悪いことはないからね』
それに、津田さんは項垂れる。
あ、これ和解するやつ? わたしが子供だったって気が付いて諭されちゃったやつ?
『子供の頃からの夢、一つくらい叶えたっていいじゃない』
『え?』
『何でもない……です。ごめんなさい、今日ちょっと具合悪いかも』
言えよっ! え、言わないの。そこまで言っといて言わないの⁉
そして婚約者さんは『気付いてあげられなくてごめんね』等々、優しい言葉をかけて帰って行く。部屋で一人になった津田さんは、枕元のリーダーマウスのぬいぐるみを抱えて泣いていた。しくしくと。しくしくと。
そんな悲しげなシーンで映像は終わり――
「し・あ・わ・せ・じゃああああああん!」
私は昨日も叫んだようなことを再び全力コメントした。
それに、死神くんが半眼を向けてくる。
「ちょっ、花子氏。それ昨日も言った」
「だってしょうがないじゃん! なにこの平和な喧嘩。こんな喧嘩はそりゃ犬も食わないよ。てか夫婦だねもう夫婦だ、おめでとう勝手に見えないところで幸せになってくれ!」
あー酒が飲みたい。酒なんか飲んだら一瞬で動悸息切れ地獄絵図が待っているけどやけ酒したい! イライラするイライラするイライラする~!
私はすでに他人の幸せで胸焼けしているくらいなのに、死神くんは違うようだ。
「だがしかし、当人は悲しみ絶頂だと思うでござるよ?」
あれ、またキャラぶれてるよ。と思ったら、耳恵ちゃんが小刻みにブルブルしている。あぁ、まだ録音中なのね。ま、別にいいけど。
「どうせマリッジだかマタニティだかのブルーなやつでしょ? どうせあとで冷静になってごめんなさいして玉の輿乗るに決まってんじゃん」
「そうですかねぇ……」
「あぁ、もう一言物申してやりたいわ。悲劇のヒロインぶってんじゃないっつーの。しがない派遣いたぶって悦に浸ってないで、とっとと寿退職して異世界に住人になってくれ!」
「それ、いいですな」
「え?」
「絶対に『映え』ると思うんです」
死神くんのイケメンすぎる瞳がキランと輝く。
「直接物申しに行きましょうか」
「あんた、ばかなの?」
「いえ、死神です」
いや、死神なのはあまり疑ってないけど。足ないし。鎌持ってるし。眼球くんと耳恵ちゃん従えてるし。
「ほら花子氏~、豪華絢爛なラーメン作ったら、僕のお願い聞いてくれるっていいましたよね?」
そして腕によりを掛けて作られたインスタントラーメンは、なぜか見た目も味も満開全席顔負けの逸品だった。こんな材料どこにあったの? え、台所の下? 私がこないだまで食べていた素ラーメンと同じ一番だとは思えないんだけど⁉
あぁ、どうしよう。お箸が止まらないっ!
隣で死神くんがニヤニヤ笑っている中で、今もあのBGMがエンドレスで流れている。