6話「僕はなんて可哀想な死神なんだ」
「ところで、盗撮って死神界じゃ悪いことじゃないの?」
「合法ですね。その生者の生き様も見れないと、天国行きか地獄行きかも判断できないじゃないですか」
「なるほど?」
これでも一応病み上がりの私。全力の絶叫で喉を痛めないわけがない。
てか、空腹&風邪でぶっ倒れるほど具合悪かったわりには、結構元気なんだよね。明日普通に会社も行けそう。行く会社がないけど。えへへ。
……ともあれ。咳き込む私を見かねて、死神くんが食器を洗うついでにはちみつレモンを作ってくれるという。台所にいる彼の細い腰。小さなお尻。細身の黒いズボンが似合うすらりと伸びた長い脚。眼福ですご馳走さまでした。
「簡単に、こちらの話をしておきましょうか」
ぱっぱっと濡れた手を払って、死神くんが蛇口を締める。
「僕らの主な生息地区はあの世、俗に黄泉と言われるところです」
「地獄じゃないの?」
「天国や地獄はまた違う場所ですね。生者の皆さんが生活している現世を中心とするならば、天国は上、地獄は下、黄泉は裏、といったところでしょうか」
うーん……わかるようなわからないような?
マグカップひとつ持って帰ってきた死神くんの話を、私は黙って聞く。そしてこっそりとラジカセの音量を下げた。本当は消したかったけど、タイミングよく歌姫に『ちょっと待って』と言われたらどうにも消しづらい。
「黄泉とは、お亡くなりになられた生者の魂の待機場所ですね。先ほど言った通り、閻魔さまが魂の行き先を審判し、その後決められた場所で死者として生活することになります」
おー、出たでた閻魔大王。地獄でふんぞり返っているイメージだったけど、けっこう重要な役割を持つお偉いさんらしい。今からでも媚を売っておいたほうがいいのかな? ドッキリマンチョコのシールとかお供えしておく?
ひとまず、出された飲み物は普通のはちみつレモンっぽかった。白い湯気の下には、黄金の液体。甘酸っぱい香り。しいて言えば、マグカップがMVSのキャラクターであるレイチェルのミニキャラがウインクしていることくらい。うん、わかるよ。これが一番新しそうだったんだよね。だってかばんに付けているレイチェルの武器モチーフアクキーと一緒に、コンビニの二番くじで当たったばかりだもの。とほほ。こんな食器しかなくてサーセン。
「僕たち死神は、現世から黄泉に案内するのが主な仕事です。僕以外は」
「……僕は娯楽課なんだっけ?」
「そうです。恥ずかしながら、どうにもその本来の仕事がうまく行かず……左遷された結果、不眠不休で働く死神たちに少しでも心の休息を与えよ、と閻魔さまに命じられました」
うーん、この話の流れはあれかな。死神くんがトーンダウンしちゃうやつかな?
話を逸らそ。
「死神って不眠不休なんだ?」
「人間と違い、体力って概念がありませんからね。なにせ身体がありませんし。死神は、死んで閻魔さまが天国か地獄か審判できなかった人たちがなるものなんですよ。その死神としての仕事ぶりを見て、審判することになるんです。だからみんな、それはもう一生懸命働いてます。みんな地獄は嫌ですからね」
「なんで判断できないの?」
だって、その人の人生のあれやこれを全部見て判断するんでしょ?
ストレートに聞くと、死神くんが台所から戻ってきて、私の隣に座る。
「色々例はありますが……まず簡単なのが、若くして亡くなってしまった場合でしょうか。善悪の判断がつく前の子供の魂がひとつ。あとは親より前に亡くなった場合も含まれます。『最大の親不孝』との言いますしね。どれだけの人をどれだけ悲しませたか。どれだけの人をどれだけ喜ばせたか。その大小は紙一重です。人の善悪を判断するのは、神様にも難しいことみたいですよ」
「なる……ほど?」
つまり、目の前のイケメン死神くんもそのどれかに当てはまるということなんだけど――あ、こいつしれっとラジカセの音量あげやがった。
「ちょっ、なんで音量あげるの⁉」
「それはこっちの台詞です。なんで勝手に下げちゃうんですか」
「だっていい加減うるさいんだもんよ」
「別にまだ寝るわけじゃないんだからいいじゃないですか。いい歌でしょ? 僕好きなんですよ」
「歌自体をどうこういうつもりはないけどさぁ、でも同じ曲をエンドレスされるとさすがに――」
「家事と看病をこんなにされておいて、曲の一つも好きに聞けない僕、可哀想……」
「へ?」
すんすんと鼻を鳴らして目を拭う死神くん。
それ泣き真似! 涙出てない! 嘘泣きっ!
「あーあ。僕って本当不憫な死神だなぁ。仕事ができないからってよくわからない部署に左遷されて、そこでこんなにも頑張っているのに報われず、仲間にもこんなにも尽くしているのにちょっと好きな曲を聞きたいってわがままも許されず……あぁ、絶望した。こんな死神人生に絶望した! 死のう、もう死のう……僕なんて生きていてもしょうがないんだ、むしろごめんなさい。生きていてごめんなさい。僕なんかがのうのうと死神していてごめん――」
「あああああああもう、めんどくせええええええ!」
私が頭を抱えると、死神くんの横目が刺さる。
「面倒くさい? 面倒くさい死神でごめんなさい死にます今すぐ死にます。あ、ちょっとベランダ借りますね。ここ四階か……打ち所が悪ければワンチャン?」
「ちょっと待ってよごめんってばー!」
のそのそベランダに出ようとする死神くんのシャツの裾を引っ張る。あら、乱れたお姿もまたセクシー♡
昔の歌姫が、同じ曲を何度も何度も歌っている。もう色々騒がしいから、私は気が付かなかった。
かばんの中に入れっぱなしのスマホが、一度も鳴っていないことに。