33話「閻魔密着24時」
「屋上に連れて行けばいいの?」
三月二十五日。水曜日。週のまんなか。いちばんツライ日だが、給料日でもある。フィフティーフィフティーでプラマイゼロ。きっと今日は普通の日。
別れは突然やってくる。そんな言葉があるけれど、やっぱり突然なんて受け売れられないものなんですよ。だって、私はポンコツの御手洗花子ですもの。そんなカッコいい大人になんかなれません。
「ふっふんたーらーらーったったでぃざいあ♪」
寂しさをごまかすため、両手に二人を乗せた私は、歌いながら階段昇っていく。
団地の薄暗い階段。電気なんか付いているわけない。だって、この先には業者さんとか以外用はないはずなんだもの。
用があるとすれば、悪いことにバーニングする不良か、根性決めた自殺志願者か。
そして――お仕事前に小さなお友達を帰路へ送る花子さんか。屋上から冥界だかに帰れるんだって。
封鎖されているはずの古い扉をガタゴト開けると、視界に青い空が飛び込んできた。今日もとてもいい天気だ。早朝の冷たい空気が、徹夜明けの気だるい五臓六腑に染み渡る。
桜も徐々に開花を始め、眼下の桜通りは名前通りに桃色づいてきている。今週末はお花見する人で賑わうことだろう。きっと、私は朝から桜を見る余裕もなくバタバタしているんだろうけど。
そんな場所で……私は涙を堪えて、先客に話しかけるわけですよ。
「すみませーん。ちょいワルさんですかー? それとも自殺希望の人ですかー?」
「ざんねーん、自殺希望の死神ですねー」
その死神は、黒いマントを腕にかけていて。白いシャツがとても似合う、人気乙女ゲーム『まほうの騎士さま』私の最推しキャラにそっくりな色素の薄いイケメンだった。
だけど、彼はこっちを向かない。フェンスの向こうで背を向けたまま、話し続ける。
「ですが申し訳ありません。ちょっとだけ待っていてもらえますか? 今、死にますから。あとちょっと。ほんとうにあとちょっとだけなんで」
そんなやっぱりラブラブホテルでのダメンズのようなことをほざく死神は、勝手にポツリ、ポツリと話し始めた。
「僕……また左遷されたんです」
「娯楽課ではなく?」
「違います。秘書課……しかも閻魔様付きです」
おおっと。それは左遷というより、栄転ってやつではなかろうか?
それなのに、死神くんは「はあ」とため息を吐く。
「目を離すと、何しでかすかわからない問題児だからと……閻魔様ってひどいんですよ? 僕をこき使いまくって。僕は生前勉強ばかりしていた分、あの世では遊んで遊んで遊びまくりたいのに。まだまだ働けとか……ブラックですか? 深淵よりも真っ黒ですか? 闇より深いってどこの魔王ですか」
ちょっと『深淵』とか『闇より深い』という単語に厨二ゴコロが踊る花子ですが、死神くんの遺言は続いた。
「だから僕――新しい企画を考えたんです」
「どんな?」
「閻魔密着二十四時」
…………。
なんかどっかの特番で聞いたことあるようなネーミングに、私は言葉を返せない。
だってあまりにも……あまりにも……。
「めっちゃおもしろそう」
「でしょ?」
死神くんが「フヒッ」と笑う。そして、振り返った。
「なので花子氏、死んだら僕と一緒にどうですか?」
その言葉に、私は首をかしげる。
「死んだら?」
「えぇ、死んだら」
死んだら、と死神くんは言う。
「閻魔大王二十四時?」
「そうです。二十四時間、閻魔様を尾行追跡するんです。閻魔様のあーんな姿やこーんな姿を死神界に晒して、親しみ度をアップさせるんですよ。あぁ、僕って優しい部下だなぁ」
死んだら一緒に閻魔大王を尾行しようと、死神くんは言う。
「きっと楽しいですよ。そしてもちろん動画化します。また好き勝手言ってやりましょう。その時までに、もっとコメント力を上げといてくださいね。コメントは発言してナンボですから。恥ずかしいからダンマリなんて、もう許しまてん☆」
そう本当に楽しそうに笑う死神くんに、私もつられて。
「まぁ……努力だけはしてみるよ」
「約束ですぞ。あと運転技能も必須ですからね。デスカーをブイブイ言わせるのはなかなかコツがいるので、現世の車くらい余裕で運転出来るようになっといてください」
「えぇ~?」
なんか面倒な注文が入ったぞ? しかもデスカーってなんやねん。骸骨の形した車で尾てい骨がハンドルとかだったら、すごく嫌なのだが?
「それと、どうか人生の伴侶を見つけてください。閻魔様のいちゃラブ生活は吐き気を催すレベルらしいので。できたら子供も一人くらい産んでおいてくださいね。その程度の痛みを我慢できなければ、ちょっと針の山を登るのはキツイと思います。山を登らないと閻魔御殿の裏に回れません。それに閻魔様の御子から話を聞くのも重要ミッションです。子供の扱いも慣れておかねば。あと老人の早起きに慣れておいてください。閻魔様の朝は早いとの噂です」
おいおいおい、一体いくつ宿題を出すのかな⁉
針山登れるようになって、子供の扱いに慣れて、早起きできるようになって……それこそ何十年かかるんだか……。
本当……人生あと何十年修行すれば、閻魔様を尾行できるようになるんだか。
すると、眼球たちが私の手から飛び降りる。ぴょんぴょんと、まっすぐ死神くんの元へ向かって――フェンスをすり抜けた彼らを、死神くんはそっと持ち上げた。
「やってくれましたね……え? あまりにも花子氏が哀れだったから同情した? まぁ……それは仕方なしですな。その気持ち、ものすごくわかります。花子氏は残念の権化ですからね。そりゃあ、有能な我らは規則の一つ二つ破っても自分でフォローできますし? ひと肌くらい脱いであげるのがノブレス・オブリージュ。うんうん」
え、なんだろう。なんで私は同情されてるんだろう⁉ おまえら、私に聞こえないからって何を話してんだおい。しかもなんだそのカッコいいノブリスなんちゃらは。私が英語苦手だからって、こんな時までからかわないでいいじゃないかちくしょー。
だけど、死神くんは言うから。
「ほら、花子氏。そろそろ仕事行かないと。遅刻しますよ?」
フェンスの向こうで、死神くんが親のようなことを言うから。
私は子供らしく、涙ぐむ。
「やだ。行きたくないよ」
「ダメです。僕はゆっくりあの世で待ってますから――大丈夫。花子氏が来るまでに、閻魔様のスケジュールを把握しとくんで。準備できたら迎えに行きます……それまで、花子もゆっくり準備していてくださいね」
でもね、私はもう知ってるの。
「ゆっくり?」
「えぇ、ゆっくり。サボっちゃダメですよ。死神情報網ですぐわかりますからね」
「えぇ? めんどくさいなー」
あの頃になんか戻れない。人生もう一度なんてやり直せない。part2なんてない。情熱を燃やして、バカでもアホでも人生百年、硝子の上で踊り続けるしかないんだ。
「じゃあ……行ってくるよ」
私がそう告げると、死神くんたちはバイバイと手を振ってくれる。
「はい――行ってらっしゃい」
今度会う時は、私が死ぬ時。
それまで、ゆっくり、ゆっくりと――閻魔大王を尾行する準備を進めなければ。
まったく、大変な宿題だなぁ。




