32話「何しているのかなあ?」
そうして、あれよあれよという間に結婚式。
うわー、お父さん。鼻の下伸ばしてらぁ。イケメン台無し。
だけど、その結婚式の傍らで。黒い着物を着たおばあちゃんは、ひいおばあちゃんに言われてました。
『ふんっ。宗一郎のお見合い話も勧めてたのにさ。幻滅だよ。やっぱり能無しの息子は能無しだったね。この恩知らず』
ひっどいなーひいおばあちゃん! この人のお葬式にだけ行ったことあると思うけど……たしか幼稚園生だった花子氏、お経の最中にうさぎのぬいぐるみを『ぷひー』と鳴らしたんだよね。それでお母さんに怒られた記憶しかないけど……いやぁ、鳴らして良かったよ。知ってたら、もっとぷひぷひ鳴らしたのにさ。けっ。
まぁ、そんなこと知ってか知らずか――眼球くんがブルッとすれば、新郎新婦の間に愛の結晶が生まれてました。この珠のような御子は当然、わたくし御手洗花子でございますっ! 旧姓、藤原花子ですね。
「え、めっちゃ可愛い。天使じゃん。私、天使。まじ天使」
自画自賛オツ☆ て思うかもしれないけど、そうでもないと思うよ? 父親である宗一郎氏も鼻の下伸びてますし。こう見るとおじいちゃんにそっくりだな。頭皮以外。
お家はあの大豪邸と違って、めっちゃ見覚えのある感じですね。団地です。研修医時代はお給料安かったから生活が大変だったと……昔お母さんのお小言を聞いたことがございます。
それでも……めっちゃ幸せそうだから、いいんじゃないかな。私も覚えている不満は何もないし。まぁ、ゼロ歳児の頃の記憶があったらビックリだね。あっはは☆
そんな小さな花子氏も、眼球くんがブルッとすれば、ぷくぷくすくすく大きくなりまして。
幼稚園生くらいかね。うん、ぷくぷく。父さんは毎日帰ってきたり帰らなかったり、お医者さんとして頑張っているようです。それでも、欠伸を噛み締めながらいつも遊んでくれていたと思うよ。おやまの公園のおやまによく一緒に登ったもん。これはうっすら覚えてる。
「おや?」
だけど、眼球くんが見覚えのない映像を流します。
お父さんと二人で、田舎の川に遊びに来たようです。これは旅行なのかな? お母さんはあまり体調が良くないらしく、お宿でのんびりしているそうですね。だけど温泉なんかに興味のない幼稚園児は、お父さんと近くの川で遊ぶことにした様子。
温泉宿の近くの川辺。川幅もそれなりにあり、同じように魚釣りとかしている親子がちらほら見られます。花子氏も例に漏れず――石を投げてました。ぽちゃん。ぽちゃん。永遠と、ぽちゃん。ぽちゃん。
え、花子ちゃん。それ楽しいのかな? 水切りって言うんだっけ? 水面をぽーんぽーんと跳ねるアレを頑張っているわけでもなくってさ。本当にぽちゃん。ぽちゃん。と投げ込んでいるだけで、ケタケタ嬉しそうなんだけど⁉ こっわ。我ながら、なんかこっわ!
そんな様子を、お父さんの宗一郎氏も欠伸を噛み殺しながら、嬉しそうに見守ってました。
だけどその時、事件が起きたようです。
『あっ!』
小さな花子氏が大きな声をあげてしゃがみ込みます。良い感じの石を見つけた様子。だけどその笑顔を、お父さんは見ていませんでした。
『花子……花子⁉ はなこおおおおおおおおおおおっ』
慌てて川に走っていくお父さん。しゃがんでいる花子氏の横を通り過ぎて――あーなるほど。川の中にいるお姉さんとおんなじようなワンピース着ているから、見間違えたのね。寝ぼけたのかな、おバカさん☆
でも、そのオバカさんは……川で足を滑らせて頭をゴツン。そのまま、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと川下に流れて行きました。
「はああああああああああああああああああああ?」
私が机を叩いて絶叫すれば、眼球くんが映像を変えます。
お葬式です。当然、遺影で笑っているのはおばあちゃんの家で祀られているお父さん。
私の肩を抱く喪服を着たお母さんが、ずっとずっと泣いている。私は何が起きたか理解できないのか、ずっとポカンとした顔をしていた。
えー……とね? リアル大人の花子ちゃんも、あることを思い出します。
たしか、死神くんと出会い頭に名刺を見せてもらいましたよね? そこに書いてあったと思うのですよ。
あの世娯楽提供課所属 溺死(仮)=露喰薔薇。
ロックベルは、ほら、死神くんが好きなように名付けたと言ったじゃないですか。自分の憧れと母親の趣味を混ぜたかどーだか。まぁ、おばあちゃんの趣味は古い少女漫画ですよ。薔薇ね。それはそれでいいんだ。
問題は溺死(仮)。カッコカリってなんやねん、ツッコむタイミングを逃していたかと思いますが……確かにこれ、溺死だね。川で溺れたから。でも転んで頭ゴツンして気絶したから、溺れたわけで? 頭部外傷による何か? そもそも寝不足で娘と他の子を見間違えて突撃してったから溺れることになったわけで? 過労と睡眠不足?
えーと……? うーんと……これ、死因は何になるんだろう? 溺死? なるほど(仮)付けたくなるわこれ。
死神くんの謎が解けて、映像は終わるかと思いきや――眼球くんが今までにないくらい踏ん張っております。え、大丈夫? 頭(?)の毛細血管が赤くなってるよ? 切れちゃうよ? ぷっつりしちゃったらヤバいんじゃないの?
と、私が声を掛ける手前で、最大級のブルブルをした眼球くんが映したものは――
『いやー無理だってば。僕に死神業なんて。そもそも僕、生前勉強くらいしかしたことありませんし。黄泉に行きたがらない魂の説得とか無理無理。しかも、娯楽を作れって? は、こちとら生前なんも娯楽ったことないですよ。青春? なんですか青い春って。僕の青春はラットですが。キャンパスライフとかラットと一緒にいた記憶しかありませんが? は?』
ふよふよと空を浮遊している足のないおばけが映ってました。はい、死神くんです。ミハエルそっくりの死神くんが、黒いマントを羽織ってやる気なさげに団地の上をふよふよしてます。
うーわ。やる気ね。しかも愚痴多いな。
『まぁ、娯楽課になって唯一良かったことは、出張って体で、いつでも娘の様子を見に来れることですかね。まったく、花子はいつになったらマトモになるんだか……こんなんじゃお父さん、いつまでも成仏出来ないですよ。花子に彼氏でも出来たら呪ってやる』
おーい、おとーさーん。言っていることめちゃくちゃでーす。
でもそんなお昼の団地街で、死神くんが『ん?』と目を凝らします。
『花子?』
その視線の先には、真冬にも関わらずびしょ濡れOLの姿。そのOLは死んだような目で団地を昇っていって――古びた扉をガンガンガタガタ。屋上の扉を開けようとしている。
その様子に、死神くんの顔が引き締まった。
『花子、やめなさい!』
死神くんがOLを物理的に止めようとしても、その手はスカッと通り抜ける。当然、OLはまるで気づかない。
『くっそ!』
それに舌打ちした死神は――屋上への扉をすり抜ける。そして黒マントを脱ぎ捨てた死神は、『冥界規律違反ですが』と毒づいてから、ブツブツ呪詛みたいなものを呟いて。
あとは、目を閉じても覚えている。
OLが扉を開くと、白シャツの先客がいるのだ。
そんな先客に、OLは声を掛ける。
『ちょっ、待って! こんな所で何しているの? 扉閉まってたよねぇ⁉ 勘弁してよ何で自分が死のうとする前に人の死ぬとこ見なきゃなんないの寝覚め悪い……寝覚め? 死に覚め? なんだか知らないけどとにかく止めてくださーい‼』
私が目を開けると、眼球くんは見知らぬアングルで映していた。生気たっぷり大慌てのOLを背後に、屋上の縁ギリギリの位置で浮かんでいる死神は――泣きそうなくらい、優しい顔で安堵していて。
そして、死神は素知らぬ顔で振り返る。
『あー今から死ぬ予定の方ですか? お騒がせしてすみません。僕もちょっと死ぬだけなんで。あと少しだけ待っていてもらえますか? ほんとにちょっと。ちょっとだけなんで』
でもね、死神くん。泣きそうなのは、こっちの方なんだよ。
「何してるのかなあ?」
ほんとさ、死んでも娘の心配してさ。しかも、なんか違反なんでしょ? そりゃそーだよね。もう死んだ後の人が、生きている娘に姿晒して、挙げ句に同居するとかダメに決まってるよね。そんなの……冥界とやらに行ったことなくてもわかるよ。
それなのにさぁ、ほんとさー。お医者さんになれるくらい、頭いいくせにさぁー……
「ほんと……ばっかじゃないの……」
私は泣いた。とにかく泣いた。朝になるまで、私はずっと泣いていた。
机に突っ伏す私を、お仕事をやめた眼球くんと耳惠ちゃんは、ずっとずっと短い手で撫で続けてくれていた。




