29話「リア充の常識は非リアの非常識」
ちなみに、橋元くんは前々から私の誕生日を知っていた様子。
地元の駅で橋元くんと別れてから、その口の軽い相手に『なんで人の誕生日漏らすかな』とメールすると、『来週の土日は予定空けておいてねー』とトンチンカンの即レスが返ってきた。
もう知らん。勝手にしろっ!
誰もいない静かすぎる家に帰り、私はそのままお布団にダイブする。電気も着けない。だって、余計に寂しくなるだけだもん。
うん……疲れた。明日の朝にシャワー浴びればいいや。スーツがしわになるのなんか今更だし。明日も仕事だからね。このまま寝よ。なんだったら顔だけ洗っていけばいい。今日は寒かったし。イケるイケる。
だって、もう口うるさいの、いないんだもん。
スーツ脱がせてくれてさ。お風呂用意してくれてさ。お茶漬けを作ってくれたりさ。そんなイケメン、もういないんだもん。
ゲームやる気ないから、課金してないの。だからいつもよりはお金も残っているけど……それでも、自分でお昼におにぎり作ってみたんだ。すっごく不味かったけどさ。
しかも、お父さんだったとか。お父さんとか……思い返すだけで恥ずかしい。そりゃあ情緒も不安定になりますよちくしょー。
てか、なんでミハエル様に似ているかな。あれか? ミハエル様に似ているんじゃなくて、ミハエル様があっちに似ているのか? 父親の面影を感じて、ミハエル様推しになったとか?
わーまじか。ちょーファザコンじゃん。きもちわる。我ながら、きもちわる!
……なんて考えてたら、どんなに身体が重たくても、寝れないよね。
「はあ……」
今何時なんだろ。リッキーの指すら見えない。
それは暗いからだろうか。それとも私が泣いているからか。
お月さまの明かりが目障りだった。それなのに、誰もカーテンを閉めてくれない。
「あーなるほど。運転ねー。それは盲点だったわ」
そして、給料日二日前のお昼休み。今日も『昨日はどうだったの?』と津田さんに連行され、貴重な一時間が費やされることになりました。
しかし、報告そうそう、
「それで? 橋元くんからデート誘われた?」
褒めてと言わんばかりにルンルンしている津田さんに、私は嘆息を返す。
「なしてそーなる?」
「だって、誕生日近いねってなったんでしょ? だったら、一緒にお祝いしようって流れになるじゃん?」
いや、なるじゃん言われましても。そんな世界の常識ちっくに言われても、それはリア充の常識。非リアの私には非常識。
私がモグモグと食パンにハムを挟んだだけのもの(サンドイッチとは言わない。くっつかないから。なんでだろう?)を食していると、返事がないことを気にせず津田さんは話し続ける。
「で、進展どうなのよ? そろそろ告白されそう?」
「だから、ないでしょ」
「そうかなー。橋元くんまんざらじゃないと思うんだけどなー」
しつこいなぁ。
でも……そこまで言われちゃうとか、ちょっぴりだけ想像しちゃうわけで。
ううん。でも、やっぱないや。
私は言った。
「たとえばさ……自分の半生が誰かにずっと観察されて、どっかで好き勝手言われてたらどうする?」
「なにそれ? 盗撮とか?」
「そんな感じ」
私の突拍子もない質問に、津田さんは色の落ちた唇を「うーん」と尖らせる。
そして、拳を握った。
「うん。とりあえずぶっ飛ばすね!」
でーすーよーねー‼
やっぱり、津田さんとは仲良くしちゃいけないなぁ、とベンチを立とうとした時だった。
「でも案外、問題ないかも」
「へ?」
コンビニの立派なサンドイッチをモグモグごっくんしてから、津田さんは言いのける。
「わたし、何も恥ずかしいことしてないし」
「……婚約破棄も?」
日頃の下世話な発言は、という言葉は呑み込んで。
でも言ったとて、津田さんの「もちろん!」という答えは変わらない気がする。怒られそうではあるけれど。
「あ、わたし新しく彼氏出来たよ。今度は同い年のSE。ゲーム好きらしいからさ、今度紹介するよ」
「遠慮するよ」
あっけらかんと話を切り替えくる津田さんに反射対応した時だ。「御手洗さん」と声をかけてくるのは、お腹が余計に丸い佐藤課長代理。
「せっかくのお昼休みにごめんね。転属の件、どうする?」
きっと美味しいものをたらふく食べてきたのだろう。にんにく臭がひどい。
だけど、私が顔を渋らせるのはそれだけのせいじゃない。
「……もう一日、時間をください」
座ったまま頭を下げると、佐藤さんは「了解―」と緑道を歩いていって。
さり際の「あの二人、仲良いなぁ」なんて不思議がる台詞は、聞かぬふり。
だって、それどころじゃなくなったんだもん。
「よし、じゃあ今度の土曜日にドライブ行こう!」
「……は?」
「もちろん、花子ちゃんが運転ね。お金は全部こっちが持つから。誕生日祝いってことで!」
「いや、だから、どうしてそうなる?」
「え、だって運転に自信ないなら、練習するしかないじゃん。あとで精算はするけど、とりあえずレンタカーは花子ちゃん借りてね。保険とかの関係で、一番事故りそうな人にしておいたほうがいいし。あとでやり方はメールしとくよ」
私が「え?」とか「は?」と口をパクパクしている間に、津田さんはスマホを両手で操作しだす。
「橋元くんとわたしの彼氏も誘って、やっぱダブルデートだよねー。あ、週末は暖かくなるみたいだから、お花見もいいかも。桜の綺麗な行楽地は……」
なんか、ますますトンデモナイことになってしまったぞ……?




