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【完結】団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画  作者: ゆいレギナ
第三回 ずっと座っているおじいさん

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26話「後悔しちゃいけない」


 その翌週。


「今日もいい天気だなぁ☆」


 なんて言い訳してベランダから桜通りを覗いたら、おじいちゃんが座っていなかった。


「ん?」


 あれ、なんで? あの通りにおじいちゃんがいなかったことなんて、夜か雨の日しかなかったぞ? いや、小雨くらいなら負けないおじいちゃんだった。

 あるべきものがない違和感にパチクリしていると、お部屋の中から声が掛かる。

 イケメンの声が、まるでお母さんの声のように耳に馴染むようになった。


「花子氏~。早くしないと、津田さんに怒られちゃいますよ~」

「あ、はーい」


 当たり前のように返事をして、私は部屋に戻って窓を閉める。



 

「あのおじいさんなら亡くなったよ」

「へ?」


 残念ながら、今日は津田さんと遊ぶ日である。どうせ朝ごはん食べてないんでしょ、と連れて行かれたお洒落なカフェテリア。津田さんはポークなエッグという全然ブタさんの気配がないお洒落な物体にナイフを入れながら、あっさりと言ってきた。


 なんとなく訊いたのは私だ。『今朝あの通り見たら、いつものおじいちゃんがいなかったんだよね~』と、あくまで世間話として。下手な恋バナされるより、地元トークの方が百倍マシだから。

 津田さんの半熟玉子がとろ~り美味しそうだが、ちょっとそれどころではない。

 私が食らいつこうとしていたパニーンなサンドイッチらしきものから、輪切りのトマトがドサッと落ちる。


「うそ、あの桜通りのおじいちゃんだよ?」

「だから安沢さんでしょ? うちの実家のお隣さんだもん。先週の日曜日の夜に、救急車してさ。脳卒中だって。自分で救急車は呼んだらしいんだけど、救急車来た時にはもうダメだったらしいよ。お隣だからって、一応うちの両親も警察に話を聞かれたんだって」

「そ、そうなんだ……」


 嘘。嘘でしょ……。先週の日曜日って、私がドタバタしてた日ちょうどじゃん。安沢……康太郎だっけ? 甲子園のアナウンスで、そう呼ばれていたような。言われなきゃ名前も思い出せないような、たった一度しか話したことがないおじいちゃん。おばあちゃんと昔一緒に暮らしていたけど、けっして私のおじいちゃんではないおじいちゃん。


 謂わば、そんな赤の他人なんだけど……。

 でも、なんて巡り合わせ。よりによって、あの日に冥土へ旅立たなくてもいいじゃんか……。


 私が呆然としていると、津田さんが手を伸ばしてくる。


「ほら、パニーニ! めっちゃ崩れてるじゃん!」

「え、あ……うん」


 津田さんがテーブルの隅に置いてある四角い箱から、お箸を取り出してくれる。うん、ここでナイフとかフォーク出さないチョイスは褒めてあげよう。

 だけど、私は持ち上げていたパニーノをお皿に戻す。


「ごめん、ちょっと急用が出来た」

「え、ちょっ……花子ちゃん⁉」


 私は手がベトベトなことも厭わず、鞄を手にして席を立つ。慌てる津田さんと一緒に残されるのは、まだ一口しか食べてないぐちゃぐちゃのサンドイッチもどきだ。




「なんだい、アンタ今週も来たのかい」


 ピンポーンとチャイムを押すと、おばあちゃんはいつも通り不機嫌な顔で出迎えてくれた。

 そう――いつも通り。先週あんなカンカンに私を追い出しておいて、「まったく」とため息一つで私を家に上げてくれる。


「ほら、手ぇ洗って。うがいして。ちゃっちゃと動く!」

「おばあちゃん……」

「なんだい」

「安沢さん……亡くなったって」


 ついさっき思い出した名前。初めて口にした名前。

 泣きそうなのがバレたのか。おばあちゃんが「しゃきっとしな!」と背中を叩いてくる。うん、かなり痛いっす。


「そんなことより、手洗い! うがい!」


 そんなことって……。

 だけど、おばあちゃんはいつも通りプンスカしているから。私は渋々洗面所に行って、蛇口でじゃぶじゃぶしていると、おばあちゃんがポツリ。


「知ってるよ」

「え?」


 蛇口を締めて聞き返せば、やっぱりおばあちゃんは怒鳴ってきた。


「だから、アイツが死んだことは知ってるよ! 老人の情報網をナメるんじゃないよ! アタシだって、もうここに住んで長いんだ!」

「あ、はい……」


 存じております。なんやかんや……もう十年以上はご近所だもんね。たまに老人会的なのに参加していることも聞いている。元気が自慢のおばあちゃんだ。

 珍しく唇を噛みしめるおばあちゃんに、私は言う。


「怒ってないって」

「……なんだって?」

「安沢さんと、先週あの後で少し話したの。その時に、おばあちゃんに伝えてほしいって」

「アンタ……ほんと何やってんだい」


 うん、安沢さんの前で派手にすっ転んで、顔を覚えられたらしいっす。

 そこまでは言わないけど……おばあちゃんは「こっちにおいで」と歩いていく。その背中がいつもより丸い。

 よっこらせ、とおばあちゃんはしゃがんだ。取り出すのは、赤いアルバムだ。


「アンタが何を聞いたか知らないけどねぇ……アイツとのことは、もう昔のことなんだ」


 おばあちゃんがゆっくりと捲っていくページには、子供が映っていた。小さい頃のお父さんだ。隣にたまに映る女の人がおばあちゃん。男の人が仏壇にも写真のあるおじいちゃん。おじいちゃんは、若い頃から髪が薄かったらしい。まだ三十代であろうに、おでこが異様に広かった。

 それでも、その白っちゃけている写真には、微笑ましい家族の光景が映されている。 


「これはねぇ、アタシの宝物だよ」

「アルバムが?」

「そうさ……お父さんと一緒に、宗一郎を育てて……そのうちアンタも生まれてさ。アタシはねぇ、幸せだったんだよ。金目当てで結婚したクズの女には、出来すぎなくらい幸せな人生だったさ」

「へ?」


 懐かしむように話すおばあちゃんの発言に、私は顔を上げる。お金目当てとおっしゃいましたかね……? おばあちゃんはいつになく弱々しい顔で、苦笑していた。


「そうさ。アタシはアイツ……康太郎を捨てて、宗近さんを選んだんだ。アタシゃ、若い頃は夜の仕事をしていてね。その時に客としてやってきたのが宗近さんだ。アンタも知っての通り、御曹司でさ。アタシはその金につられて、結婚したんだよ」

「…………」


 それに、私は何も言葉を返せない。ひどい女だと思う。だけど、それでも私のおばあちゃんだから。


「本当に、いい暮らしをさせてくれたよ。まぁ、宗近さんが亡くなってからは……こうして親族から爪弾きされたけどさ。跡取りも死んじまったしね。それでも……子供を持てて、孫も生まれて、生活に困らないくらいのお金を残してくれて……宗近さんには感謝してもしきれない。夜の女なんかに、本当に良くしてくれたよ。本当に、想定外で……アイツに申し訳ないくらい、アタシは幸せで……」


 そう語るおばあちゃんは、顔を上げない。だからどんな顔をしているのかわからないけど……アルバムを見るおばあちゃんの手は、確かに震えていた。


「あのまま……一緒に貧乏暮らししていても、幸せになれないと思った。まだアイツは若かったし……アタシみたいな汚い女さっさと忘れて、もっと気量や気立ての良い女と一緒になった方がいいと、あの頃は本気で思ったんだ」


 アルバムをめくる手が止まる。そこには一枚だけ――もっと古い写真が雑に挟まっていて。それは、少し大人になった甲子園球児とお花見をする派手な女性の姿。女性が自分で撮ったのか、写真はぶれていて、女性のドアップの顔なんて半分だけだ。お花見だとわかるのは、見覚えのある通りの煉瓦の上に、ピンクの花弁がたくさん落ちているから。


「それが……どうしてずっと、一人で……」


 その写真に、ポタッと水滴が落ちる。


「バカだよ……本当にアイツは……大バカ野郎だ……」


 写真を握りしめて、俯いたおばあちゃんが鼻を啜った。写真はどんどん濡れていく。


「でもね、アタシは……それを後悔しちゃいけないんだ。アタシが宗近さんを選ばなければ……アンタや、アンタの父さんは生まれていないんだからね。たとえ、アイツがどんな惨めな末路を辿ったとしても……アタシは何度人生をやり直しても、アイツは選べない。宗一郎や花子と出会えない人生なんて、まっぴらごめんさ」


 そう泣き笑うおばあちゃんにつられて――私の涙も止まらない。


「それでも……あの頃を懐かしんで、この団地に帰ってきたアタシも、バカな女だ。ホント、バカなおばあちゃんだ……」

「おばあちゃあああああああああん」


 わあああああ、と、私は声を上げて泣いた。私よりも小さいおばあちゃんにしがみついて。何も言ってあげられない私は、ただただ泣くばかり。


「なんでアンタが泣くんだい」


 そう呆れながらも、おばあちゃんが私の背中を擦ってくれる。


「いい歳の大人が、こんなことで泣くんじゃないよ。まったく……いくつになっても、世話のかかる孫だねぇ」


 その小さくなった手が、とにかくあったかくて。

 おばあちゃんが笑った。


「こんなんじゃ、アタシはオチオチ地獄へも逝けないじゃないか」


 それから二十四歳の孫が泣き止むまで、十五分かかった。


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