22話「こちらは健全な小説です」
「花子氏のことならなんでも知ってるに決まってるじゃないですか。僕だって素性のわからない人と同棲なんてしませんよ。死神情報網を舐めてもらっちゃ困ります」
個人情報保護法の適応はどうした死神情報網。
そんな肩の力が抜けることを話しながら、私は遅い朝食をモグモグ。軽めの死神くんお手製ハンバーガーだ。ハンバーグの代わりに魚肉ソーセージ。フレッシュな野菜とほんのり甘いマフィンは、まさに朝バーガー。もちろんドリンクにレモンの香るアイスティー付き。
そんな素晴らしいモーニングをもしゃもしゃ頬張っているうちに、死神くんの準備が終わる。
「さて、それじゃあ今日も元気にいきましょ~」
ズズズーと返事の代わりにアイスティーを啜って。
机の上で準備満タンの眼球くんと耳惠ちゃんが踏ん張った。
動画撮影が始まる。
「さぁさ大人気の『人生実況動画』も大台の三回目! みなさんおはこんばんは、死神くんです!」
「ズズーズズズーズ」
「……花子氏花子氏。そろそろストローから口を離しては?」
「ズズッズ」
だってお家でストロー付きドリンクとか、超豪勢じゃん? しかもこの紅茶、すごく美味しいし。
もう数ミリもないティーをギリギリまで啜っていると、死神くんがため息を吐く。
「……冷蔵庫にたくさん作ってありますから、いつでも飲んでください。寝る前にボトルにティーバッグ入れて水道水注ぐだけで出来るんで。ストローもたくさん常備しておきましたから。いつでもどうぞ」
「ズ?」
そっか。ケチケチしなくていいんだ!
やっほーい、と晴れ晴れストローから口を離した私を見て、なぜか死神くんはもう一度嘆息した。
「それじゃあ、今日のターゲットは……どこどこどん。桜通りで座っていたおじいさん! 花子氏、このおじいさんと面識は?」
「ないっすね。でも、昔からよく見かけるおじいちゃんです」
「ほう? 昔とは如何ほどから?」
気を取り直した死神くんに尋ねられ、私は顎に手を当てた。
うーん、改めてそう聞かれると……
「いつだろう……そういや、学生の頃からいた気がする」
「学生っていっても、花子氏の人生のほとんどが学生では?」
まぁ、なんやかんやまだ二十四歳ですからね。たしかに6+3+3+4=16で四分の三ですか。やだなー。それだけ勉強した結果がこれですか。
でも、そんなこと考えるとさ、
「そういや、ランドセル背負ってる頃からいた気がするぞ?」
そんな頃からずっとあそこで座っているおじいちゃん、すごくないか?
死神くんが「フヒッ」と笑う。
「そんなおじいさんの半生、気になりますな?」
「めっちゃ気になる」
お年的に半生というよりほぼ全生だね、ていう点も気になる。
「てなわけで、ずっと桜通りで座ってるおじいさんの人生実況解説スタート~~パフパフ~」
「ぱふぱふー」
死神くんのぱふぱふを合図に、ブルッとする眼球くん。
いつも通り鮮明なハイビジョンに映し出されたのは、これまたどこかの田舎町。野球バットを持った少年が庭先で懸命に素振りをしている。
『康太郎~ご飯よ~』
夕暮れになって、お庭に母親らしき声が響く。それでも、その少年は一心不乱にバッドを振り続けていた。
眼球くんがブルッとする。
『代打、安沢康太郎』
そんなアナウンスの後に映るのは、大きくなった少年の凛々しい横顔。精悍な高校生くらいだろうか。肌は日焼けして、帽子の下の髪も坊主頭。だけど真剣な眼差しで振りかぶったバッドは、ボールをフェンスの向こうへと跳ね返す。
『ホームランッ! 形勢逆転のホームランですッ』
立派なグランドにいた大勢から歓声が沸き上がる。片腕を掲げて走る彼の汗が、とても眩しかった。そんな青春が全く似合わない体幹が弱そうな死神くんが言う。
「ほう、甲子園球児とは凄いですな!」
「甲子園なの? これ」
「花子氏、神宮球場を知らないので?」
いや、アニメでは知ってますよ? ちょっとBGMを呼吸を止めたくなるような曲に代えたい気分。マ、実物に興味ない私はそこから何も言えなくなるのですが。
「まぁ、昔の少年皆の憧れですな~。拙者も生前は少しだけ憧れました。バッド振って手首を捻挫して以来止めたのですが」
うん、ツッコもうにも野球経験が全くゼロの花子氏なので、死神くんが笑っていても笑いどころがわかりません。
そんなこんなで、再び眼球くんがブルッとしました。
映るのは病院。そして項垂れる甲子園球児。
彼と向き合う医師は言う。
『膝の損傷は激しいです。もう二度と本気で走れないかと』
リハビリすれば、日常生活に支障がないレベルには戻りますよ。
続く医師の言葉が、彼には届いているのだろうか。松葉杖を付いた彼が家に帰って、玄関に置いてあったバッドを薙ぎ払う。悔しそうに噛み締めた唇から血が滲んでいた。
そんな画面に見入る私を、死神くんが突っついてくる。
「花子氏花子氏」
「なに」
「実況」
「私、テレビは黙って見るタイプなの」
「それじゃあ動画にならないですぞおおおおおおおお」
うっさいなぁ。今、野球ネタがわからない私でもいい所だってのに。
私がずびっと鼻を啜ってもなお黙っていると、眼球くんが震える。
夜の駅前。客引きのお兄さんを無視してタバコをふかす青年に、あの青春の面影はなかった。いかにもな昔の不良っぽい出で立ちになってしまった彼に、ある一人の女性が話している。
『おにーさん、いつもここで何してんの?』
『何も』
『ふーん』
赤いピッチリとしたワンピースが、そのくねくねしたパーマ頭に似合っていた。真っ赤な口紅が引かれた口角がニヤリと上がる。
『じゃあ、アタシん家来なよ』
私はヒエッてした。
「ししし、死神くん。このあとはNGなんじゃ? 私、二次元なら触手からゴブリンまでワリカシなんでもイケるけど、三次元はアウトなんですが⁉」
「どうせなら二次元もアウトでいてもらいたい死神ゴコロですが、ご安心を。こちらのレートは健全ですぞ」
眼球くんがブルった後は、朝チュンだった。畳の狭いワンルーム。うちよりも狭く、布団に丸テーブル。派手な洋服も雑多に積まれた狭い部屋。
半裸の状態の青年が再びタバコを吹かせば、布団の中の女が笑う。
『アンタそれ、咥えているだけでしょ?』
『……ほっとけ』
照れくさそうにタバコを消す青年に、女は言った。
『タバコ止められるんならさ』
『あぁ?』
『一緒に東京行かない? アタシ来週でここ引っ越すの。一緒に暮らそうよ』
――アタシ、タバコ嫌いなんだよね。
朝日に照らされて笑う女性は、とても楽しそうで。
でも、私はちゃんと首を傾げるよ。
「健全?」
「健全」




