21話「祖母孝行もいいものですよ」
「ねーねー、花子氏~。次のターゲットは~?」
今日はのんびり日曜日。まだまだお外は寒いけど、三月って数字を見ると春らしくなった気がするのはなぜだろうね。それでも花子はごまかされずに、お布団に潜ったままの偉い子なのですが。
昨日の土曜日にいっぱい寝たので、朝の九時でも眠くありません。だけど布団から出る用事もないので、うもうもと全ゲームのログインボーナスを回収したいのですが、今日も爽やかな死神くんが全力で私を揺さぶってきます。
「もう一ヶ月も投稿出来ていないんですよー。せっかくフォロワーも十人超えたのに、昨日見たら一桁に戻ってたんですよー」
なんかもう、諦めたらいいんじゃないかな、それ。
でも死神くんも『それ』が仕事らしいから、そういうわけにもいかないのか……。
最近のBGMも、はちゃめちゃテンションが高かった。というか、めちゃくちゃ迫力があった。もう要所要所で「ハッ」と掛け声を入れたくなるくらい。
「はあ……」
私は「あのころっはー」と言われたタイミングで首を伸ばして、死神くんに言う。
「でもね、死神くん」
「なんですか?」
「私に、知り合いが多いと思う?」
そりゃあ、会社の人ならいますとも。でも仲の浅―い顔と名前は知ってる人たちがたくさん。だけど、同じ会社の人たちばかりだと視聴者に飽きられるって言ったの、死神くんじゃあないですか。
ネタ切れです。
「で、でも、まだ二人ですよ? もっと大学時代の友達とか、昔の初恋の人だとか」
「初恋は漫画のキャラだったな~。おばあちゃん家で読んだ漫画の王子様がかっこよくてね……あの漫画、結末どうなったんだろ? それ動画にする?」
「その手のネタバレ動画は違法ですぞ~」
「盗撮動画は合法なのか?」
死神界のさじ加減は一切わからない花子は、ごろんと窓の外を見る。
うん、いい天気。今日は買い出しに行こうかな。トイレットペーパーがそろそろ切れる。ちょっと贅沢して、駅前のハンバーガー屋で百円シェイクを飲もうか。死神くんもいるかな?
「ねーねー、死神くんはバニラとチョコとストロベリーのどれが好き?」
「青汁ですね」
「……わたしゃ、シェイクの好みを聞きたいんだが?」
その時、枕元がブルブルした。眼球くんじゃないよ。私のスマホちゃん。どうせまた津田さんだろう。毎週『どうせ暇なんだから』とランチやお買い物のお誘いが来るんだ。三回に一回しか乗らないけど。私に優雅な娯楽費なんかないってば。
先々週にカレー屋さんに付き合ったから、今日は断る日~と、既読スルーしようとした時である。メールじゃなくて着信だった。しかも画面には『おばあちゃん』の文字。
「げっ」
「どうしましたか?」
「いやあ……ちょっと静かにしててね?」
シーッとしてから、深呼吸して。私は着信ボタンを押す。
「あ、もしもしおばあ――」
『ちょっと花子! いつもすぐに出んしゃいと言ってるだろ!』
相変わらず口が悪い……そして耳がうるさい……。
ちょっと耳からスマホを離しつつ、私も声を張る。
「で、何の用?」
『用がないと掛けちゃいかんと言うのかい⁉ あーあー。一人息子にも先立たれた老い先短い哀れな老婆に対して、ひどい孫だねぇ』
「大丈夫。おばあちゃんは、絶対あと一世紀生きると思うよ」
『やだよ。あたしゃ、太く短く生きたいんだ』
そう言い切るおばあちゃん、なんやかんや七十一歳だったはず。去年なんかのお祝いしたような……ともかく。まだまだ元気なおばあちゃんが言う。
『お昼にカレー作るから、食べにおいで』
プツ。ツー。ツー。
クソッ、有無を言わさず切りやがったな。
私がお布団の一番ふかふかそうな部分に向かってスマホを投げると(壊れちゃいかんからね)、死神くんが苦笑していた。
「では、お昼食べに行く前に、適当に誰かの人生覗きましょうか」
「え、なにそれ。動画はともかく、私おばあちゃんの家行くの確定なの?」
まぁ、本当は動画もともかくならんのだが。
「親孝行ならぬ祖母孝行もいいものですよ」
死神くんはミハエル様顔負けのキラキラ笑顔でイイコト言ってるような気がしないでもないけど……えーやだやだ。せっかくのお休みなのにめんどくさいよー。
そだ。ちょっと嘘吐いちゃお♡
「でも、おばあちゃんの家って片道二時間以上かかるし~」
「はい、嘘オツー。ここから五百メートルもない道のりをどうやったら二時間かかるんですかな? 匍匐前進でもそんなかかりませんぞ?」
くそぉ、ここぞとばかりに饒舌になりやがって……て、なんで死神くんが知ってるの?
たしかに、おばあちゃんも同じ団地内に住んでいて、うちから徒歩五分くらい。実家も違う方向に三分くらい。みんな近くない言うべからず。実家はともかく、おばあちゃんもマジで知らん間に高齢者枠で入居してたんだ。さすが公団。同じような間取りで、家賃がうちより安いらしい。
とにかく、今の問題は家賃ではない。なんで死神くんが私のおばあちゃんの家まで知ってるんだ?
「私、死神くんにおばあちゃんの話したっけ?」
「してませんね」
「じゃあ、なんで嘘だってバレたの?」
「そりゃあ……」
「そりゃあ?」
死神くんが、急に真面目な顔をした。
ドキドキ。え、なになに? やめて、急な真顔。愛の告白……じゃないよね? 明らかにそんなタイミングではないよね⁉ 本当に真正面から見る死神くんの顔は、綺麗で。ミハエル様に似ている似ていない関係なく、ものすごく好みな顔で。
死神くんの手が、私の両肩に乗せられる。
そして――
「はい、回れ。右」
「へ?」
ぐるっと私は百八十度回転。死神くんに背中を押されて、ベランダへ。そして両目が塞がれる。
一瞬、『今から一緒に心中しようってか⁉』と焦った時だった。
「さぁ、花子氏。ぱっと目に付いた人が今回のターゲットですぞ! せーのっ」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げている暇もなく、私の視界が開ける。わー、桜通りは今日ものんびりだなぁ。枝の様子からして、今年は少し早く開花するかも。お、日曜だってのに、今日もあのおじいちゃんがいる。やっぱり家族いないのかなぁ。
「お、あのご老人ですか?」
「あ……その……うん?」
私が付いて行けずにいるも、死神くんは「かしこまり~」とお部屋へ戻っていく。洗濯物も干していないベランダにポツンと残される御手洗花子。二十四歳。休日の派遣社員。
「ちょっと死神くううううううん⁉」
今日も私のお部屋では、ド迫力の古い歌謡曲がガンガン流れている。




