13話「万死」
そのメッセージには礼儀正しい文が書かれていた。
いきなりの連絡に驚かせてしまい、申し訳ありません。
昼に社内エレベーター前でぶつかってしまった橋元です。お怪我は大事ないでしょうか? 御手洗さんの連絡先は庶務課の津田さんから聞きました。常識外の行動だとは思いますが、何卒ご容赦いただきたいと思います。
今日の詫びに、ぜひ今度の休日にでも食事を奢らせていただけないでしょうか?
返信をお待ちしております。
営業部 橋元雄大
「ふわぁっと⁉」
「わー、花子氏。いつの間に英語をマスターしたんですか?」
「ごめん。今ちょっと微妙なボケにツッコむ余裕ない」
「……あなや」
あなや、てどこの言葉ですか? 今の返しだとしたらやっぱり英語? そのしょんぼりした様子からして……と思わず脱線してしまいそうになるが、死神くんの顔を見て気を取り直す。そう――私にはミハエル様が待っているんだから! 普段の洋装から和装に着替えたミハエル様が「まだなのか?」と、今もそんな切ない顔をしているんだ。こんな問題とっとと解決して、早く清々しい気持ちで肩のはだけたミハエル様をお迎えしなければ!
私は意を決して、死神くんに今起こった事実を告げる。
「なんか、婚約者持ちにデートに誘われた……」
「でええええええええと⁉」
死神くんは直しかけの靴と接着剤を放り投げ、絶叫した。いや、死神くん……見たことないくらい派手なリアクションですね……どちらかと言えば、きみは何事にも飄々としているキャラだったと思うのですが?
「そんな……花子氏が、ででで、デートだと……? 相手はどこの誰ですかな? 場所は? ぜひに拙者を同行させていただきたく」
「ねーねー。口調が動画仕様になってるよ」
「まずは赤飯を炊くべきですかな? それとも相手を討ち取るべく……」
ブツブツと顎に手を当てて立ち上がる死神くん。え、どこに向かうのかな? 玄関? そして手に取るのは傘立てに置いてある鎌ですか?
「ちょっ、なんで鎌? お赤飯は⁉ 喪女の私がデートなんてハッハッハ一世一代のびっくりジョークですねノリツッコミとしてお赤飯炊いてあげますよ的な流れではなく⁉」
「あーその……ほら、お相手のスプラッタで真っ白な衣装が赤く染まる様はまさに赤飯?」
「やだよ笑えないよ私ホラーは苦手なんだから!」
「エネミーをキルする時はヘッドショットがポピュラーですが、拙者は昔からナイフ縛りが好きですな」
「それナイフってサイズじゃない! しかもゲームじゃないリアルだから! しかも胡散臭い英語語りやめて。私英語いっちばん苦手だったの!」
「おや、英語ゲームを始めたのは花子氏だと記憶しておりますが?」
「すみませんでした。とりあえず鎌を置いて、こちらをご覧ください」
私は安い土下座をしてスマホの画面を差し出す。笑顔の死神くんが怖いんだよー。なんで怒ってるんだよー。それ指摘したら余計にめんどくさそうだから言えないけどさー。
ともあれ、大きく息を吐いた死神くんが私のスマホを取る。そして画面を一読して「ふむ」と頷いて、ラジカセの音量を下げた。
「この橋元雄大という方は旧知なのですか?」
「きゅうち?」
「昔からの知り合いですか? という意味です。ちなみに『あなや』もこれも日本語。花子氏は英語の前に日本語の勉強をやり直した方がいいですね」
いや、にっこり笑ってますけど、言葉がとてもトゲトゲしいです。思わず私は正座します。
もう。なんでデートに誘われただけで、こんな目に遭わなきゃならないのさー。
だけど……死神くんを見上げれば、そのトゲトゲしい笑みがむしろご褒美のような気がしてくるから……あぁ、耳たぶが薄いミハエル様に見下されてるぅ♡
私は素直に告白した。
「知り合いというには微妙です、この人、社内ですっごい有名なイケメンでして。二十三歳で今年一年目の新人くんらしいんですけど、すでに難しい営業をバンバン成功させて、トップくらいの成績を取っているらしいです。以前新年会でたまたま隣になった時、ちょっとだけ話したことあるけど……」
「ほう、どんなこと話したんですか?」
「い、いきなり『可愛い』と言われました」
「…………」
「きょ、今日名刺ももらいましたよ!」
無言が怖くて無理やり会話を展開させるべく、私は掛けてあるスーツのポケットの中身を取り出す。津田さんから貰ったお菓子の包み(あの後私の部署に来た津田さんがお見舞いにとくれた)と、拾ったレアストラップ。それと名刺だ。
「これです、これ」
名刺を両手で差し出せば、死神は一瞥した後、ビリッと破り捨てる。
「万死」
「だから鎌は置こう! 鎌はまずい。せめてナイフ! 小ぶりの隠しやすいサイズにしよう⁉」
でも、ちょっと考えてみれば。
私がイケメンくんにデートの誘われて、死神くんが怒ってくれている……これってまさにご褒美では? 嫉妬ってやつだよね。ヤキモチってやつだよね。
そう考えると……ニヤニヤしちゃっても仕方ないよね♡
対して、腕を組んだ死神くんは冷たい視線を向けてくる。
「どうしたんですか、花子氏。顔がいつもより気持ち悪いですよ。今日ぶつかった拍子に頭のネジも飛ばしてきたんですか?」
「うんうん。辛辣ありがとう。死神くん淡白に見えてこんなに情熱的だったんだね♡」
「…………はぁ。おかげで冷静になれました」
やれやれと肩を竦めた死神くんが、私の隣に座る。そしてどこからともなく、眼球くんと耳惠ちゃんを出してきた。え、本当どこから出したの? 今さも当然のように畳を捲っていませんでした? 畳ってそんなにすぐ外れるものでしたっけ? 団地の四階に床下収納ってあったの?
だけど、死神くんはテキパキと机の上を片付け始める。
「準備しているので、花子氏は今のうちにお風呂に入ってきたらどうですか?」
お湯は湧いてますよ、と良妻ぷりを遺憾なく発揮してくれる死神くん。
だけど脈絡がなさすぎて、私はポカンだ。
そんな私に、死神くんは真顔で言った。
「今夜は寝れませんよ?」
「……ぱーどぅん?」
「あ、英語ごっこ続けるんですね。今からハッピーうれぴー動画撮影をするからです。エネミーを知るには盗撮からでしょう?」
いや、敵を知るには己からではなかったでしょうか?
「動画……? 休日言ってませんでしたっけ? 明日もわたしゃ仕事ですよ?」
今日は週のまんなか水曜日。時計の針は夜の十時半をを指していた。うん、このままお風呂入ってスムーズにお布団に入れば〇時くらい。明日も六時半に起きるとすれば、いい感じの生活リズムだね。
しかし、死神くんは片目を閉じる。
「I won't let you sleep tonight.」
そのカッコ良すぎる発音で、私の睡眠不足は確定した。




