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11話「サイテーな女」


 あの歌は、自立した女性を歌った曲なんだと思う。

 恋人と喧嘩して飛び出してきた女性が、車トラブルで男性と怒鳴り合うストーリー。だけど結局、お互いカッと来ただけだと気が付いて、その女性は恋人の元へと帰っていく。

 一人でいることだけが自立なのではない。

 自分で選択した道を、自分で進むからこそ、カッコいいのだ。

 たとえそれが誰かの隣に居続けるという選択でも。

 そのために、自分から頭を下げるという選択でも。



 

 だからある意味、この女もカッコいいんだと思う。


「わたし、別れたから」

「は?」


 数日後、私が出社すると津田さんから飲みに行こうと誘われた。しっとりパーマにひざ丈スカートの小柄女子から放たれているとは思えない威圧感に、着いて行くしか選択肢の取れない私。

 それは駅前のオシャレ感の一切ないチェーン居酒屋で、私がウーロン茶を一口呑んだ時だった。津田さんはジョッキビールを一気に煽る。


「だーかーらー。結婚、やめたの。一応、報告だけしとこうと思って。せっかくお祝いしてくれたのに、ごめんね」


 いやぁ、あのおにぎりアタックはお祝いに入るのかなぁ……?

 そして、津田さんは気まずそうに枝豆をつまむ。


「それと……こないだはごめん。結婚でずっとイライラしてて、完全な八つ当たりだった。今日は奢るから。好きなだけ飲んで」

「それは、スプリンクラーのこと?」


 うーん。あのスプリンクラー事件のせいでこっちはまじで団地の屋上から飛び降りようとしたし、正社員雇用の道も閉ざされてしまったのだけど、それが一回のお酒でチャラか……正直、安くない? しかも私、お酒飲めないんだけどな。

 それが顔に出てたのか、津田さんのピンクベージュ唇が「むむむ」と尖る。


「しょうがないでしょ。わたしだってねー、奨学金の返済とかで毎日カッツカツなんだから! しかも今回の件で来年のデデニーの年パスは諦めることになったし。勘弁してよね」


 いや、年パスなんて知らんがな。

 まぁ、別に何して欲しいってこともないからいいんだけどさ。素知らぬ顔で、私はお通しのクラゲみたいなのをコリコリ。こういう居酒屋料理はけっこう好き。


 でも、ちょっと意外だよね。


「津田さんもお金ないんだ?」

「は? 何、いけない?」

「いけなくはないんだけどさ……津田さん正社員じゃん?」


 頬杖つく姿は、とても読者モデル女子には見えないよ? 会社の人いない? 大丈夫? 

 思わず私の方が心配しちゃうけど、当の本人はどこ吹く風だ。


「そりゃあ派遣よりはもらってるかもしれないけど……正社員言ったって、給料はたかが知れてるわよ。てか『も』て、何? あんたの家お金持ちなんだから、いくらでも頼れるじゃない」

「うちが金持ち?」


 私が首を傾げると、津田さんのご機嫌はますます斜めになったようだ。


「今更しらばっくれちゃってさぁ。小学生の時、あんた隣町の立派なマンションに引っ越していったじゃない! ご両親で新しく薬局とか開いちゃって――」

「あーあれ、潰れたよ」

「え?」

「確かに再婚当初は裕福だったみたいだけど、不景気だかなんちゃら改正やらで潰れてさ。私が大学生の時に潰れて、今でも借金返しているみたいだよ。家も団地に戻ってる」

「そ、それならなんであんたは派遣なんか……」

「六年制のところの薬学部を四年で卒業せざる得なくなったから、薬剤師の資格取れなくなっちゃって。新卒で薬局事務してみたはいいけど、横領とか不倫に巻き込まれそうになって一年で逃げたらどこも正社員でとってくれなくなった」

「そ、そっかぁ……」


 別に不幸自慢をしたわけじゃないんだが、津田さんの表情が曇る。


「てっきり、ひとり金持ちよろしくしているのか思ってた……」


 はあ? 今も昔も金持ち自慢とかしたことありませんが。てか、それで昔もいじめてきたとかないよね? 親の経済状況でいじめられるとか、理不尽にも程がありますが……?

 そんな時、ちょうど店員さんが頼んでいた焼き鳥やチヂミや津田さんのお酒持ってきてくれた。あぁ、爽やかな笑顔がとてもありがたい。


 そして途切れたつまらない会話は、変えるに限る。


「津田さんは、なんで別れることになったの?」


 わざわざ律儀に報告してくれたくらいだ。多少詳細を聞いてもバチは当たらないよね。

 すると、津田さんは再び新しいビールを勇ましく呑む。  


「あのオッサンさぁ、デデニー婚ずっとバカにしやがって……こっちから振ってやったわよ。そんなささやかな夢すら叶えてくれない甲斐性なしなんて願い下げだわ」

「……そんなことで?」


 だって結婚式を挙げないわけじゃないんだよ? 新婚旅行だってロサンゼルス行けるし、結婚後は働かなくていいし、立派なマンションまで付いてくるし。

 だけど、津田さんはきっぱり言い切る。


「はぁ? 大事なことに決まってんじゃん。わたしまだ若いのよ? 妥協なんてしてやるか。イケメンでエリートでカッコいい男との結婚をデデニーのみんなからお祝いされるのだってヨユーだし」


 その後も、お酒のペースを上げながら津田さんのクダは巻かれ続ける。

 やれ、ずっと家にいるのも退屈だし。やれ、加齢臭がきつかったし。やれ、わたし可愛いし。だの。

 いやぁ、家でおしりボリボリしている女子が可愛いかなぁ……と動画の姿を思い出しながら、私は思わず口にした。


「でもお父さんやお母さんは大丈夫だったの?」


 それにしまった――と後悔しても後の祭り。津田さんの目がスッと細まる。


「ふーん……あんたやっぱり親から聞いたんだ?」


 んんん? とっさに視線を逸したけど、これは良い方向性?

 津田さんはため息吐く。


「まぁ、お母さんおしゃべりだからなぁ。たまにあんたのお母さんとスーパーとかで会うらしいし……口止めしておかなかったわたしの落ち度か」


 幼馴染設定ありがとおおおおおおおおお!

 そうですよ。お互い実家は地元のまんまですよ! 生活圏まる被りですもんね! そりゃあ小学校って親同士も面識あるだろうし? スーパーで会ったら挨拶くらいしてそうですもんね! うんうん、最近親に顔だしてなかったけど、今度お菓子でも持っていこう。


 私がニコニコしていると、津田さんが「何楽しそうにしてんのよ」と睨んでくる。とっさに「ごめん」と謝ると、津田さんはメニューを見ながら言った。


「オッサンがね、会社関係もうまくまとめてくれることになったみたい。お父さんの会社も当分は潰れなくて済むみたいよ。またいつまで保つか知らないけどさ」


 あのオッサン、本当に良い人だったんだなぁ。とウーロン茶をちびちび啜りながらしみじみ。どうか幸せになってくれ。たぶん津田さんはやめて正解だったと思うよ。


 だってお酒飲み始めて、なんやかんや二時間、


「ねぇねぇ、花子ちゃ~ん。ところでぇ……まだ処女なの?」


 酔いが回ってこんな絡み酒する女、サイテーだと思うの。




 そんなわけで、私はますます津田真愛さんが嫌いになったわけだけど。

 その翌日、課長代理佐藤さんからの話を聞いてどうにもわからなくなる。


「御手洗さん、こないだはごめんね。契約の話ね、来期もお願いすることになったよ」


 私の契約は九月から半年だった。半年ずつの契約更新で、三月に切れることを覚悟していたのだが――また別室に呼び出した課長は苦笑する。


「こないだのスプリンクラーの事件ね、とある社員から自白の証言があったんだ。私がタバコを吸ってたのを、御手洗さんになすりつけたって。しかもその社員、スプリンクラーの定期点検の手配も忘れていたらしくてね。そのための設備不良として、御手洗さんは……上手い言い方がわからないけど、ただの被害者ってことになったよ」


 うん、『とある社員』て誤魔化してるけど、津田さんだね。こないだばっちり『真っ先に津田さんが報告した』って言っていましたもんね。

 だけど「信じてあげられなくてごめんね」と、佐藤さんが頭を下げてくるから。そんなことはツッコまず、私はとっさに「いえいえ」と両手を振った。

 すると、佐藤さんは言う。


「その社員は数ヶ月の減給処分が言い渡されたよ。しばらくは担当業務も外されるみたい。多分、夏のボーナスも彼女はカットされるんじゃないかな。クビにならなくて御手洗さんは不本意かもしれないけど……こんなもんで、御手洗さんも溜飲を下げてくれる?」


 つまり、これ以上この話を広めるな、ということだ。

 私はそれにコクリと頷いた。

 特に話すような友達もいないしね。私の正社員雇用の夢も繋がったわけだし。

 昨日の飲み会で津田さんが散々「デデニーの年間パスポートが買えなくなった~」て泣いてたから、それで許してあげるよ。来月のガチャも安心して回せるみたいだしね。




 てなわけで、私の足取りは軽かった。しかもきちんとお給料も入り、あと数日で新イベントだ。課金が出来る。ガチャが回せる。あぁ、生きていて良かった。今後こそイベ限ミハエル様をお迎えするのだ! え、こないだもミハエル様ガチャじゃなかったって? 後半が始まるんです今度はミハエル様がはだけるんです絶対手に入れねば。


 と家に帰ると、ミハエル様と前髪の束感が若干異なる死神くんがハグしてきた。


「聞いてください花子氏! 動画再生回数が百回超えました!」

「……ほう?」


 それはすごいのか? と首を傾げたくなるが、死神くんが「次作は『うぽつ』コメももらえちゃうかも」と浮かれているので、言わないでおく。


 ん、ちょっと待って。次作?

 それに気が付いた時は遅かった。


「そういうわけで、次作は誰をターゲットにしますか?」


 え、続けるの? 人生実況解説動画とやらを、これからも続けるの?


 今日も私の部屋からは謎BGMが聞こえ(曲が変わっている)、台所からは美味しそうな磯の香りがする。そして目の前では、足も影もない推しそっくりのイケメンがニコニコと至近距離から私を見つめていた。




 御手洗花子。二十四歳。薬品会社派遣社員。

 副業――死神くんと人生実況解説動画制作。


 団地の屋上からアイキャンフライする予定は、今の所ない。




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